3話 信じる力
「この辺り、魔物の群れが出るって聞いたんだけど……」
ルディア・ヴァレーンは剣の柄に手をかけ、じっと森の奥を睨んだ。赤茶のポニーテールがわずかに揺れる。隣では、ユウマ・アルシオンが少し緊張した面持ちで彼女を見つめていた。
「だ、大丈夫かな、ルディアさん……」
「平気よ。こんなの、慣れてるから」
軽く笑ったルディアだが、その目は真剣だった。森の空気が重たい。聞こえるはずの鳥の声も、どこか遠のいている。
次の瞬間、茂みの奥から黒い影が現れた。
「出た!」
森犬――小型だが獰猛な魔物の群れが、牙を剥いて飛びかかってくる。五体、いや、六体。
ルディアは即座に前に出た。
「ユウマは下がってて!」
「う、うん!」
ユウマは言われるがまま後ろに下がり、じっとルディアを見守った。彼女の剣が、鋭く空を切る。
「はあっ!」
一撃で一体の森犬を斬り伏せる。しかし、残りが周囲を囲むように動く。
「っ、ちょこまかと!」
ルディアは剣を横に薙ぎ、二体目も仕留めたが、残りが分散して襲いかかる。
そのとき――。
「ルディアさん、右!」
ユウマの叫びが飛んだ。ルディアは咄嗟に身を翻し、間一髪で右からの飛びかかりを回避。すかさず反撃に転じ、三体目を斬り倒す。
「ナイス、ユウマ!」
ルディアはにっと笑う。自分でも驚くほど体が軽い。剣の振りが、普段より速い。力も、湧いてくる感覚がある。
(……なんだろ。今日は、いつもと違う)
そんな疑問が脳裏をよぎるが、今は戦いに集中する。
残りの森犬たちも一匹ずつ的確に仕留め、最後の一体が倒れたとき、森に静けさが戻った。
「ふぅ……終わりっと」
剣を納めたルディアは、軽く息をつく。
ユウマが駆け寄ってくる。
「ルディアさん、大丈夫? ケガは……?」
「平気よ。ありがと、ユウマ。さっきの声かけ、助かった」
「あ……うん。よかった」
ユウマはほっと胸をなで下ろす。
ルディアは改めて彼を見た。小柄で、戦えそうな体つきでもない。しかし、その瞳は真っ直ぐだった。
(……なんか、変な子。でも、悪くない)
「そういえば、ユウマ。戦えないって言ってたけど、どうして旅なんかしてるの?」
ルディアは、ふと思い立って尋ねた。
ユウマは少し黙り、そしてぽつりと答えた。
「……兄を探してるんだ。行方不明になってて。きっと、何かあったんだと思う」
ルディアは驚き、そして少しだけ表情を和らげた。
「そっか……じゃあ、そのために」
「うん。ぼくは弱いけど、でも、あきらめたくなくて」
まっすぐな言葉だった。臆病そうなのに、芯は折れない。
ルディアはふっと笑った。
「……なら、応援してあげる。あたしも剣士だし、弱いヤツを放ってはおけないからね」
「ルディアさん……」
ユウマは目を丸くし、やがて微笑んだ。
「ありがとう!」
二人の間に、少しだけ絆が芽生えた。
森の風が、静かに二人の頬を撫でる。
***
その後、森を出た二人は村に戻り、討伐の報酬を受け取った。
宿屋の一室で、ルディアは剣を磨きながら、考えていた。
(……今日の戦い、やけに体が軽かった)
剣士としての勘が告げている。何かが、いつもと違った。
ふと、窓辺に座るユウマが目に入る。
(……まさか、アイツが?)
だが、そんなはずはない。ユウマは戦えない。ただの旅人だ。
ルディアは首を振り、剣を拭いた布を棚に置いた。
「ま、いいか。気のせいだよね」
そう言って、ベッドに倒れ込む。
「明日も仕事だし、寝よ寝よ」
その声に、ユウマが小さく返事をした。
「おやすみ、ルディアさん」
「おやすみ、ユウマ」
夜は静かに更けていく。
だが、まだ誰も知らない。二人の旅が、これから世界を揺るがすことになることを――。