4話 旅立ちの約束
朝日が昇る頃、ルディア・ヴァレーンは剣を肩に担いで、宿の玄関をくぐった。
ユウマ・アルシオンは慌ててその後を追う。
「ルディアさん、ちょっと待って!」
「ん? どうしたの、ユウマ」
ルディアは振り返り、ポニーテールを結び直しながら問いかけた。ユウマは少し息を切らせながら、必死に言う。
「ぼくも、一緒に行くよ!」
ルディアは呆れたように笑った。
「狩りに付き合うって? アンタ、戦えないくせに物好きだね」
「……でも、ルディアさんが危ない目にあったら、やっぱり見てられないから」
その一言に、ルディアは少しだけ頬を緩めた。
思えば、昨日の戦いでも、ユウマの声があったから助かった場面があった。
それを思い出しながら、ルディアはぽんとユウマの肩を叩く。
「ま、いいや。ついて来なよ。ただし、絶対に無茶はしないこと。あたしの背中だけ見てればいいから」
「うん、わかった!」
二人は並んで村の外れへと向かう。
今日の目的地は、村の西に広がる草原地帯だ。そこに最近、小型の魔物が増えて、農民たちが困っているという話だった。
***
草原は、風が気持ちよく吹き抜ける開けた場所だった。
だが、すぐに二人の目の前に、茶色い体毛の魔物――スナッグラットの群れが現れた。
「来たね……!」
ルディアは剣を抜き、身構える。スナッグラットは素早く動く小型獣だが、牙が鋭く、油断ならない。
「ユウマ、離れてて!」
「う、うん!」
ユウマは草むらに身を隠し、じっとルディアの戦いを見守った。
ルディアの剣が、空を裂くように閃く。
「やあっ!」
一撃で一匹を倒し、すぐに次の一匹に飛びかかる。
昨日の森犬よりは手ごわくない……はずだった。
しかし、数が多い。十体近くが次々と襲いかかる。
ルディアは次第に息を荒くしながら、剣を振るう。
「っ、この……!」
ユウマは、拳をぎゅっと握りしめた。
なぜだろう。ルディアの剣が振るわれるたびに、心の奥がざわつく。
(もっと、力になりたい……!)
そんな思いが、胸の奥で膨らんでいく。
そのとき、ルディアがバランスを崩した。
「しまっ……!」
スナッグラットの一体が、彼女の足元に飛びかかる。
ユウマは思わず立ち上がり、叫んだ。
「ルディアさん、下!」
ルディアは咄嗟に飛びのき、間一髪で攻撃をかわした。
そして、すぐに剣を突き立て、スナッグラットを倒す。
「ふぅ……ありがと、また助けられたね」
息をつきながら、ルディアはユウマに笑いかけた。
やがて、最後の一匹を仕留め、草原は静けさを取り戻した。
***
戦いを終えた二人は、草原の丘に座って休んでいた。
ルディアは水筒を取り出し、ユウマに差し出す。
「はい。今日もがんばったご褒美」
「え、でもぼくは戦ってないし……」
「いいの。声をかけてくれたおかげで助かったからさ」
ルディアは、少し照れくさそうに笑う。
ユウマは遠慮がちに水を受け取り、一口飲んだ。
草原を渡る風が心地いい。
二人はしばし、黙って風に吹かれた。
「ねぇ、ユウマ」
ルディアがふいに口を開く。
「この先も、旅を続けるんでしょ? 兄さんを探すために」
「うん。まだ手がかりはないけど……きっと、どこかにいるはずだから」
ユウマの瞳は、どこまでもまっすぐだった。
ルディアはその瞳を見つめ、やがて決意するように言った。
「……なら、あたしも付き合うよ。剣士として、あんたを守る義務があるからね」
「ルディアさん……!」
ユウマは驚き、そしてぱっと笑顔になった。
「ありがとう!」
「礼なんていいよ。あたしも旅をしたかったし、ちょうどいい機会だから」
照れ隠しのように言いながら、ルディアは立ち上がった。
「よし、明日からは北の街道を目指そうか。そこで、何か手がかりが掴めるかもしれないし」
「うん、行こう!」
二人は、夕日が沈む草原を背にして、村へと戻り始めた。
***
その夜、宿の部屋でルディアは窓の外をぼんやり眺めていた。
ふと、昼間の戦いを思い出す。
(……やっぱり、変だよ)
剣の振りが、確かに軽かった。普段より速く、正確だった。
昨日も今日も、どちらも――ユウマが近くにいたときだ。
(……偶然、だよね?)
ルディアは自分に言い聞かせるように呟くが、どこか心の奥に引っかかりが残る。
窓の外には、満天の星空が広がっていた。
***
一方、ユウマはベッドに横になりながら、天井を見上げていた。
(……兄さん、今どこにいるんだろう)
かすかに、胸の奥が熱くなるような感覚がある。
自分には力がない。でも――
(ぼくにできることが、きっとあるはず)
そう信じて、ユウマはそっと目を閉じた。
旅はまだ始まったばかりだ。
そして、まだ知らない。
この先の街道で、彼らを待つ新たな出会いと、試練が待っていることを――。