社畜先輩の後輩はうるさい
「今日からよろしくね。」
「はい、よろしくお願いします。」
オレはこの春、大手お菓子メーカーの企画担当の部署に配属された。
特段お菓子好きではないが、企業説明会での印象が1番良かった。
そして説明会で受付をチャキチャキこなしていた人が、オレの教育係となった。
低めの身長にパンツスーツ。
いや、よく見るとこれでもヒールを履いていたのか。
長い髪を無造作に一つに縛り、キリッとした顔でこちらを見上げているが、丸い大きな目、メイクは薄いのに少し赤い頬。
少年?のような雰囲気もある。
社内の案内をしてもらっていても、女性らしいと言うより転校生の案内をかって出たクラスの人気者みたいな人だ。
行く先々で上司後輩関係なく『姐さん』なんて呼ばれている。
何者なんだ?
そして『姐さん』は行く先々で仕事とお土産をもらっている。
中性的な顔立ちのせいか、一部女性社員はキャッキャ黄色い声も混じってる。
「少し持ちますよ。」
そっと手を出してみたが
「これくらい全然大丈夫だよ!
こないだなんて前見えないままデスク帰れたし。」
なんの自慢をしているだ、この人は。
まだ慣れていないし、そのままオレは手を引っ込めた。
それからしばらくして、仕事にも慣れてきた頃、だんだん先輩の事がわかってきた。
朝、何もなく綺麗だったデスクの上は、あっという間に書類の山となり、その一つ一つを淡々と片付けて行く。
すごい集中力でこちらが見ていても瞬きを忘れてパソコンに向かっている。
昼食もおにぎりやサンドイッチのような、食べながら作業出来るものばかり食べている。
時々女子社員にランチに誘われると2つ返事で快く行ってくるのだが、戻ってからの仕事のスピードはさらに上がっている。
そんな先輩に釣られてか、オレの作業スピードも上がり上司からも褒められている。
だが、先輩はあまり自分の仕事をオレには振らず、オレはいつも定時ちょっと過ぎに帰らされる。
「手伝いましょうか?」
なんて言ってもいつも画面から目線を外さないまま、とても明るい声で断ってくる。
「いいのいいの!疲れたでしょ?
私もこれだけ済ませたら10分くらいでもう帰るから。」
デスクにはまだ結構な書類が残っている。
手伝わせてくれてもいいのにと、オレは少し不機嫌そうな顔になりかけた時、くるっとこちらを向き
「お疲れ様!また明日ね。」
なんでだろ、いつもこの瞬間、いつもキリッとした少年漫画の主人公みたいな顔が、目を細め微笑む少女漫画のヒロインのような顔になる。
それも束の間、先輩はまたパソコンへと向かう。
翌朝、先輩のデスク相変わらず綺麗になっている。
やっぱり最後までやって帰ってる。
どうやら先輩はよっぽどの事がない限り受けた仕事はその日のうちにこなしたいようだ。
先輩はいつも出勤してくると、何もないデスクをひとなですると、よしゃっ!と気合を入れる。
そしてみるみるうちに書類に囲まれていく。
ある日先輩が珍しく失敗したらしい。
でも誰も先輩を責める事もなく、まぁ責めらるほどのミスでもないようで、明らかに気にしているのは先輩だけに見えた。
昼時、みんなで払った頃、今日はお誘いもないのにカバンに手を突っ込み、財布と何かを持って先輩が席を立った。
後輩が慰めるのも変かなぁと思いつつも、オレはいつも先輩が飲んでいるブラックコーヒーを買って先輩を探した。
先輩は以前時々来ると話していた屋上のテラス席にいた。
そばへ行こうかと思ったが、いつもと違う様子に足が止まった。
何か持ってる?
ぬいぐるみ?
それに鼻の奥が痛くなる程激甘で有名なカフェオレ飲んでる...。
先輩はぬいぐるみをぎゅーっと抱きしめたかと思ったら、激甘カフェオレを一気に流し込んで勢いよく立ち上がった。
まだみんな帰ってきてないデスクに先に戻って待っていると、先輩が向かいの席に帰ってきた。
そして少しキョロキョロしているので、知らんふりしてパソコンに向かっていると何かを勢いよくカバンの奥に押し込んだ。
ふ〜っと一息ついた先輩がこちらに話しかけてきた。
「早いね、もう食べたの?」
「はい。あっ先輩コーヒー飲みます?
買ったの忘れてまた買っちゃって。」
「え?いいの?やったーありがとう。」
そう言って先輩はいつも通りブラックコーヒーを飲んでいるが、確かに先輩コーヒーすんごいちびちび飲んでたな。
もしかして、本当は苦手なのでは?
そう気付いてから、さらに先輩から目が離せなくなっていった。
一緒に社外へ仕事に出て直帰する事になった時、先輩と分かれてからしばらくして、有名なカフェのクリームたっぷりにチョコソースまでかかった飲み物を鼻歌が聞こえてきそうなルンルン顔で持っていた。
そして何やらハムスターのぬいぐるみがいっぱい並んだショーウィンドウをかじりつくように見つめていた。
いや、可愛いっ
その時もうはっきりと自覚した。
先輩は男勝りなイメージを壊さないようにとても努力しているようだ。
黄色い声援をくれる女子社員の期待に応えるためのパンツスーツ。
『姐さん』と気軽に声を掛けやすい雰囲気作り。
確かな顔立ちはキリッとしているが、よく見て見ると長いまつ毛に大きな目、小さな背丈に優しい笑顔。
やばい好きだ
それから何度か打ち上げなんかでは一緒に呑んだが、とりあえずビールに隣の人と同じ物という頼み方。
テキパキ仕切って、酔っ払った上司なんかもなだめて女子社員の盾になってる。
解散して、散り散りに家路に着くみんなを見届けている先輩へ話かけた。
「先輩、駅ですか?」
「ううん、こっから結構近いのっ。」
おい、語尾に小ちゃい『っ』入ってますけど?
「先輩酔ってません?大丈夫ですか?」
「え?心配してくれてるの?
だっじょうぶだよぉ、もぉ優しいなぁ君はぁ。」
みんなを見届けて気が緩んだのか明らかに酔ってる。
だっじょうぶって
先と別人じゃないか。
っていうか、そのふにゃふにゃとした顔で見上げられたら思わず抱きしめてしまいそうになるじゃないかっ!
「...送りましょうか?」
「えーっ!そんな事言われたの初めてだよ〜!
ありがとう気を使ってくれてぇ。でも本当大丈夫だから。」
先輩はオレの肩をポンポンと叩いて歩き出してしまった。
かと思えば急に立ち止まり振り返った。
「お疲れ様!また明日ねっ。」
いつも通りお決まりのセリフなのに、今日はお酒でほんのりピンクの頬な完全なるプライベートな緩んだ顔して、その上目いっぱい腕伸ばして手まで振っちゃって。
何あの可愛い生き物、はぁ?
天使か??
ってか語尾の小ちゃい『っ』!!!
なんて考えているうちに先輩はまた歩き出して帰って行ってしまった。
あのふにゃ顔が忘れられない。
みんな解散してからで、本当に良かった。
あんな顔誰にも見せたくない。
でもまだオレいたのに気を緩めるなんて、
ちょっとは信頼させてきたのかな。
ふふっと1人で笑っているとスマホが鳴った。
『ちゃんと家に着きました。心配してくれてありがとう。また明日ね。』
プライベートな連絡はこれが初めてだ。
本当に家までは近いようだ。
もう胸の奥が熱くて苦しいのに、ニヤニヤが止まらない。
これが...キュンだ
そんな言葉がよぎってすぐ、自分でもバカだなと思ったが、ニヤニヤが収まる気配は全くない。
「ふぅ〜、あとこれと、部長のやつやって〜」
金曜日の夜、誰も居ないオフィスで先輩は相変わらず残業していた。
「お疲れ様です」
「うわっ!まだ居たの?!」
「いえ、スマホ忘れたので取りに」
「あーっさっきから通知めっちゃ来てたよ?彼女さん?」
なんだかいつもより声のトーンが心無しか低いような気がする言い方だ。
「いえ、友達に鳴らしてもらってたんです。それに彼女居ないですし。」
「そうなんだ、よかった。」
あれ?いつものトーンだな。
ってか『よかった』とは...そう思った瞬間声が出ていたようだ。
「え?」
「あっいや、スマホ見つかって良かったね!ほらー今スマホって財布同然でしょ?なんか怖い映画もあったじゃん!良かった良かった見つかって!ねっ?」
先輩めっちゃしゃべってる。
「あっはい。」
「...先輩。」
「はいっ?」
うわっ、上ずってる可愛いっ。
「何時まで残業するつもりですか?まさかこっちもやる気ですか?」
まだ、残る仕事と壁の時計を見ながら先輩は答えた。
「あーもうちょいしたら帰るかなぁ??」
オレは先輩のデスクの書類の量を確認し、確信した。
「...先輩のそれは帰りませんよね。
いつも20時の時点で積んでる書類、次の日の朝には出来てるって事はほぼ毎日残業してますよね?」
ぐいっと前に出て追及するオレに、先輩は少し体をのけぞり苦笑いで答えた。
「え〜よくご存知で〜。」
「その書類急ぎじゃないですよね?
ほらほらもう帰りますよ!」
少し強引に引き上げさせようと迫ってみたが、
「えーっ!あ〜え〜わかった!!
ここ!ここまで!キリの良いところまでやったら絶対帰る!!」
にわかに信じがたい。
「え〜・・・わかりました。
なんか手伝いますか?」
「いやいや、ここまでだからババっと5分?10分くらいだから大丈夫だよ。
それにお友達と一緒だったんでしょ?
私はいいから早く戻んな。」
こうなったらテコでも動かないのは知ってる。
ここは引き下がるしかないだろう。
「...わかりました。ではお先に失礼します。」
「は〜いお疲れ様〜。よい金曜日を〜。」
今日はヒラヒラと手を振って週末のニュースキャスターのように追い返された。
「つぁ〜かれった〜。よしゃ!今日は新作スイーツあるかなぁ。」
会社を出るともう冬だと感じさせる冷たい空気が全身を包んだ。
「お疲れ様です」
「うわぁっ!びっくりした!!
えっ??待ってたの??」
突然扉の横から現れたオレに本気で驚いているようだ。
「はい、1時間ほど」
「あ〜・・そんな経ってた?」
先輩は頭を掻きながら苦笑いを浮かべている。
「結局あの書類もやり切りましたね?」
「いや〜なんか指が勝手に?動いちゃって」
パソコンを打つ真似をしながらあははと笑う。
するとふと風が吹いて先輩の髪型乱れ、頬に張り付いた。
「あっ、髪が」
咄嗟に手が出て先輩の頬にさわる。
「!!・・・あっありがとう!!!
ってか手冷たっ!!」
一瞬頬が赤くなった気したが、手の冷たさに驚いて一瞬で消えてしまった。
「金曜日なんで、このまま先輩誘って飲み行こうと思って待ってたんです。
10分で終わるって聞いたんで。
1時間近く待ちましたけど。」
精一杯恩着せがましく、恨めしそうに先輩の優しさに漬け込む言い方をした。
「ごめんよっ!言ってくれたら良かったのに〜。」
「いや、だって10分・・」
また恨み言を言おうとした瞬間、先輩に遮られた。
「わかった!ごめんってば!行こう行こう!先輩奢っちゃうから!ね?どこ行きたい??」
ふと、もしや大チャンスではないかと欲張りな考えが口をつく。
「...先輩ん家、近いんですか?」
「近いんだよ〜!狭いし古いけど、寝るだけだし。」
一か八か言ってみる。
「じゃあ先輩ん家で」
先輩は明らかに動揺しているが押せばいけそうな気配もなくはない。
「!!・・・いや〜散らかって・・・」
オレは先輩が言い切る前に遮った。
「冗談です。いきなり男性連れ込んじゃダメですよ。」
さっきまでの邪な悪魔から急な天使へのジョブチェンジ。
欲張って今から飲む事自体なしにはしたくない思いが勝ったのだ。
「もぉ〜なんだよぉ〜。じゃああそこの居酒屋行こ!寒いし、急げ〜!!」
ぐいぐい背中を押されて、会社からほど近い居酒屋へ入った。
いつもの感じでとりあえずビールと枝豆、オレに合わせてだろう、唐揚げをパパッと注文した。
「かんぱーい!寒空の下待たせてごめんね〜好きなの追加で頼んで飲んで食べて!」
「いえ、勝手に待ってただけなので」
全くその通りだ、約束した訳でもないただの後輩が待ち伏せしていただけなのに、本当に面倒見のいい人だな。
「でもどうした?なんか相談事?」
「いえ...っていうか、最近先輩やたら仕事受けてませんか?
常に残業してるし。」
すると先輩はビール片手に空いた手でまた頭を掻きながらさっき見た苦笑い浮かべていた。
「あ〜いや、頼られたらうれしいし?
人に振るより分かってる自分がやった方が1番早いし、つい。
....ぷはーっ!次何飲む?」
いい飲みっぷり。
でもこれもオレに遠慮させないための配慮に思える。
オレもペースを上げて、ろくに食べずにお互い三杯目を飲んでいる。
「先輩って休日なにしてるんですか?」
「休日?
う〜ん次の会議の準備したり、新しい企画の下調べしたり?
プレゼン資料作ったり?」
呆れた、この人は休日までそんなことを。
「それ仕事ですよ。」
すると腕組みしながら目を瞑り唸り出した。
「ゔーーーん、だって仕事以外やる事ないしぃ〜。そりゃ時々は買い物も行くけど。」
「.....彼氏....さん居ないんですか?」
今まで浮ついた噂もないし、金曜日の夜も残業してるし、居ないであろうとは思いながらも、
聞けなかった質問を自然な流れでぶつけた。
「居ないでしょ?!今の聞いてた??」
それはそれはものすごい勢いで嬉しい返事が返ってきた。
「私だって休日彼氏とまったり過ごしたりデートしたりしたいんだよ!
(したいんだ、可愛っ。)
でもねぇ自分より仕事早い女可愛くないでしょ?
ぶっちゃけ課長の東堂さんと人事の鈴木さんくらいでしょ私より早いの。
あっ!君も早いよね!
いつもすごい助かってるよ、ありがとう。」
先輩の口から、男性の名前が出た事に一瞬ムッとしたが、その後のお褒めの言葉にすぐ機嫌が治った。
「いえ。」
おそらく頬の緩みはアルコールのせいで抑えられていないだろう。
「は〜っ、きっとこのままバリバリ仕事して更に婚期逃してあの狭くてボロいマンションで定年迎えてお一人様として生涯を終えるんだ〜」
テーブルに突っ伏して少し声を振るわせていたので焦った。
「ちょっ!先輩泣かないで!」
するとがばっと体を起こし見せた顔は、ハイペースすぎたか、以前の飲み会より顔が赤くなっていた。
「泣いてないよ!ちょっとビールが沁みたんだよ!」
そんな先輩の背後に申し訳無さそうな店員さんが現れた。
「すみません、そろそろラストオーダーで...。」
先輩は腕時計を振り上げ驚いた。
「えっ?!まだ10時なのに?」
時短営業がこんなに恨めしいと思う日がこようとは。
「先輩ご時世ですよ。」
「くぅ〜!不完全燃焼だぁーーあ!」
「じゃあ残業しないで早く上がって下さい。」
「またその話〜。」
また苦笑しているが、お酒で緩みまくっている。
ラストオーダーでグラスワインを頼み、あっという間に飲み干し店を出た。
「追い出された〜」
恨めしそうに先輩が肩を落としている。
「いや、きっちり閉店5分前に出てえらいですよ。」
オレは少し腰を折り、先輩と目線を合わせて言った。
「そう?」
先輩はなんだかとても嬉しそうだったので、オレまでふにゃけた顔になる。
「はい。」
「うふふ。・・・でも飲み足りないよ〜。」
またしょんぼりを絵に描いたように項垂れてしまった。
まだ人通りの多い駅前には、ポツンポツンと人の集まりがみえた。
「あそこ、駅前でも先輩と同じ気持ちの人達が缶ビール片手に結構いますよ?」
先輩はオレが指差した方を一暼してまた前を向き歩き出した。
「あーそれはいやかな、飲む時はちゃんと腰据えて飲みたいし、誰かを不快にしたらやだし。」
見ず知らずの人の不快すら嫌だなんて。
「先輩らしいですね」
「そう?ゔーーーんしゃあない帰って飲み直すかぁ」
大きく伸びをして言い放った先輩は『解散』を仄めかした。
焦ったオレは、先輩の優しさにまた漬け込む事にした。
「1人で?」
「え?うん。」
何を言わんとしてるか分からないといった顔でこっちを見上げている先輩の顔に、こちらが目線を合わせてもう一度聞いた。
「1人で?」
今度はもう少し分かりやすく不満気に聞いた。
「え?」
今度は少し察した顔で聞き返してきた。
その後は少し先輩の口調を真似して早口に捲し立てた。
「寒空のした1時間待ちぼうけ、30分でラストオーダー、枝豆と唐揚げシェアしただけで体が温まる暇もなくはらぺこの後輩を・・・
」
「分かった!分かったって!
もぉ終電までだからな!」
かなり驚きの返事に内心嬉しさで盛大なガッツポーズをしたいところだが、出来るだけ平静を装って念のためもう一度聞いた。
「いいんですか?」
やっぱり無しと言わないでと強く願いながら返事を待つ時間は一瞬を長いものにしていた。
「なんもないから買い出し行くよ!」
こんなに時短営業を感謝した事はない。
完全に酔いに任せている先輩の斜め後ろを、スキップに近い軽い足取りで付いて行った。
店員「いらっしゃ〜せ〜。」
少し歩いたところのコンビニへ入り、買い出しをする。
先輩は慣れた様子でアルコール売り場へ向かった。
「・・・先輩このコンビニよく来るんですか?」
「え?うん!仕事帰りとか特に金曜日とか。」
「そうなんですか・・・」
客はどうやら自分達だけのようだ。
「ふんふふーん。」
鼻歌を歌いながら、2、3本缶のお酒を入れていく。
ご機嫌だな、居酒屋ではビールや辛口のワインとか飲んでたのに甘いお酒ばっかり選んでる。
つまみもチョコとか・・・これまた甘そうなデザートまで。
「カゴ持ちます。」
持ちましょうか?なんて呑気に言ってたら絶対渡してくれないから、言うが先かくらいでさっと先輩の腕からカゴを取った。
「え?あっありがとう。
さっき全然奢れてないから、好きなの買いなね!」
オレは自分の酒を2本入れてレジへ運んだ。
店員は商品をレジで打ちながら、何度かチラチラこちらを見ている。
店員「・・・4250円です。」
「ハムペイで!」
CMか?くらい元気に決済方法を伝えている。
先輩ならいつCMに起用されてもおかしくないか。いや、もしかして今撮影中かな。
店員「はい、そこタッチお願いします。」
ピッ
「あっ!」
オレはすかさず先輩の背後からスマホを出し決済した。
「さっき奢って頂いたので、ここは自分が」
すると先輩は驚いたような、怒ったような口調で振り向いた。
「こらぁ!明日の朝ごはんとかも買っちゃってるんだから」
「また今度奢って下さい。」
こんな時の常套句でなだめる。
「くそ〜スマートな奴め〜!」
オレ達のやりとりを見ていた店員が声を掛けてきた。
「あのっ」
「はい?」
「・・・今回の新作スイーツ、チーズかけて温めて食べるとめっちゃうま・・いや、美味しいですよ。」
「何それめっちゃ美味しそう!!
早速試してみます!いつもありがとうございます。」
先輩は目をキラキラさせて店員にお礼を言った。
少し得意気に背筋を伸ばした店員はさらに続けた。
「あっあと・・・
いつもの極甘梅酒がハムちゃんズコラボでコンビニ限定のクリスマスバージョンが入荷します。」
うわぁ、顔にドヤァって書いてあるこいつ。
「えーっ!なんですかそれ!!楽しみ過ぎる!!」
先輩もそんなキラキラした目で乗り出しちゃって。
「ありがとうございました」
明らかに来た時よりもいい声と顔で挨拶する店員。
「ありがとうございます。」
そう言って袋を店員から受け取ろうとする先輩の横から手を伸ばした。
「持ちますよ。」
「え?あっありがとう。」
何か言いたげにこちらを見る店員を
出来る限りの圧力で睨み返した。
「・・・。」
「・・・。」
「さっ行こーー!」
男達には目もくれず、何も知らないまま先輩は店を元気に出て行った。
そこから歩いて程なく、先輩の足が止まった。
「ここですか?」
目の前のマンション...アパート?は確かに年季が入っていた。
「・・・」
先輩の心の中はきっとこんな感じだろう。
(ラストオーダーで帰るつもりだったからちょっと酔いたくて飲み慣れないワイン頼んだら辛口だったし、無理して飲んだテンションで社交辞令ではなく本当に狭くてボロい自宅まで会社の後輩を連れてきてしまったーー!私の愛するコレクション見られるーー!!男勝りな先輩と思われてるのに可愛いの好きバレるな恥ずかしすぎる!)
一通り先輩の思考を読んでから、うつむき固まる先輩に声を掛けた。
「先輩?」
「あっあの〜」
目も合わせずに何か言い掛けたところ間髪入れずに遮った。
「1時間くらい待ちます?」
今日のキラーワード投入。
もう先輩は腹を決めた顔をした。
「!もぉ分かったよぉ〜・・・何にも見ないで」
「そりゃ無理でしょ。」
「ですよねぇ〜。」
先輩は天を仰ぎながら歩き始めた。
古そうな鍵を回すと先輩は小さくため息をついてからドアを開けた。
「ふぅ〜...どうぞぉ」
小さな玄関にはサンダルカジュアルなサンダルが一つ置いてあるだけであまり物は置いて居ないように見えた。
「お邪魔します。」
先輩はカバンを置き、ヒールを脱ぎながら振り返った。
「人呼ぶ事ないから散らかっ」
ドンっ!
言い終えるまで我慢出来ず、先輩を壁際へ追いやった。
「!!」
「先輩、ほいほい男性連れ込んじゃダメって言ったでしょ?」
「えっ?いや、だって後輩...」
ヂュッ
気が付いたら先輩にキスしてた。
「んっ!ん〜んぅ・・っはっ」
強引にキスをして唇を離すと、さっきまで夜風で引いていた先輩の頬の赤みが、今まで見たことないほど真っ赤になっていた。
「ふふっ先輩真っ赤。」
無理矢理したキスの罪悪感より、やっと意識してもらえた喜びでにやけてしまう。
「ちょっと急に////」
先輩の首元に頭を埋めながら内緒話のように囁いた。
「なんとも思ってない人の事1時間も待つヤツいないでしょ。」
「!!!」
先輩は言葉を失ってしまったようだ。
ふと、さっきの出来事を思い出してそのまま話始めた。
「先輩、あのコンビニのやつよく話すんですか?」
「んぇ?あっ?え〜あー彼?いや、ここ最近?新作スイーツのアレンジが神がかっててね!そのまま食べるよりすごく美味しくて!あれは多分本社のスイーツ部門の人で偵察でアルバイト装ってるんじゃないかなぁ!もしくは今後アルバイトからスイーツ部門の・・・
なんてドラマあったよね!」
先輩はまた早口でしゃべりはじめ、腕の中から抜け出そうとしている。
「いやいや、逃しませんよ?」
ドスン!
腕を掴まれた拍子に滑り落ちてしまい、先輩に馬乗りの状態になってしまった。
先輩はシリアスなムードを回避したいのか、わざとちゃらけた声をだした。
「えーーっ」
そんな事はお構いなしにオレは続けた。
「あいつ完全に俺にマウント取って来てましたよね?
『いつもの』なんて言って先輩が極甘梅酒好きなのとか、新作スイーツ買っちゃう事とか知らないだろってあの顔。」
思い出したらすんげぇ腹立ってきた!
「え〜気のせいだよぉ」
「いーや。あれは絶ーー対っ先輩の事狙ってる。
そんなコンビニに毎週決まって通うなんて。
絶対だめだ...オレだって...あんなヤツの見た事ない先輩のかっこいいところも可愛いところも見てるし...」
もはや目の前の先輩にも目もくれず、愚痴が止まらなくなってしまった。
「分かったわかったから!」
「わかってないですよ。
先輩オレの話なんて全然聞いてくれないし。」
なんだか今度は悲しくなってまた先輩の首元に頭を埋めた。
「こっこら!ここで寝ないでよ!重いぞー。」
『重い』のフレーズの意味を履き違えて、がばっと起き上がった。
「重い?オレ重いですか?」
「へぇ?あっあ」
なんのスイッチが入ったのサッパリ分からないと言った感じで目をぱちぱちさせている。
「確かに、先輩テンパるとめちゃくちゃ早口ですんごいしゃべるの可愛いかって思ってるし、会社ではブラック飲んでるのに外周りの時甘そうなカフェオレ飲んでる所とか、行き詰まったり嫌な事あると密かに忍ばせてるハムちゃんズ愛でてるとことか可愛過ぎてしんどいと思ってるし。」
「なっ!なんでハムちゃんズの!」
恥ずかし過ぎて先輩は顔を覆ってしまった。
「ふふっみんなは知らないと思いますよ。」
こんな近くほろ酔いの先輩がいる。
あぁなんて幸せなんだろう。
髪をかき分けて優しく頭をなでる。
首元に顔を埋めて、
もう愛おしさが抑えきれず言葉がもれた。
「もぉー先輩が可愛すぎるのが悪い、はぁ」
「っん!」
「ん?あれ」
今ちょっと艶っぽい声が
「ん?」
あれ?いつもの先輩?
でも今絶対...
「...ふぅ〜」
「っやぁ///」
これは、やばい。
先輩の聞いた事ない甘い声。
もっと聞きたい、もっとその顔が見たい。
「やっぱり・・・耳弱いんですね」
ちゅっ
今度は耳に直接キスをしてみた。
「!あっ・・んっ!やだ」
先輩が目を潤ませて恨めしそうにこっちを見ている。
「はぁ〜・・・なにその可愛い反応。わざとですか?」
「ちがっ!ほんとダメなのっ」
いつもの口調の先輩に戻ってしまったようだから、もっとイタズラしたくなった。
「じゃあここは?」
首筋にキスする
「んっあ、やっ」
自分でやっといてなんだが、これは可愛い過ぎる...。
「はぁ〜もぉ無理だ。先輩...オレの事嫌い?」
まるで子どものような聞き方をしてしまった。
そんな事はどうでもいいほど先輩が好きだ。
「え?そんな嫌いなんて!」
どうやら嫌われてはいなかったようで安心した。
「じゃあどう思ってます?」
「...可愛い後輩?」
それだけ?
「あとは?」
「あと?え〜っと仕事の出来る後輩?」
うーん。
「あとは?」
「まだ?!え〜っとイケメンイケボ...いやっ!今のなし!!」
「...イケメン...イケボ...、先輩オレの事好き?」
「だから!いっ今のはなし!!」
また顔隠してしまった。
「それは無理でしょ。」
「ですよねぇ。」
やっちまった〜と言った感じで、
先輩は手を下ろした。
「...先輩、オレ先輩の事好きです。」
「はっはい。」
「...付き合ってくれますか?」
「き、急に言われてもまだ頭の整理が!今ちょっとぼーっとしてるし!!もっと冷静になって。」
またテンパって早口になる先輩を遮る。
「ダメ!酔った勢いでもいいから、好きになってよ、先輩。
それにさっき家の前で結構冷静になってやっぱり断ろうかとか考えてたでしょ?」
「エスパー?!」
「わかりますよ、ずっと先輩見てますから。」
潤んだ目で嬉しいような、恥ずかしいような表情がたまらない。
「そんな顔ずるい」
もう本当に泣き出してしまいそうになりながら、愛おしさが抑えきれずキスをした。
オレはそっと唇を離すと、体を離し起き上がった。
「すみません、...帰ります。」
立ちあがろうとしたその時、
下に引っ張られ、よたついた。
衝撃を感じた方を見ると先輩が腕にしがみついていた。
「先輩?」
グッと力を入れて腕にしがみつき、顔も埋めたまま何も言わない。
「ねぇ先輩?」
強い力で腕に抱きつかれ、痛いくらいなのに、そこから愛おしさが伝わるようでまた泣けてきた。
「ねぇ、先輩...こっち向いて?」
ふるふると首を振る。
あぁ今度は先輩がまるで子どものよう。
だから精一杯優しく、怖がらせないように話しかけた。
「先輩、もう帰るなんて言わないから。
...あの、抱きしめてもいいですか?」
すると少し腕にしがみつく力が弱くなった。
そこをすかさず腕を抜き、俯いたままの先輩を抱きしめた。
あぁ自分の腕の中に大好きな先輩がすっぽりと収まっている。
でも、先輩はどんな顔してるんだろ。
あんな勝手で自分よがりのオレを...なんで引き止めたんだろう。
どんな気持ちで抱きしめられてるんだろう。
「はぁ〜。」
幸せと不安で思わず息が漏れた。
「すみません、先輩。オレ先輩が可愛すぎて。
先輩が好き過ぎて。勝手な事ばっかして...本当にすみません。」
すると抱きしめている先輩がオレの服を掴んだで、小さな声で言った。
「...本当だよ。待ってって言ってもやめてくれないし。」
「すみません。」
「君にあんな事されたら、変な声とか出て恥ずかしくて死にそうだった....。」
変な声?あの天使のさえずりの事か?
あんな可愛い声いつまでも聞いてたいんですけど??
って言うかあれだけでこんな恥じらって可愛い過ぎる。
心の声をグッと堪えて振り絞って謝った。
「グッ...すみません。」
「だから...ちゃんと考えたいのに、あんなキスとかするから...気持ち良くて...何にも考えられなくなるし。」
これなんの拷問だよ!今すぐきつく抱きしめてキスしたいっ!!!
全身キスしまくりたいっ!!
悶えていると先輩が顔を上げて見上げていた。
「....聞いてる?」
あーーっ!今その瞳で見つめないでーー!!
「ゴホッゴホッ、き、聞いてます。」
また黙り込んでしまった。
「先輩?...キスしていいですか?」
すると、腕の中の先輩がビクッと小さく動いた。
そして真っ赤な顔して小さく文句を言った。
「さっきは勝手にしたのに、ずるいよ。」
「すみません。でもオレ次キスしたらもう先輩の彼氏面しますよ?
って言うか彼氏にして下さいよ、先輩。」
オレは先輩の首元に顔を埋めて情けなく泣きつた。
「先輩、オレ先輩の事大好きなんです。」
すると、先輩はスッと背中に腕をまわしてきてオレを優しく抱きしめて消え入りそうな声で耳元で言った。
「...いいよ。」
そう精一杯搾り出した小さな声を、オレは聞き逃さなかった。
かばっと先輩を引き離し、恥ずかしそうにそっぽむく先輩を見つめた。
「いいんですか?!」
「.....いいよ////」
「どこ?どこが?キスしてもってとこですか?
それとも付き合ってもってとこですか??」
「〜〜!つ、付き合ってもってとこです...」
さらに真っ赤な耳が正面向くくらいそっぽを向いた先輩は語尾を弱めながら答えた
するとオレはそっぽむいていた 先輩 の顔を掴み、強制的に目を合わせた
「先輩。オレ今日から先輩の彼氏でいいですか?」
恥ずかしそうに視線を外しながら答えた
「...うん....////」
「先輩こっち見て。」
おずおずと先輩がこちらを見る。
「いいの?」
「...はい...」
今度はちゃんと目を見ながら答えた。
それを聞いて泣きそうなオレは先輩にキスをした。
ちゅっちゅ んちゅっちゅ
最初のキスとは違うお互いが求め合いキス。
「やばい。泣きそう...」
また先輩の首元に顔をうずめるオレ頭を、そっと先輩は撫でた。
「先輩?」
「ん?」
「....何その顔、可愛いなぁもぉ」
「!」
先輩は真っ赤になって目を丸くして驚いている。
「そんなとろっとろの顔で見つめられたらまた大好き更新しちゃいますよ。」
「変なこというなっ!だっ大体!私が可愛いはずはないんだっ!昔から女子からかっこいいと言われ、男だったらよかったと言われ続け、身長さえあれば宝島歌劇団男役を目指したいだろう私が可愛いなど!」
オレは 先輩の言葉を遮るように抱きしめた。
「先輩はかっこいいですよ。本当に。
だけど可愛い先輩もオレ知ってます。」
先輩の顔をのぞきこみ、続けた。
「オレの前ではかっこいいで居なくていいんですよ。かっこいい先輩も可愛い先輩もどっちも大好きですから。」
どこかみんなの期待、理想像を壊さないように頑張っていた自分に気付いてくれて、受け止めてもらえた喜びで少し泣きそうになりそっとの胸に顔を埋めて小さく
「....ありがとう。」
と言った。
そして、なにやら先輩がもぞもぞとしている事に気付いたオレは、先輩の顔を再びのぞきこんだ
「ん?どうしました?」
真っ赤な顔した 先輩が口を薄くぱくぱくさせている
「?」
「でも...」
でも?!
オレはその言葉に嫌な予感しかなく、思わず体を離し、しっかりと先輩の顔を見た。
すると先輩は驚いた顔した後くるっと後ろを向いてしまった。
「先輩?でも...なに?」
不安でこちらまで声が小さくなる。
先輩の顔はのぞきこんでも頬までしか見えないが、何やら口が薄く開いて動いている?
「?なに?」
先輩の顔の横で聞き耳を立てて見ると
なにかぶつぶつ言っている。
「........多分......先に好きなったのは...私だからなっ」
バッチリ聞き取ったオレは先輩の目の前まで一瞬で移動して物凄い速さで問いただした。
「本当ですか?!!!え?!いつから??!いつからオレたち両思いですか??!!!」
すると顔を掴まれ、ぐいっと遠ざけられた。
「うっうるさい!何時だと思ってるだ!ボロなんだから近所迷惑だろ!!」
オレはその手を振り解いてまた自分の胸に先輩を抱き寄せた。
「よかった〜、本当に無理矢理言わせたのかと思ってたし、やっぱ無しでとか言われるのかと思った。」
「そんな事言うはずない。好きだって言われて本当にびっくりしたけど、すごく...嬉しかった。」
「え?可愛いっ。何そのデレは。三次元に存在しない尊さですよね?」
もう好きが溢れて止まらないオレは心で思っている事全て口から出てしまっているようだ。
「なんかキャラ崩壊してないか!」
真っ赤な顔していつも通りつっこんでる。
「はぁ可愛いっ。
あっすみません、思いを伝えられた喜びと、先輩と、キスできた感動と、これから先輩がオレの彼女っていう尊さとで混乱してて。」
「ぷっ!なんだそれぇ。」
「え?オレ生きてます?この至近距離で先輩のベストスマイルくらってまだ生きてる?」
「もぉいいよ!飲み直そ!あっ飲み物もデザートとも冷やすの忘れてたぁ。君が急に迫るからだ!ばかぁ。」
「今の『ばかぁ』もっかい!!録音するんで!もう一回!!!」
「もぉうるさい!!」
タガが外れてもう言いたい事言い放題のオレは一喝されてしまった。
そしてコンビニで買った物を冷やす先輩を見て思い出した。
「あっ!先輩!とりあえずここは引越しましょうね!あんなコンビニの近くに住まわせられない!」
すぐ飲む分とグラスを持って戻った先輩は不満気だった。
「えーっ!ここ安くて会社近くて気に入ってるのにぃ。」
「オレのマンションの方が近くて広いですよ!ハムちゃんズコーナーも付けます!」
すると先輩のつまみのチョコを開ける手が止まった。
「...考えとく。」
happy end (全年齢対象版)
ただただ指が動くまま書き綴り、素人なりに読み返し試行錯誤しましたが、読みづらいところもあったかと思います。
それにも関わらず、最後まで読んでいただきありがとうございます。
実はこちらはR15まで修正したものなので後日18禁バージョンも投稿予定。