表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノラとクロと執筆(リライト)  作者: MMPP.key-_-bou


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/15

第1話 クロとの出会い

 月曜の朝、俺の枕元に「クロ」がいた。

 黒い塊のような謎の生物が、薄暗いカーテン越しの光を浴びながら、じっと俺を見つめていた。部屋の空気は寝汗と古い本の匂いが混ざって重い。休日の余韻も抜けきらない、そんな時間だった。


 社会人一年目を終えたばかりの俺の日常は、濁った水たまりみたいだ。数字とメールと上司の顔色だけで満ちた世界。未来なんてどこにもない。かつては「小説王に俺はなる!」なんて無謀に投稿を繰り返していたけど、あっという間に文才のなさに気づいてやめた。

 夢はノートの端にぐちゃぐちゃに塗りつぶされ、言葉は俺から遠ざかっていった。


 ――だからこそ、あの朝のクロの声は衝撃だった。


 「書かないと死ぬぞ。」


 耳に直接響いてきたようなその声に、心臓が一拍ずれる。俺は布団を頭まで引き上げ、わざと目を閉じた。いやいや、これは夢だ。夢に決まってる。


 でも違った。スマホのアラームはまだ鳴っていない。外から聞こえる車の音もなく、アパート全体がまだ眠っているような静けさだった。その中で、俺の枕元だけが異様にざわついていた。


 黒い塊がふわふわと浮いている。輪郭は煙のように曖昧で、目のような光点がぼんやり二つ。だがそれが本当に俺を見ているのかどうかはわからない。


「……誰?」

 声を出すと、自分の喉が乾いてひりつく。


「クロだよ」


 短く返ってきた声は不思議と落ち着いていて、人間のようでもあり、機械的でもあった。


「クロって……何者?」


 俺は枕を抱きしめるように体を起こす。頭はまだ半分寝ている。


「本名はクロエム・クラエム・クラローム。呼びにくいからクロでいい。」


 部屋の空気が一瞬揺れたように感じた。名乗りと同時に黒いモヤが淡く波打つ。


「いや、長っ。呪文かよ。しかも語感が悪い。」

「……あんたが昔つけた名前だよ。忘れてるだけ。」

「俺、そんな中二病だったっけ?」


 クロの光点がかすかに点滅する。ため息をついたような間があった。


「今もだよ。」

「失礼な。今は”落ち着いた中二病”だ。」

「それ、ただのこじらせ。」


 俺は枕に顔を押しつけて、もう一度眠ろうとした。まだ月曜の朝は始まってほしくない。現実が壊れるには、時間が早すぎる。


 ――「エッセイ書かないと死ぬぞ。」


 クロは再びそう告げた。声は低くなり、部屋の壁にまで響いている気がした。


「……なんでエッセイ?」

 布団から顔だけ出して、俺は乾いた笑いを漏らす。


「あんたの中身、言葉にしないと腐るから。」


 「腐る」という言葉が、胸の奥に沈んだ。

 心臓がざらついた痛みで締めつけられる。まるで自分でも気づいていなかったことを、他人に暴かれたように。


 俺は布団を蹴り飛ばして立ち上がった。机の上のノートが視界に入る。大学時代に使っていたまま、ほこりをかぶったノート。表紙には昔の俺の落書き。

 「暗黒の堕天使サリエルにサマヨエル」――痛すぎる。だが、それを見た瞬間、少しだけ胸の奥が温かくなった。忘れていた感情が呼び起こされる。


「俺、もう書くのやめたんだけど。」

 指先でノートの表紙を撫でながら、俺はつぶやく。


「だから腐ってるんだよ。」


 クロはふわっと浮かび、壁のポスターの影に溶け込んだ。黒いモヤの輪郭が薄れていく。


 俺はノートを開いた。

 ペンを握った。

 そして、震える手で最初の一文を書き記した。


『朝起きたら、黒いモヤが俺の枕元にいてさ。』


 インクの黒が、紙の白にしみこむ。その瞬間、部屋の空気がかすかに変わった。

 これが、俺のエッセイの始まりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ