表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノラとクロと執筆(リライト)  作者: MMPP.key-_-bou


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/15

第13話 ちょっとだけの奇跡

 昼下がり。

 外の光がレースのカーテンを透かして、部屋に淡い影を落としていた。

 静かなはずの空気が、どこかほんのり温かい。コーヒーの香りが漂い、時折スマホの通知音が、その温もりを震わせる。


『ノラにコメントが届いています。』


 手を伸ばし、画面を開いた。そこには見知らぬ名前と短い文章。けれどやはり、言葉の運びはどこか自分に似ている。


『福神漬け、残してみました。自分の空気の読めなさを守れた気がします。ありがとうございました。』


 思わず息を止め、画面を見つめる。

 ――俺の「偏った語彙」に触れた誰かが、自分の「ちょっとだけ」を守ったらしい。


 そこでクロが、不意に口を開いた。


「あんた、ついに福神漬けで誰かを救ったな」


 肩をすくめる。

「俺、そんなつもりじゃなかったけどな」

「でも、誰かに届いた。それだけで、ええやん」

「俺、福神漬けで人生語る芸風、続けてええかな」

「ええよ。ただ、そろそろ『らっきょう』にも手出してみたら?」


 その一言に、苦笑がこぼれる。

「それはちょっとだけ勇気いるな」

「ちょっとだけ、か」

「ちょっとだけや……」


 ノラの画面には、いくつもの「ちょっとだけ」が重なり合っていた。

 小さな声が集まって、円を描くように巡っている。その中に、俺の言葉も混ざっている。そして誰かの言葉が、また俺に返ってきている。


 言葉は届くと、静かに巡り始める。ときには、誰かの人生に小さな居場所を作るのだ。


 笑いを含ませながら、文字を打った。


『福神漬けを残すことで、自分の空気の読めなさを守った人がいた。その人に少しだけ触れられた気がした。俺の「ちょっとだけ」は、誰かの「ちょっとだけ」と並んで、ちゃんと存在している。』


 クロが、低く問いかける。

「あんた、やっぱり誰かのために書きつづけるんか」

「……うん、ちょっとだけな」

「ちょっとだけな……」

「まあな。でも、そういう文章が俺らしいんだ」


 クロの黒い影が、ふわりと揺れた。

「……なんか、俺がいなくても平気そうだな」

「そ、そんなこと……」


 思わず目を伏せる。けれど、心の奥で同意している自分に気づいて、照れ笑いが漏れた。


 カップを持ち上げ、コーヒーをすする。

 湯気の向こうで、クロを見やる。


「でも、やっぱり、あんたがいると楽しいな」

「楽しいって……俺、ただ突っ立ってるだけやぞ」

「いや、突っ立ってるだけで俺のツッコミになるんだ。絶妙に」


 クロがもう一度、ゆるく揺れた。

「……ついに俺も副菜の仲間入りか」

「仲間入りって、誰がメインやねん」


 送信ボタンを押す。画面が一瞬光り、部屋の空気がかすかに震えた。

 苦いコーヒーを飲み干す。舌の奥に、かすかな甘さが残る。


 クロは、笑うように揺れている。

「……もう、俺の出番、減るんちゃう?」


「減るって……」

 返す言葉が途切れる。胸の奥に、小さな穴が開いたような寂しさが広がった。


 クロが静かに揺れ、声を落とす。

「……まぁ、ええか。今のあんたなら、自分の言葉でちゃんと立っていけるやろ」


「……うん」

 声は震えていなかった。けれど、心の奥では別れの気配を感じていた。


 最後に、そっとつぶやく。

「ありがとう、クロ。ほんまに、ありがとう」


 笑いと、ほんの少しの寂しさが混ざった午後。


 返事はない。

 それでも部屋の片隅に、黒い塊のような温かさが確かにあった。


 俺はコーヒーを飲み干し、スマホの画面を静かに閉じる。

 物語は、一度ここで終わる。

 けれど――誰かの「ちょっとだけ」は、これからも巡り続けていくのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ