おしまい
英子は……みんなの声が一切聞こえていないみたいに、ひとり不安げに佇んでいた。
私はそんな彼女の手を、両手でそっと包んだ。いつか英子が、桜の花びらをそうしたように。宝物みたいに、優しく。
「……手、震えている。ばかね、不安に思うことなんてないのに。」
「ともか……。」
英子が、ゆっくりと頭を上げて私を見た。
私も彼女の顔をみつめた。潤んだ瞳。何度も目にした、泣く寸前の顔。何度も目にした、最高にかわいい顔。
大好きだよ。そう思った。
「ねえ、泣かないで……?大丈夫よ、早とちりしないで。英子の贈り物を、私が断るわけないじゃない。」
「え、じゃあ……。」
か細い声で、英子が言った。
私は大きく頷いた。
「誕生日プレゼント、もちろん受け取るわ。もらったら絶対、ずっとずっと大事にするし、誰にも渡さないからね。あ、『やっぱやめた』なんて言ってもだめよ?私もう、すっかりその気になっちゃったんだから……。ふふっ。」
それから、彼女の右耳のそばに唇を寄せた。今から話す言葉の全部が、ひとつも漏れなく伝わるように。
「すぐに言わなくてごめんね。とっても嬉しいわ、英子……。あなたの大切なものをもらえるなんて、幸せすぎてどうにかなりそう……。」
「ぁ……。」
英子が吐息を漏らし、ぞくっと体を震わせた。耳の穴にかかる吐息が、こそばゆかったのかもしれない。構わずに私は続けた。安心させるため、彼女の手の甲を優しくさすりながら。
「ああ、早くほしいな、英子のプレゼント。来週が待ちきれないわ……。私、今からもうドキドキしてる……。」
「ほ、ほんとに……?」
「もちろん。だって本当は私、英子の全部何もかも、ひとりじめにしたいって思っていたんだから……。誕生日、すごく楽しみにしてる……。」
想いを込めて、ささやいた。
言いながら、自分の顔が照れて熱くなっていくのがわかった。
英子といると、私は恥ずかしいことばっかり言ってしまう。前は二人っきりの時だけだと思っていたけど、違った。たとえどんなに他人がいたって、英子の前だといつだって、私は恥ずかしいことを口走ってしまう。
恥ずかしいこととはつまり、本当に思っていることだ。
私は耳元から口を離して、英子をみつめた。
目元に溜まっている涙はそのままで、瞳はうるうるしている。
でもさっきまで不安げだった彼女の顔は、ぽぅっとした表情に変わっていた。きっと私の本当の気持ちを聞いて、安心して、気が抜けたんだろう。
けれどなんだかその顔は、うっとりしているみたいにも見えた。まるで愛をささやかれた、恋する乙女のようだった。美しいと、私は思った。
「……。」
陶然とした表情のまま、英子の目から、涙がぽろりとこぼれた。でもたぶんこれは、安堵の涙だ。張り詰めた気持ちが緩んだんだろう。
結局英子を泣かせてしまった。なんだか会うたびに、好きな子を泣かせちゃっている気がする。そう思い、私は少し苦笑した。
「もう、泣き虫なんだから。」
「と、友香が泣かすからだろぉ……。」
「そう……、そうね。不安にさせちゃってごめんね……。」
握っていた手を放して、謝りながらハンカチで涙を拭いてあげる。すると彼女は、小さく首を横に振った。
「じゃ、なくってさ……。いっつもさ、不安にさせたあとめちゃくちゃ優しくすっからさ、だ、だから、泣いちまうんだろ……。ずりいって、ばか、友香のばか……。」
英子の口元に、微笑が浮かんだ。
泣きながらだけれど、やっと笑顔が戻った。かわいらしい笑顔が。
すると後ろから、ぱちぱちぱち、と乾いた音がした。
振り返ると、真冬さん達が私達に向けて拍手をしていた。まるで、クライマックスを終えた主人公とヒロインを喝采するように。心春でさえも、「なんかよくわかんないけど」って顔で手を叩いていた。
「ぅあ……。」
パニックが収まり、「周りの目なんてどうでもいい」状態から戻った英子は、自分の置かれた状況に気付いてうめいた。
「ば、ば、ばっかやろー、なんだよもう、見せもんじゃねーってのっ。あーもう恥ずかしい、お前らプライバシーって概念知んねーのかよっ。」
「いや英子、こんな人前で大立ち回り二人でやって、それはもう逆ギレだから……」
「あら、誤解をしないでいただける?見世物気分で手を叩いていたわけではないわ。大事な友達二人の、素敵な未来を祝福して、私達みんな拍手を送っていたの。」
英子をたしなめていると、真冬さんが穏やかな声で言った。言い訳でも冗談でもなく、本当のことを言っている目だった。
「そっか……。サンキュ、真冬さん。」
納得した英子が、素直にお礼を言った。
「す、素敵な未来って……。そんなスケールの大きな話?」
でも一方私は、真冬さんの言葉にちょっととまどっていた。
十六才の誕生日に、好きな女の子から、大切な何かをプレゼントされる。確かに最高に楽しみな予定だけど、それを指して「素敵な未来を祝福」とまで言われると、さすがに大げさという気がした。
あたかも私と英子が、幸せに添い遂げるかのような言い草じゃないか。
私はその日、愛の告白をして、正式に英子に振られるというのに。この片想いは、余命あと一週間だというのに。
そんな私の顔を見て、真冬さんがくすりと笑った。
「何言ってるかわからないって顔してる。意外と鈍感なのね、戸成さん。」
「え、あ、はあ。」
「まあいいわ。来週は頑張ってね、戸成さんも、周野さんも。きっと素敵な誕生日になるわ。」
そう言って、彼女はかわいらしくウインクした。
意味はよくわからないけど、悪い気はしなかった。
「おー、そーだそーだ、頑張れ頑張れー。応援してるよー。」
「心春は黙ってらっしゃい。何もわかってないんだから。」
真冬さんが、さっきよりは柔らかい口調で叱った。二度叱られて、さすがに心春がシュンとなった。
「また言われた。つーかひでー言い草。あたしそーんなアホな子かねー?」
「愚問ね。実際あなた、怒られた理由を一つも理解していないでしょう?だからだめなのよ。」
「そーよー?ていうか姫川さん、さっきのは本っ当にだめよー?」
「まったくだよ。何が松坂牛だ、嘆かわしい。どうして君はああなんだ?反省するんだ!」
「心春ちゃんのバカー!」
「心春ちゃん謝ってー!」
「うえー?あ、じゃあ、ごめんなさい……?でも、絶対喜ぶプレゼントっていったら牛肉じゃんかよー?違うのー?え、じゃあ、カニ?」
ジグソー部のみんなが、またわいわい騒ぎだした。部室が元のように、なごやかな空気に包まれていった。
私と英子は、顔を見合わせてほほ笑んだ。
それから、そっと手をつないだ。お互いの指と指をからめあった。どちらともなく、自然に。そうするのが当たり前みたいに。
競技ジグソー部に入ってよかった。本当によかった。もう一度、そう思った。大切な友達と出会えたから。大好きな人と出会えたから。
親友と、出会えたから。
15才の頃、私は親友に片想いをしていた。
野暮で無粋なのはわかった上で、自分で解説してしまいますが
<15才の頃、私は親友に片想いをしていた。>
というのは、つまり
16才になったら、親友と両想いになりましたよー
という意味です




