5話 北の街道の風
朝。
まだ陽が昇りきらぬうちに、ユウマとルディアは村を後にした。
背負う荷物は少ないが、二人の足取りは軽い。
「ふふん、いよいよ本格的な旅の始まりだね!」
ルディア・ヴァレーンは得意げに剣を腰に揺らしながら、鼻歌まじりに歩く。
ユウマ・アルシオンはその隣で、頷いた。
「うん、北の街道に出れば、情報も集まるかもしれないし……兄さんのことも、何か」
「ま、焦らず行こうよ。まずは生き残るのが先決だからさ」
ルディアは軽口を叩きつつも、周囲への警戒を怠らない。
その姿に、ユウマは少し安心した。
***
街道は、緩やかな丘陵地帯を北へと伸びていた。
行き交うのは、旅商人や冒険者たち。
彼らは二人を見ると、興味深そうに視線を向けたが、特に声はかけてこない。
「……やっぱり、こうして歩いてると実感するね。旅してるんだなぁって」
ユウマがしみじみと呟くと、ルディアは笑う。
「そうだね。でも、街道だからって安心しちゃダメだよ。最近、物騒だって噂だし」
「え、そうなの?」
「うん。盗賊や魔物の出没が増えてるらしい。北の街、ベルザまで行けばもっと詳しい情報が入るかもね」
ユウマは少し緊張しつつ、頷いた。
***
昼頃。
二人が小さな川のそばで休憩していたときだった。
「おい、そこの旅人!」
男の声がした。振り向くと、三人組の男たちが近づいてくる。
粗末な鎧に、腰には剣――明らかに、ただの旅人ではない。
ルディアはすぐに剣に手をかけ、低く構えた。
「……なんの用?」
男たちはにやりと笑う。
「ちょっと通行料をもらおうかって話さ。最近、この辺りは俺たちのシマでね」
盗賊だ。
ユウマの背筋が凍る。
「や、やめてください……ぼくらはただの旅人で――」
「へぇ、旅人ならなおさらだ。金目のものを置いていけ」
男たちがじりじりと距離を詰めてくる。
ルディアは舌打ちした。
「ったく……街道まで荒れてるなんてね」
そして、ユウマに小声で言う。
「ユウマ、下がってて。今回は数が多いけど、あたしならやれる」
「……わかった。でも、気をつけて!」
ルディアはにやける盗賊たちを睨みつけ、一歩前に出る。
「悪いけど、通行料なんて払う気はないよ。あたしは剣士だからね」
男たちは一瞬、面食らったような顔をしたが、すぐに嗤った。
「へっ、女一人が剣士だと? 面白ぇ、やってみろよ!」
次の瞬間、戦いが始まった。
***
ルディアの剣が、風を切って踊る。
盗賊たちは軽く見ていたが、彼女の剣技は予想以上だった。
「くっ、この女……!」
一人、また一人と追い詰められ、男たちは次第に焦りを見せる。
ユウマはその様子を見つめながら、拳を握りしめる。
(ルディアさん……頑張れ!)
何もできない自分がもどかしい。でも、せめて応援だけでも――。
その祈りが届いたかのように、ルディアの剣は冴えわたり、最後の男を地面に叩き伏せた。
「……ったく、これだから盗賊は嫌いなんだよ」
剣を収め、ルディアはため息をつく。
ユウマは駆け寄り、彼女の腕を掴んだ。
「ルディアさん、大丈夫!?」
「うん、かすり傷程度。でも……」
彼女は倒れた盗賊たちを見下ろし、苦い顔をした。
「こういうのが増えてるってことは、北の情勢、やっぱり荒れてるね。何か、良からぬ動きがあるのかも」
ユウマは黙って頷いた。
胸の奥に、ざわめきが広がる。
(兄さん、何かに巻き込まれたんじゃないよね?)
まだ分からない。でも、進むしかない。
***
その日の夕方、二人は街道沿いの小さな集落にたどり着いた。
宿屋は質素だが、暖かな食事と寝床があった。
ルディアは肉のシチューを頬張りながら、にやっと笑う。
「ふぅ、やっぱり旅の後はこれだよね!」
ユウマも、パンをかじりながら笑顔になる。
「うん、今日は色々あったけど……無事でよかった」
「ね。ま、これからもっと大変になるかもだけど」
ルディアは窓の外を見つめ、ぽつりと言った。
「明日にはベルザの街に着くよ。そこなら、次の手がかりも見つかるかもしれないし……」
ユウマはその言葉に、胸が高鳴るのを感じた。
(次の出会いが、きっと……)
そして、この旅はまだ始まったばかりだ。
星がまた、二人の頭上で瞬いていた。