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「試合のガヤやりてーってのも実は、話すための第一歩っつーかさ……。それだったら、話するよりもハードル低いんじゃないかって思ってよ……。」
「やー、うーん、どうだろ。普通に話す方が楽な気もするけど。まあでも、そういう理由なら、口数が減るのもよくわかるわ。怒ってごめんね。」
そう言うと、周野は明らかにホッとした顔になった。
「……あー、なんだろ。なんか、あたしさ。」
「うん?」
「この頃お前にさ、すっげー弱み見せちゃってんなぁ。ダチになって一週間しか経ってねーのによ。なんか変な感じだ。あたし、普段はぜってーそういうの嫌なのにさ。」
「え、そりゃまあ……。私達は片想いの話してるんだから、当然そうなるんじゃない?不可抗力っていうか。」
「かもしれねーけど、そんだけじゃなくってよ。つい甘えちまうっつーか。優しいからよ、戸成はさ。」
「……そう?そんなこと言われたの、生まれて初めてだけど。」
「けっこう姉みがあるよな、お前。」
「そんなこと言われたのも、生まれて初めてだけど。」
ここでの会話は、どうも照れくさい話が多くなる。恋バナをしているのだから、当然と言えば当然か。
私も、たぶん周野も、誰かと恋の話をするなんて初めてだ。
その高揚感とかそういうやつで、ついつい口が滑ってしまうのだろう。お互い、面映ゆいセリフの応酬をしてしまう。そして言ったあと、お互い照れて黙ってしまう。
そんなわけで私達は、今も急速に黙り込んでしまい、パンとお弁当をむしゃむしゃ食べた。
「……つーか、やっぱだめだな、あたしは。肝心なときにはヘタレでさ。いっつもそばに引っ付いてるだけで、せいぜい挨拶ぐらいしかできねーなんて……。」
先にパンを食べ終わった周野が、ぼそぼそと言った。ひとりごとみたいな口調で。じっとパンを食べているあいだに、反省モードに入っちゃったようだ。
私はお弁当を食べながら、耳を傾けた。
「周りでウロチョロすんのを許されてんの、たぶん、二来と双葉のダチだからなんだよな。あたし自身には興味なさそうっつーか。それでもあたしは、あの人のそばにいられるだけで嬉しい。嬉しいんだけどさ……。」
それきり、また彼女は口をつぐんでしまった。
さっき私が叱ったことが、ちょっと間を置いて、じんわり効き始めているのかもしれない。好きな人のそばにいるのに、まともに話もできない無力感。情けなさ。そういう思いが湧き出てきて、落ち込んでいるのかもしれない。
しまった。叱ったりするんじゃなかった。恋する乙女は傷つきやすい。そんなこと、私だってよく知っていたはずなのに。
お弁当を食べ終えた私は、ポケットからグミの小袋を取り出した。
「デザート、食べる?」
「……あ、サンキュ。」
落ち込む彼女の手のひらの上に、かわいい黄色のグミを数粒乗っける。
「ちょっと高いグミだから、暗い顔して食べないでよね。ていうか、暗い顔する理由なんてないんだし。」
「……え?」
「だめな自分を変えようとしている真っ最中なんだから、現時点でだめでもしかたないでしょ、ってこと。大事ななのはこれからじゃない。」
「……。」
「だから本番のときは、ちゃんと私のパスに反応してよね。本番ってつまり、心春と真冬さんの試合のことだけど。私もその、できる限りのこと、するから。」
言いながら、われながらわかりにくい励ましだな、と恥ずかしくなった。理屈っぽいというか。もっとシンプルに勇気づける言い方があったはずなのに。
「……ん。ありがとな、マジで。」
でも周野は察してくれたらしく、嬉しそうにグミを口の中へ放り込んだ。空気読むの苦手って言ってたけど、人の気持ちを推し量ることはできる子なんだろう。まあ、シンプルにグミ好きという可能性もあるけど。
「あ、うめーな、これ。」
「もうあげないわよ。私も好きなやつだから。」
「十分だよ、これで。本当に十分。……嬉しいよ。」
「……そ。」
「なんかさ、あたし、よかったよ。一週間前、思い切って声かけて。お前とダチになれて、すげーよかった。」
「グミくれるから?」
「ふふっ、そうそう。うまいグミくれっから、ダチになれてよかったなーって思ってさ。あんがとな。」
岡野が笑った。屈託のない笑顔。教室では不機嫌そうにしている彼女が、この場所でだけ見せる、気を許した表情。
「どういたしまして。私も、推しのグミを布教できて嬉しいわ。」
確かに私は、周野に対してちょっと甘いかもしれない。
でもそれは、優しいからじゃない。彼女に感情移入しているからだ。彼女の恋と自分の恋を、勝手に重ね合わせているからだ。
そんなことも知らず、周野は私を善人だと勘違いしているみたいだった。
でもあえて、訂正する気もなかった。
不良っぽくて、クラスメイトからちょっと怖がられている周野英子。そんな娘が、私をいい奴だと信頼して、弱った顔を見せたり感謝したりする。楽しそうに、ときどき恥ずかしそうにほほ笑んだりする。それが私には、なんというか、よかった。
胸の奥がムズムズするような、こそばゆい嬉しさがあった。




