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「でも、初心者なりの視点を……」
「おはよう戸成さん。おバカさんの屁理屈を朝から聞かされて、ごくろう様ね。」
不意に後ろから、凛とした声。
振り向くと、真冬さんがいつのまにか背後に立っていた。
彼女と私達は、登校時間と通学ルートがだいたい一緒だった。なのでしょっちゅう、通学途中で合流するようになっていた。
「あ、ちょっと真冬、こっちにゃ挨拶なしかよー。つーか誰がおバカさんかっ。」
「あら、そんなの心春以外にいないでしょう?おはよう、おバカさん。」
「なにをーっ。つーか盗み聞きしてんじゃないってーの!」
文句を言いながらも、心春の声は弾んでいた。話しがいのある相手が来た。そう思っているのは明らかだった。
嫉妬するような場面で、しかし私は、ホッとしていた。心春をこれ以上退屈させずに済むことに。退屈な競技ジグソートークの相手を、これ以上務めなくて済むことに。
「てか、何がどう屁理屈なのさー。おバカさんのあたしにわかるよう説明してみー?あたしの言い分の、どこがおかしいってーのよ?」
「何もかも全部よ。まず第一に、ファイブフィンガーのピースピックは、ただの見せ技。初心者のあなたが練習する必要はないわ。次に……」
喋りながら真冬さんは、私の左側に移動した。
真冬さん、私、心春。
この順番で、横並びに連なって歩きだした。ジグソートークをする二人に、私が挟まれる形で。
居心地が悪かった。どう考えても、話す二人の邪魔になっていた。
私は自ら、一歩後ろに引いた。
そして、心春の隣をゆずりあけた。真冬さんが話しやすいように。
(……え?)
少し遅れて自分のやったことに気付き、愕然とした。
信じられなかった。
今何をやったんだ、私は。そう思った。
ずっとそこにいたいと神様にお祈りまでした、私の指定席。初恋の人の隣。それを自分から退くなんて。
「……ストレートツリーはあくまで一時的な措置よ。前にも言ったでしょう?」
「聞いたけどさー、でもそれ言ったら、沢渡プロが得意なペアペアだって元々そうじゃん。」
「だからなに?プロのパズリングというものは……」
ごくごく自然に、心春と真冬さんは距離を詰め、肩を並べた。素人にはわからない単語を並べて、意気軒高にやりとりし続けていた。まるで、昔からの友達みたいに。
私は学校に到着するまでひとことも喋らず、二人の背中を眺めているだけだった。




