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1話 レベル1の冒険者


朝の森は、穏やかだった。


木々の隙間から差し込む陽光が、草の葉にきらめき、鳥たちのさえずりが澄んだ空気を揺らす。

その緑の中を、ひとりの少年が歩いていた。


名を——ユウマ・アルシオン。

年は十五。腰に剣を下げた、ごく普通に見える旅の少年だ。


けれど、彼の“ギルドカード”には、ある異様な数字が刻まれていた。


【Lv:1】


いくら魔獣を倒しても、レベルは上がらない。

初めて剣を握ったあの日から、彼はずっと、レベル1のままだった。


「……次は、カルナ村か」


地図を見ながら、ユウマは小さくつぶやいた。

旅の目的は、自分の“特異体質”の理由を探ること。そして、行方知れずとなった兄を追うことでもあった。


だが、この日だけは、いつもと違っていた。


「っ、や、やめろ……!」


小さな叫び声に、ユウマは立ち止まった。

声のする方を向くと、茂みの奥に少女の姿があった。


赤茶のポニーテールに、小柄な体。

腰に細身の剣を下げてはいたが、その手は震えていた。


その視線の先には——

血のような毛並み、爛々と光る赤い瞳。ブラッドベア。

全長2メルトルを超える、獰猛な熊型魔獣だ。


「くっ……!」


少女が剣を握り直し、一歩踏み込む。

その瞬間、ユウマの体が自然と動いていた。


「危ないっ!」


叫びと同時に剣を抜き、獣の脇から切りかかる。

刃が肩をかすめ、赤黒い血が飛び散った。


「なっ……だれよ、あんた!?」


少女が驚く間もなく、魔獣が咆哮する。

周囲の小動物が一斉に逃げ出し、地面がびりびりと震えた。


「君、戦える?」


ユウマは少女の前に立ち、背中越しに問いかける。


「……あったり前よ!」


恐怖を押し殺すように、少女が叫んだ。

その目に宿るのは、覚悟。臆しながらも、退かない強さだった。


「よし、なら——一緒にいこう」


ユウマは静かに剣を構えた。

それを見て、少女も体勢を取り直す。


「名乗ってないけど、ルディアよ。ルディア・ヴァレーン!」


「僕はユウマ。ユウマ・アルシオン。よろしく、ルディア」


言葉を交わす暇もなく、ブラッドベアが突進してきた。


鋭い爪が地を裂き、風を切る。

ユウマは素早く跳び退き、獣の脇腹に斬りつけた。


「うああああっ!」


ルディアも叫びながら剣を振るい、敵の脚を狙う。

二人の攻撃が交差し、巨体が一瞬揺らいだ。


だが、倒れない。


「くそっ、タフすぎる……!」


唸りを上げて反撃するブラッドベアに、ユウマが囮となって回り込む。


「今だ、脚を狙え!」


「任せて!」


そのときだった。

ルディアの剣が、ふわりと赤く輝いた。


まるで炎のように、ほのかに揺らめく光が、刃にまとわりつく。


ルディア自身は気づいていない。

だが、その一瞬だけ、彼女の力は——変わっていた。


「やああああっ!!」


気迫のこもった炎の一撃が、魔獣の胸元を深く焼き裂いた。


「ナイス……っ!」


ユウマが飛び込み、古びた剣を胸に叩き込む。

ルディアの一撃で致命傷を浴びていたブラッドベアは甲高い悲鳴をあげて地面に崩れ落ちた。


……静寂。

そして、森に再び鳥の声が戻る。


「はぁ、はぁ……た、助かった……」


その場に座り込み、ルディアが荒く息を吐いた。


ユウマも剣をおさめ、息を整える。


「大丈夫?」


「うん……なんとか」


ルディアは顔を上げ、ユウマを見た。

その瞳には、安堵と、ほんの少しの涙の光が宿っていた。


「……ありがとう。マジで死ぬかと思った」


「当然のことをしただけだよ。困ってる人を助けるのが、冒険者だから」


ユウマが手を差し出す。

ルディアは一瞬ためらい、しかし笑ってその手を取った。


「へへ……あたし、さっきも言ったけど、ルディア・ヴァレーン。ホントにありがとね、ユウマ」


「こちらこそ。いい戦いだったよ、ルディア」


***


森を抜ける道を、ふたりは並んで歩いていた。


「……あんた、強いね。あんな魔獣、一人じゃ絶対無理だった……てかさ、レベルいくつ?」


「……えっと、レベル1だよ」


「は?」


ルディアの顔がフリーズした。


「いやいや、嘘でしょ? あんな動きしておいて、レベル1とか……え、マジで?」


ユウマは苦笑しながら、ギルドカードを見せる。

そこには、くっきりと【Lv:1】の刻印。


「は、ははっ……! なにそれ、ほんっと意味わかんない!」


ルディアは思い切り笑い出した。


「ま、でも……いいか。レベルとか関係なく戦えるって、かっこいいしさ」


「君もだよ。最後の脚への一撃、あれが決め手だった」


「へへ、まあね。あたし、狩りは得意なんだ」


ルディアは照れ隠しのように胸を張る。


遠くに、木造の村が見えてきた。

カルナ村——次の目的地だ。


「あれが、カルナ村だね」


ユウマが指差すと、ルディアはしばし沈黙したあと、不意に言った。


「ねえ……もしよかったら、あたしも一緒に行っていい?」


ユウマは少し驚き、それから微笑んだ。


「もちろん。君となら、きっと楽しい旅になる」


「よっしゃ! じゃ、今日から相棒ってことで!」


ルディアが拳を掲げる。

ユウマも笑って、それにこぶしを重ねた。


こうして——

レベル1の少年と、狩人の少女の、少し不思議な旅が始まった。


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