8話 北への道、雪の兆し
ベルザの街を発って三日。
ユウマとルディアは、さらに北の村を目指して街道を歩いていた。
空はどんよりと曇り、風は冷たく、木々の枝先には霜が宿りはじめていた。
「……寒いね」
ユウマが肩をすくめる。
ルディアは鼻をすすりながら、手をこすった。
「うん。そろそろ北は本格的に雪の季節だよ」
道すがら、二人は道端に設けられた小さな巡礼者の祠を見つけた。
木造の簡素な建物だが、中には風除けを求めた旅人たちが休んでいる様子だった。
「休んでいこうか」
ルディアが促し、二人は祠の中に入る。
中には老いた巡礼者が一人、焚き火にあたっていた。
「ほう、若いの。北へ行くのか」
老人は二人を見ると、目を細めて言った。
「今はやめておけ。北の地は、黒い風が吹いておる」
ユウマはぎょっとして、ルディアを見た。
「黒い風……?」
ルディアは肩をすくめる。
「迷信だよ、たぶん。ただ、最近は盗賊だけじゃなくて、魔物の活動も活発になってるって話だし……」
老人は、ぽつりと続けた。
「北の山に、黒牙の影が戻ったのじゃ。あれは、忘れられたはずの災い……」
ユウマの心に、妙なざわつきが広がった。
(黒牙……? どこかで聞いたような……)
だがルディアは話を切り上げ、礼を言って祠を後にした。
***
その日の夜、二人は焚き火を囲んで野営した。
空は澄み、無数の星が瞬いている。
「……ルディアさん、黒牙って……」
ユウマが問いかけると、ルディアは腕を組んで考え込んだ。
「黒牙の盟、だったかな。昔、北の地方で暴れた盗賊団の名前だよ。でも、何年も前に討伐されて、もう存在しないはずだ」
彼女は焚き火を見つめながら続けた。
「でも、もし本当に残党が動いてるなら、今の街道襲撃や魔物の活発化とも繋がるかも……」
ユウマは唇をかんだ。
(また、争い……でも、僕が逃げたら……)
彼は拳を握り、言った。
「ぼく、やっぱり行くよ。北まで」
ルディアはその決意を見て、にっと笑った。
「頼もしいね。でも、くれぐれも無理はしないでよ?」
***
翌朝、二人は小さな村にたどり着いた。
そこは、かつて栄えた交易中継地だったが、今は人気もなく、家々の扉は閉ざされている。
「……ここもか。最近は北の村が次々に沈黙してるって噂は本当だったんだ」
ルディアは険しい顔で周囲を見渡した。
ユウマは胸騒ぎを覚えつつ、廃墟のような村の広場に足を踏み入れる。
その時――
「……!」
村の外れから、黒装束の影がこちらを見ているのに気づいた。
だが、目が合った瞬間、影はすっと森の中へ消えていった。
「今の……!」
ユウマが駆け出そうとするのを、ルディアが腕を掴んで止める。
「ダメ! 下手に追うと罠だよ!」
彼女は剣を抜き、警戒を強める。
「……やっぱり、ただの盗賊じゃない。こいつら、組織的に動いてる」
ユウマは、再びあの祠で聞いた言葉を思い出していた。
(黒牙……)
風が、冷たく村を吹き抜ける。
二人の旅は、さらに深い闇の中へ踏み込もうとしていた――。