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それから私達は、今度こそ下校した。
帰り道で心春は、八王子先輩のことはひとことも口にしなかった。あえてなのか、本当に関心がないのかわからなかった。
「……でもさー、さっき、私びっくりしちゃった。平凡を売りにしてるあんたが、聖柊のプリンスと話してるんだもの。ドキドキしなかった?」
よせばいいのに、私は自分から話を振った。聞きたくなかったけど、聞かずにはいられなかった。
「えー?ドキドキなんて……まあ、したかなー。」
「っ!」
「ある意味ではねー。あんなドキドキしたのは、生まれて初めてだったかもしんない。」
「ある意味?」
意味深なことを心春は言った。たぶん、目撃した八王子先輩の秘密というやつに関係あるのだろう。
でも私は、先輩の秘密なんてどうでもよかった。「ある意味ドキドキ」に、多少なりとも恋愛感情が含まれているかどうか。それだけが知りたかった。
「なに、ドキドキしたんだ。とうとうあんたも、異性を意識するようになったってわけ?」
正真正銘ドキドキはらはらしながら、私は深掘りした。緊張で声が震えないように気を付けながら。
すると心春は、ナハハ、と苦笑した。
「ちゃうちゃう、そんなんじゃないよ。つーか、あたしゃ男子と付き合いたいって思ってドキドキしたこと、一度もないんだよねー。カレシ作って自慢したいって気持ちはあるけどさ?それはドキドキとは違うじゃんか。」
「ふうん……。」
よかった。
心から私は安堵した。
心春は正直者なので、嘘をつくのが下手だ。心にもないことを言うと、親友の私はすぐにわかった。そして今、彼女は嘘をついていなかった。
「まあ確かに、あんたからそういう浮わついた話、一度も聞いたことないしね。」
「ま、ねー。」
「じゃあさ、この際だから聞くけど……。好きとまではいかなくても、いいなーとか気になるなーとか、そう思ってる人もいないの?」
「なーいない、どこにもいないよ、そんなやつ。」
「そ。まあ知ってたけどね。」
「まー、初恋は静電気みたいに突然ビビッてくるっていうしねー。ビビビ待ちってやつ?んなことよりさー、友香は部活なんか入る?」
「別に、そのつもりはないけど……。」
心春の「んなことより」のひとことで、私達の恋バナはあっという間に終わった。よしよし。こんな調子なら安心だ。私はそう思ってホッとした。
「でさー、知ってる?この学校ってさー、競技ジグソー部ってのあるんだって。変わってるよねー。」
「へえ。競技ジグソーって、ジグソーパズルを完成させるスピードを競うっていうのでしょ。あんなマイナーな趣味が部として成立するの?え、心春もしかして入りたいの?その部。」
「まっさかー。変だよねーってだけ。」
話題は部活の話になり、それから途中で見かけたお店の話にスライドし、やがて昨日のテレビの話へと変わっていった。
なにげない会話を笑顔で交わしながら、私の胸の奥で、つっかえている言葉があった。
ねえ。
私には、好きな人いないか聞かないんだね。
そう言いたいけど、言えなかった。
私に好きな人がいるかどうかなんて、心春はまるで興味がないのだろう。
心春には、好きな人なんて誰もいない。嘘じゃない。本当のことを言っている。私は友達だから、それがわかった。いつも横で彼女を見ているから。
そして友達の私は、当たり前のように「誰も」の中に含まれていた。
でも、悲しくなんてなかった。
とっくに知っていたことだから。




