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「ち、違う!違うの!そうじゃない!」
慌てて私は否定した。このままじゃ、最悪の事態になりかねない。
「そんなわけないでしょ、心春が私の悪口なんて言わない!」
「けどよ!」
「だって、だって心春は、私がそんな目で見てることも知らない……。」
言っているうちに、なぜかわからないけど、涙が込み上げてきた。
なんで泣いてしまうのか、自分でも意味がわからなかった。なんだか、変なスイッチが入ったみたいだった。悲しいわけじゃないのに、涙がどんどんあふれてくる。いろんな感情があふれて、ごちゃ混ぜになって、抑えきれない。
「お、おい……。」
「ごめん、ごめんね、ちょっと……。」
メガネを外し、ハンカチを目に押し当てた。
布で視界をさえぎると、ほんの少しだけ気持ちが楽になった。
「だ、大丈夫かよ、あたしあの、別に、お前の好きな奴を殴りたいわけじゃなくてよ……。ただあの、となり……友香が、心配だったからっつうか……。」
「うん、わかってる。わかってるから。大丈夫。」
ハンカチで目を覆ったまま、私は頷いた。こうしているといくらか話しやすかった。独り言みたいで。そのまま私は、またベンチに座った。英子も座り直した気配があった。
「……あのね、英子。心春はなんにも知らないの。」
「そ、そうかよ……。」
「全然知らない、気づいてない。私があの子の唇や体を見て、こっそりいやらしい妄想をしているだなんて……。なんにも知らずに、子供の頃とおんなじ笑顔を、私に向けてくれる。」
「……。」
「だからよけいに、自分の不潔さが嫌になるの。許せなくなるの。私の恋が汚いって、そう指さして罵るのは、私自身……。心春にこんな想い、つ、伝えられるわけ、ない……。」
下唇を噛んで口をつぐんだ。
これ以上しゃべると、大きな声で泣きわめいてしまいそうだった。
最後のセリフは、別に、今言うべきことではなかったかもしれない。でも、言ってしまった。落ち着いて言葉を発することができなかった。頭の中がずっとごちゃごちゃしていた。
会話が途切れた。
まるで沈黙した間を埋めるみたいに、公園のスピーカーから音楽が流れ出した。夕刻の時報代わりの、郷愁を誘う旋律。
音楽が鳴り終わった。
話の続きをしよう。そう思ったけど、何を言おうとしていたのか、これ以上何を言ったらいいのか、もうわからなくなっていた。




