6話 ベルザの朝にて
東の空が赤く染まりはじめたころ、ユウマとルディアは静かに集落を後にした。
「今日中にはベルザに着くはずだよ」
ルディアが軽く伸びをしながら言う。
ユウマは頷いた。「うん、兄さんの手がかり、見つかるといいな……」
「ま、期待しすぎると空振りするかもだけどね。でも、動かなきゃ何も始まらないし」
そう言って、ルディアは小さく笑った。
二人は朝の澄んだ空気の中、再び北の街道を歩き出した。
***
昼前。
ベルザの街が視界に入った。
城壁に囲まれた中規模の交易都市で、街道沿いでは最も活気がある場所だ。
門の前には商隊や旅人たちが列を成しており、二人もその列に加わった。
「思ったより人が多いね」
ユウマが周囲を見渡しながら言うと、ルディアは腕を組んで答える。
「うん……でも、この感じ……逃げてきた人も混じってるかも」
確かに、荷物を大量に抱えた家族連れや、怯えた顔の男たちがちらほらと見える。
ユウマは胸がざわつくのを感じた。
(北の異変……やっぱり本当なのか)
***
無事に門をくぐり、ベルザの中に入った二人は、まず宿を探すことにした。
ルディアが勝手知ったる様子で、迷うことなく宿屋「銀の鹿亭」へ向かう。
「ここ、前に一度泊まったことがあるんだ。まぁ、そこそこ安くて飯がうまい」
ユウマは少し安心しながら、受付で二人分の部屋をとった。
そして、荷物を置くと、すぐに街の広場へと足を運んだ。
***
ベルザの広場は賑わっていたが、どこか騒がしさとは別の緊張感が漂っていた。
掲示板には討伐依頼や行方不明者の張り紙がいくつも重なっている。
「……これ、思ったより事態が悪いかも」
ルディアが眉をひそめる。
ユウマは、一枚の紙に目をとめた。
『北の砦、フェルドが陥落』
そんな文字が大きく記されていた。
「フェルドって、北の……?」
「ああ。国境に近い砦だよ。あそこが落ちたなら、モンスターや盗賊が南下してくるのも当然だ」
ルディアは重くつぶやいた。
ユウマは拳を握りしめた。(兄さん……こんな状況の中、どこで何を……)
***
その後、二人は酒場に足を運び、さらなる情報を集めることにした。
カウンターで軽く飲み物を頼むと、ルディアが耳打ちする。
「こういうときはね、聞き役に回るのがコツ。酔っ払いは勝手にしゃべるから」
ユウマはこくりと頷いた。
しばらくすると、隣の席の男たちが話し始めた。
「聞いたか? 北の方じゃ、なんか得体の知れない奴らが動いてるって」
「黒い牙の一団だろ? もう街道も安全じゃねぇ」
「いや、それだけじゃない。村ごと消えた場所があるって噂だ」
ユウマとルディアは、思わず顔を見合わせた。
(黒い牙……?)
まだそれが何を意味するのかは分からない。
だが、確実に事態は悪化している――二人はそう感じ取った。
***
夕方、宿に戻ったユウマは、窓の外の夕焼けを見つめていた。
兄の面影が、ふと脳裏をよぎる。
(兄さん……やっぱり、何かに巻き込まれたんじゃないよね……)
ルディアが背後から声をかけた。
「考えすぎると疲れるよ。今日は休んで、明日からどう動くか考えよう」
ユウマは小さく笑って、「うん、ありがとう」と答えた。
ルディアは「ま、頼りないんだから、あたしが面倒みてあげるよ」と肩をすくめて笑う。
そんなやりとりに、少しだけ心が軽くなるユウマだった。
外では、夜の風が街道から吹き込んでいた。
北の街道――その先に待つものを、二人はまだ知らない。