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ノラとクロと執筆(リライト)  作者: MMPP.key-_-bou


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13/15

第12話 クロとノラ、届くちょっとだけ

 夜。

 静まり返った部屋で、机の上に置いたスマホが震えた。


『ノラにコメントが届いています。』


 指先がためらいながら画面をなぞる。そこには、知らない名前が並んでいた。けれど、文字の響きは、どこか自分に似ていた。


『この人の話、ちょっとだけ自分のことみたいでした。誰かに話したくなったので、ノラに書いてみました。』


 息をのんで、スマホをそっと伏せる。

 俺の「ちょっとだけ」を拾ってくれた誰かが、自分の「ちょっとだけ」を差し出してくれたらしい。

 四角い部屋の空気が、少し広がって見えた。


 クロは黙っていた。

 いつものような軽口もなく、コーヒーの香りにも揺れもしない。


「……クロ?」


 返事はない。

 けれど、椅子の背もたれに寄りかかる俺の肩先に、確かに気配が寄り添っている。


 ノラを開く。

 無数の「ちょっとだけ」が流れている。

 短い詩、思いつきの独り言、物語未満の断片――。その中に、俺の言葉が埋もれている。そして別の誰かの言葉が、俺に返ってきていた。


 言葉って、誰かに届くと、静かに巡り始めるんだな。

 そんな実感が胸の奥に滲んだ。


 ようやくクロが、ぽつりと呟いた。


「あんた、もう俺がいなくても書けるな」


 思わず笑みがこぼれる。

「……それ、褒めてる?」

「うん。ちょっとだけな」

「ちょっとだけ、か」

「それしか言えんやろ。あんたの文章、語彙の偏りが芸風やし」


 苦笑いしながら額をかく。

「芸風って言うな。俺は真面目に書いてる」

「真面目に『ちょっとだけ』を連打してるやつ、初めて見たわ」

「俺、語彙の偏りで個性出してるタイプやねん」

「それ、福神漬けで人生語るやつの言い訳やろ」


 クロの声は相変わらず柔らかくて、でも背中を小突かれるような鋭さもあった。


 俺はスマホに向かって文字を打ち込む。


『誰かの気持ちに触れるって、ちょっとだけ勇気がいる。

 でも、触れたあとに残るものは、ちょっとだけ温かい。

 あと、福神漬けはやっぱり残す派です。』


 送信ボタンを押すかどうか――一拍置いた沈黙のあいだ、クロは何も言わなかった。

 それでも、そこにいる。静かに、俺の背中を見守っている。


 部屋の空気は穏やかに澄んでいた。けれど、どこか遠くで、また新しい言葉が生まれている気がする。

 そして俺の「ちょっとだけ」は、今日も誰かに向かって、不器用に、偏った語彙のままで進んでいく。


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