明君と教育実習生
クリスマスイブですってよ。
桜の花びらが茶色く浮かぶ湿った水たまり。その隣。
ディスカッションの授業が嫌で体育館の裏に座っていた。木の枝拾って地面をほじくる。
今学校時間に帰ったら、ユーグにサボりを馬鹿にされるだろうし、取り敢えずこうやって時間を潰すしかないけど。
本でも持っておけば良かった…
ユーグが学校に来れば、一緒にいてくれるのかな。
でも、ユーグは学校にいたら、ぼくみたいに1人でいそう。
窓際の後ろの方の席で窓の下を眺めて、ため息ついて、ぼくがそれをずっと見てたら、その視線に気づいて、振り返って微笑んでくれる。とか。放課後、少し教室に残って、少し話をしたり、隣の席で宿題したり。とか。
ユーグが学校いれば、いいのに。
「あれ、君はここで何してるの?」
「……!」
ふと上から声がかかる。知らない、人。ユーグのこと考えてたら、気づかなかった。
「名前聞いてもいい?私、教育実習生なんだけど。」
教育実習生……ぼくのこと知らない外部の人だ。大きめのバインダーを胸元に抱え、スーツを着ている。知ってる人よりはマシだけど、1人にして欲しい。
「…ほっといてください。ぼくに関わらない方がいいですよ。」
と、突っぱねた。でも、先生は隣にしゃがんで、引いてくれなかった。
「実習生だから、何言ってもいいよ。大丈夫。」
微笑んでくれたけど。…鬱陶しいな。
サボってること、この人に怒られるのも嫌。
教室に一緒に戻るなんてしたら、目立つし、わざとぼくを避けて無視するみんなの視線も、怖い…もっとやだ。
「ぼくは…」
「うん」
何を言おうか…。別にぼくの現状を知ってもらいたい訳じゃないけど、でも、あっち行ってほしい。
ぼくには、ユーグだけで十分だ。
「ぼくは、人殺しだ。ぼくが、ほんとに、やったんだ。だからっ…」
違う。ぼくはやってない!なんでみんなそんなこと言うんだ!という自分の中の叫びがぼくを苦しめる。
苦しい、助けてよ。ユーグ。
「えっ?大丈夫?」
お前じゃない。
「先生も殺しますよ。今、校庭の影で誰も見てないからバレずにできます。あの時みたいに…ね。」
やろうと思えばできるんだろうな、と言ってて思う。だって、あの時の真相は隠されてそのままだし。先生は、静かにその場に立ち上がって、困って苦笑いした。
「……私、わかんないから、先生、呼んでくるね。」
そう言って、少しぼくのことを気味悪そうにして、走ってどっか行った。
よかった…。安心して、落としていた木の枝を拾ってまた遊び始める。
「レディに対して、あんまりじゃないかい?」
?!
どこ…あ、いた。
目の前のフェンスにユーグが背中向けてもたれかかっていた。見られてたんだ、全部…。なんか、恥ずかしい。
「たまたま通っただけだよ。」
「ユーグ」
「んふふ。誰も見てないし、ボクも寝起きで油断してる。ボクのことも殺せる?」
顔を見せてくれない。怒ってるのかな…?それとも、ユーグの好奇心の延長?
ぼくの答えとしては、まぁ、決まってる。そんなことするわけ、ない。それに、凶器も持ってない。できない。
「…先生、やだったから。言っただけ。」
「ボクは嫌じゃないんだ?」
「…うん」
ユーグは顔を下に向けた。どんな顔してるかはわかんないけど。
ユーグの動きに連動して、ぎし、とフェンスが鳴った。
沈黙。
ユーグはこっちに向き直った。楽しそうないつもの笑みを浮かべていた。
「ボクと帰ろうよ。そこいても退屈だろ?」
「いいの?」
あまりに嬉しい誘いだった。今まで通りだったら、サボりを馬鹿にして、笑ってたのに。
「今日は機嫌がいい。ここで待ってるから、荷物取ってきなよ。」
「わかった。」
ユーグの気まぐれに感謝しつつ、ぼくは教室に戻った。
丁度終了のチャイムが鳴る。