精霊術士は婚約破棄されても幸せを掴む
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「リサルティア・ファルカーム、お前との婚約を破棄する!」
「ステアノルド様、突然何を仰るのでしょうか!」
ここは建国祭の祝宴会場。婚約者のステアノルド・バードミネア様が迎えに来なかったので一人で会場に来て、ステアノルド様を見つけたので会いに行ったら……何故?!
「ええい、煩い!お前は精霊の声が聞けるからと、適当な事ばかり話して皆を惑わせた!そのような毒女を我が妻に迎えるなど、あってはならぬ事だ!」
「そんな!そもそも私達の婚約は、貴方様のお父上でいらっしゃいます、バードミネア公爵閣下の御意向でございます!」
「父上のお考えを騙るとは、元々平民の癖に、なんと烏滸がましい!」
「公爵閣下が婚約の話に来られた際に、貴方もいらしたではございませんか!それに、私が誰を惑わせたというのでしょうか!」
「もう良い!見苦しい!」
そうステアノルド様が言った途端、数人の男達が私を囲み、私は床に押し付けられた。
「痛い!何をなさるのですか!」
ステアノルド様に文句を言うと、誰かが出て来て、ステアノルド様の隣に立った。
「浅ましい女ですわね。やはりこのような下賤の女は、ステア様のような高貴な方とは住む世界が違うのですわ」
確かこの人は、最近宰相府に顔を出していた、ラクマール侯爵令嬢だったかしら。
「おお、ジーナ。貴女が私の目を覚まさせてくれなければ、この女の甘言に乗る所だった。やはり貴女こそ、我が愛を捧げるに相応しい方だ」
……どうやら私は、ステアノルド様に捨てられたらしい。元々そちらが圧力をかけて勝手に結んだ婚約だったのに、高位貴族様とは何て勝手な人達なの!
仲睦まじく寄り添う二人を余所に、私はそのまま男達に祝宴会場から追い出されてしまった。
会場の外で途方に暮れていた私に、誰かが話し掛けて来た。
「リサ、一体何があったんだい?」
「ああっ、お義父様、お義母様!」
それは、私を養女に迎えてくれた、ファルカーム伯爵夫妻だった。建国祭の祝宴は基本的に各地の領主も参加するから、当然お義父様達も参加していた。私が会場から追い出された所を見たらしく、心配して駆けつけてくれたのだ。お義父様達と私は馬車に乗り、王都の伯爵邸に移動した。馬車の中で、私は先程の状況を説明した。
「私にも何が何だかさっぱり分からないのです。いきなりステアノルド様に婚約破棄を言い渡されまして……」
説明するにつれて、お義父様達の顔は、怒りに満ちて行き、説明が終わるとともに爆発した。
「何と勝手な言い草なのだ!そもそも婚約はあちらがごり押しで結んだものだ!それを訳の分からない理由で破棄するなど!リサ……さぞかし悔しかっただろう……」
「リサは、ただ精霊の言葉を伝えていただけですのに!それを信じられぬと言うならば、精霊を信じられぬと言っているのと同じですわ!リサ、貴女は正しいことをしていたのですから、決して卑屈になってはいけませんよ」
お義父様達は、私を本当の娘の様に可愛がってくれている。元々は私が精霊視を持つ事から、後見人として養親になってくれた方達だけれど……今では亡くなった両親と同様、大事な家族だと思っている。
伯爵邸に到着した。私は政府職員宿舎に住んでいるのだけれど、お義父様からは、当分の間は公爵家との様々な協議が必要だし、職場をはじめ、周囲の人達からあることないこと噂されるため、暫くは体調不良ということにして、伯爵邸から出ない様指示された。お義父様達は、早速公爵家へ抗議の文書を送るとともに、情報収集を始めたようだ。
どうして、こんなことになってしまったんだろう。私は、これまでの出来事を考えていた……。
私は、ファルカーム領のとある農村で生まれた。お父さんは、畑が不作の年に、隣領の鉱山に出稼ぎに行ったところ、事故に遭って死んでしまった。それからお母さんは私を女手一つで育ててくれた。かなり無理をしていたようで、大変な筈だったが、私にはいつも微笑んでくれた、優しいお母さんだった。
私には、普通の子と違うところがあった。私は、精霊を見る事が出来たのだ。精霊は、食べられる野草や木の実などを教えてくれたり、魔物がいた時にも教えてくれたりした。お父さんが死んだ時や、村の男の子達にいじめられた時も、精霊は私を慰め、元気づけてくれた。お母さんだけでなく、精霊達がいたから、私は今まで生きて来られたのだと、感謝している。
ある時、精霊から警告があった。近くの森に疫病の元が発生したということだった。私はお母さんに相談した。お母さんは私が精霊と話が出来ることを知っていたので、話を信じてくれて、すぐに村長の所に知らせに行った。村長は、最初は信じなかったけれど、お母さんが必死に頼むので、私達と一緒に森を見に行ってくれた。そして、疫病の元について領主様に報告されて、早目の対応が出来て、村の被害はあまり出なかった。
だけどその時、元々体が弱っていたお母さんが疫病にかかってしまい、看病の甲斐なく死んでしまった。私が疫病の元を教えなければ、お母さんは一緒に見に行くこともなく、死ななかったのかな……。そんなことを考えていた私の所に、村長と、身なりの立派な夫婦がやって来た。
何と、その夫婦は、領主様とその夫人だった。この国では、精霊が見える人はとても珍しく、有力な貴族家に後見人になって貰って、政府で働くことになるそうだ。特に、私の場合は既に両親がいないため、養女にしてくれるらしい。聞く限りでは良さそうな話だったけれど、どう判断して良いか判らなかったので、たまたまそこにいた精霊に聞いてみた所
『特に悪い感じはしないよ』
と言われた。精霊は、悪意を感じることが出来るし、嘘をつくこともない。正直、今後の暮らしやら何やら、途方に暮れていた私は、望んでくれるなら、と思って、話を受けることにした。
私の生活は一変した。最初に疑ってしまったのが申し訳ないと思うくらい、お義父様とお義母様は良くしてくれた。血色が悪く、やせっぽちだった私に、とても美味しい食事を食べさせてくれたり、綺麗な服を着せてくれたりした。また、無学な私に家庭教師を付けてくれて、教養や礼儀作法を学ばせてくれた。何より、環境のあまりの変化に怯える私に
「私達はお前のことを、本当の娘の様に思っているのだよ」
と、優しく語り掛け、私の話す事、楽しかったことや悲しかったこと、他愛のない話などもしっかり聞いてくれて、いつも微笑んでくれた。
ある時お義父様に、何故私にここまでしてくれるのか、尋ねてみた。お義父様は
「実は私達には、生まれてすぐに死んでしまった娘がいてね。だから、新たに娘を持つ事が出来て、とても嬉しく思っているのだよ」
そう答えてくれた。もしかするとその子の代わりなのか、と一時期考えたりもしたが、そんなことはどうでも良くなっていった。
一方、義兄達との関係は、微妙だった。デルスラート義兄様は、私より8才上で、既に成人しており、お義父様の仕事を手伝いながら、次期領主として勉強している所で、基本的には表面的な付き合いしかしていなかったが、まだましな方だ。
問題なのは、セドライール義兄様だ。私の3才上で、最初は私を睨むばかりで、挨拶しても何も言わずに去ってしまった。暫くすると、話はしてくれたものの、私に悪態を吐くようになった。背が低いだの馬鹿だの粗忽者だの色々言われたので、私もつい言い返して、口喧嘩になることが度々あった。
あと、セドライール義兄様には「お前を妹だと思いたくないから、俺を兄と呼ぶな」と、面と向かって言われてしまった。それ以来、二人で話す時は「セドライール様」と呼んでいる。正直、そんなに私の事が気に食わないなら絡んで来るな、と思ったが、何故かセドライール様は、頻繁に絡んで来た。
私を色々連れ回したり、たまに何かをくれたりした。もしかすると、私を子分か何かかと思ったのかもしれない。暫くして、セドライール様が王都の騎士学校に入学した時は、せいせいしたと思う反面、寂しくなったな、と思ったりもした。
8才でお義父様に引き取られ、12才まで領地に住んでいたが、13才になってからは、王都に住むことになった。精霊術士として働くためだ。精霊視を持つこと自体は、10才の洗礼の際に鑑定を受け、証明されていたので問題なかったけれど、元平民をいきなり精霊術士として勤務させる体制が整っていない、ということで、更に3年間勉強期間が与えられたらしい。
私は領地で有難く勉強させて貰い、13才になって王都にやって来たのだ。政府の中で、私は宰相府に配置され、職員が業務上精霊への確認を希望する内容を、精霊に確認するのが私の業務となった。私は地属性なので、地精霊が判る内容の確認を行うのだが、主要な耕作地の状況や、橋梁、堤防などの状態、鉱山の状況などが確認内容となり、国内の様々な所に連れて行かれ、現地にいる精霊に話を聞いて、問題があればそれぞれの担当者に伝えていた。
精霊術士は、私の他には年配の水の精霊術士1人しかいなかったため、ろくに休みが取れないほど忙しかったが、色々回ることが出来て結構楽しかった。
ステアノルド様とは、職場である宰相府で出会った。宰相補佐官の一人であるステアノルド様は、基本的には仕事を押し付けて帰って行くだけだったが、爽やかな笑顔で事務室に入って来られると、非常に美しい方だったので、それだけで絵になるというか何というか。まあ、悪い気はしていなかったのだが、ある時、お義父様が王都にやって来て
「リサ、バードミネア公爵家から、婚約の打診があったよ」
と、困ったような顔をして言った。
どうやら、私が珍しい精霊術士だということで、取り込みたいという話らしい。お義父様は、断ろうとしてくれたようだが、公爵家からの打診なので、断るのは難しいようだ。
「公爵家から話が出た以上は断りようがないが……出来る限り良い条件で婚姻できるように協議するよ」
「バードミネア家と仰いますと……ステアノルド様でしょうか?」
「そう聞いているが……宰相補佐官としては会っているのだったね。彼をどう思う?」
「正直……夫として考えると、話は合わなさそうな気がしますが……仕方ありませんわ」
「そう言って貰えると助かる。本当は、もっと伸び伸びと暮らして欲しかったのだが……」
「お義父様、色々と考えて下さり、有難うございます」
こうして、ステアノルド様は私の婚約者になったわけだけれど……職場でも一応気遣ってくれたり、たまに贈り物を届けてくれたりするようにもなったが、あまり親しくなったという感じはしなかった。愛称で呼び合ってもいないし。一応、私の成人の宴などにも付き添ってくれたのだけれど。
しかし、半年ほど前からだろうか、ステアノルド様の私への対応が悪くなり始めた。職場で会っても対応がおざなりになり、ステアノルド様の誕生日に贈り物を送っても返事が来なかったりした。正直な所、私も給金を貰ったことを忘れるくらい忙しかったし、問い詰めてまで真意を聞こうとはしなかったけれど……まさか、ラクマール侯爵令嬢と恋仲になっていようとは……。
まあ、確かに身分上はあちらの方がしっくり来るのだろうし、こちらは否応なく婚約させられたわけだからいいんだけど……何であのように大々的に破棄を宣言するのよ。……多分だけど、バードミネア公爵閣下を納得させられないから、業務で外国に行っている間に、強行しちゃったんだろうな……。
そう考えると、親の命令で好きでもない私と婚約しなければならなかったステアノルド様には多少同情もするけれど……婚約破棄されたこちらは、たまったものではないわ。これからどうしよう……。
と、色々物思いに耽りながら日々を過ごしているうちに、ある程度情報が収集でき、また、婚約破棄に関する話し合いが進んだ。どうやら、ステアノルド様の母親であるバードミネア公爵夫人のシュリーフィア様も、内心では私を良く思っていなかったようで、ステアノルド様の望みを後押しするべく、公爵閣下が外遊で不在の間に話を進めているようだ。
まあ、こちらに瑕疵はなく、全てあちらの都合なので、結構条件を付けることが出来るそうだけれど……こうなった以上、私が王都で生活するのは、いくら希少な精霊術士であっても、体裁が悪すぎて難しいだろうという話だ。それに、公爵家から婚約破棄された私と付き合うと、下手をすると公爵家を敵に回すことになるため、精霊術士としての業務にも悪影響を及ぼすだろうと判断されたようだ。
有り体に言えば、王都追放らしい。私としても、ファルカーム領に戻って生活するのは、むしろ望む所なのだけれど……婚約破棄されたことで、今後は婚姻の条件がかなり悪くなるらしい。個人的には、元々村娘だったわけだから、話が合う方であれば、身分は気にならないんだけど、お義父様とお義母様が気に病んでいるのが申し訳ないのよね……どこかに良い人いないかなぁ。
<時は前後し、ポールテミナ公爵視点>
「公爵閣下、フティール銅山の開発に支障が出ております」
「何?あそこは、質が良く、埋蔵量も多いという、試掘結果が出ていたではないか。何が問題なのだ?」
「実は……銅山の認可の際に、精霊術士が地の精霊に話を聞いたところ、広範囲で土壌が汚染されるかもしれないと言われたようでして……その対策が出来るまでは、現状では難しいと思われます」
「小娘の戯言などに付き合っていられるか!あそこが開発できれば、我が領は潤う。開発を再開させろ」
「しかし……精霊の言葉に反するのは……問題となりましょう」
「そんなもの、地の精霊術士がいなくなれば何とでもなるではないか。……確か、あの小娘は、バードミネア公爵家の三男と婚約しておったな」
「……そう伺っております」
「では、三男を誑かして破談させた上、噂でも流しておけば、田舎に引き籠って一生出て来れんことになるだろうて。そうだな、ラクマール侯爵にやらせてみるか」
「なるほど。流石は公爵閣下でございます」
「この私の邪魔をしてくれたのだ。命があるだけ、有難いと思うことだな」
<再び、リサルティア視点>
各種協議や政府の退職手続きがようやく終了し、王都を発つ日となった。当然見送りもなく、お義父様、お義母様と一緒に馬車に乗って、移動しようとしたところ
「待ってくれ!俺も一緒に帰るぜ」
と、セドライール様が馬に乗ってやって来た。セドライール様は王都で国軍の騎士団に入っていた筈では?
「セディ、領に帰るとは?騎士団の仕事はどうした」
「父上、俺は騎士団を辞めて来た。領で一人の騎士としてやり直させて欲しい」
「それは構わんが……何故辞めたのだ?あんなに頑張っていたではないか」
「上司と喧嘩した。どうしても許せないことがあったんだ」
「……まあ良い。では、一緒に帰ろう」
予定外の同行者が増えたけれど、ファルカーム領に向けて出発した。5日で家に着く予定だ。
道中、特に問題なく移動した。お義父様とお義母様の元気が無かったので、馬車の中で、精霊術士として勤務した時の面白そうな出来事を中心に話してみたところ、笑ってくれた。私の事で色々心配をかけて申し訳ないと思うけれど、やっぱり笑っていて欲しいからね。
あと、休憩中に、セドライール様が声を掛けて来た。お互い王都に住んでいたけれど、忙しかったこともあり、会って話すのは久しぶりだ。セドライール様は、騎士学校入学の頃に比べて、かなり背が高くなり、体つきも少年から大人の男性のものに変わっていて、おまけに声も変わっていたので、かなり印象が変わっていた。
「リサルティア、今回は大変だったみたいだな」
「家名に泥を塗るようなことになってしまい、誠に申し訳ございません」
「いや、話を聞く限り、悪いのはどう考えてもあっちだろ!お前が気に病むことはねえよ」
「だけど……お義父様とお義母様にもご迷惑を掛けてしまいました」
「そう思うなら、これから領で親孝行してやれよ。それに、お前の力は、領でも役に立つからな。うちの領を発展させて、見返してやれよ」
「ふふっ、そうですね。有難うございます」
「……べ、別に礼を言われる程じゃねえよ……(お前の悲しむ顔を見たくないんだよ)」
「?、何か仰いましたか?」
「い、いや、何でもねえ!……さて!体がなまらないように、素振りでもするか!」
……セドライール様は、剣の稽古をするために行ってしまった。ただ、私を元気づけてくれたのであろうことは、理解できた。何か心境の変化でもあったのかしら?
ファルカーム領の伯爵邸に到着して、暫くは休養していたけれど、気持ちを切り替えて領政の手助けをすることにした。セントチェスト国は全般的に山が多いけれど、ファルカーム領は平地が多く、農業が主要産業だ。地の精霊術士である私は、領内各所の農地へ赴き、状態を確認することになった。土地や作物の状況を確認し、問題があれば助言するのが主な内容なのだけれど、気の良い精霊達は、私と話した後に力を貸してくれることも多いので、私が顔を出した農地は、状態が良くなるそうだ。
そうして、帰領して最初の秋がやって来た。今年は例年よりも豊作で、他領からも商隊が沢山やって来ているそうで、かなり活気が出ているらしい。行政官から詳細を確認したお義父様は、夕食の時も上機嫌だった。
「リサのおかげで、今年は豊作だ。しかも質も例年より良いから、大助かりだよ」
「お義父様、それはお義父様をはじめ、領民が頑張ったからですわ。私は少し手助けをしただけですもの。それに、精霊にも感謝を頂けると、彼らも喜ぶでしょう」
「そうだな、精霊にも感謝を。……ところで、セディは何か言って来なかったか?」
「?、いいえ……ここ暫く、見かけて挨拶をしようとすると、何故かどこかへ去ってしまうのです。お義父様、理由をご存知なのでしょうか?」
「全くあいつは……ああ、リサ、理由はあいつから聞いてくれ」
「そうですよ貴方……騎士たる者、自身の力で成し遂げることがあると思いますわ」
ここ最近、夕食にも顔を出さないセドライール様を不審に思いながら、夕食を終えた。
収穫も終え、私は暫く精霊術士としての仕事は休みになったため、基本的に自由時間だ。これまで忙しかったので、その分のんびりさせて貰っている。
一方、セドライール様は、領の騎士隊に入って一騎士として勤務していて、今日も収穫祭前の見回りか、訓練場で訓練をしているはずだ。騎士としては優秀らしく、かつ領主令息でもあるので、いずれは爵位を貰って隊長になるかもしれない。でも、国軍の騎士団にいれば、もっと上の立場になれたんだろうな……上司と喧嘩して辞めたらしいけど……勿体ない気もする。
セドライール様の事を考えていると、何だか顔が見たくなって、いるかどうかも判らないのに、訓練場に行ってみた。いた!騎士達に交ざって、剣の稽古をしている。何人かと対戦しているようだった。
剣術については全く解らないけれど、セドライール様は、やんちゃな子供だった昔と違って、一人の男の人だった。剣を振るうセドライール様から目を離せない。不意に、セドライール様と目が合った。突然なので驚いてしまった。
セドライール様は、暫くの間は私がいることで気が散ったのか、対戦相手の人に怒られていたけれど、そのうち互角に戦いだした。やっぱり格好いいなあ。
休憩時間になって暫くして、何故か慌ててセドライール様が私の所にやって来た。一体何事?
「セドライール様……訓練お疲れ様です。ところで……如何なされましたか?」
「……いや、あの、何というか……」
何故か緊張しているようで、赤くなっているけれど……私に何か言いたいことがあるようだ。
「何だか判りませんが、落ち着いて下さい。きちんと話を伺いますから」
暫く待っていると……
「……、リサルティア、収穫祭の宴で、俺と、踊ってくれないか!」
「…………、ええっ!私が、セドライール様と、ですか?」
「あ、ああ……嫌か?」
「いいえ、嫌とかではなく、そういう、意味、なのでしょうか?」
「ああ、そうだよ!俺はお前のことが、ずっと、す、好きだったんだ!」
あまりに衝撃的な言葉だったので、考えが追い付かない。
「な、何で、今……?」
「このままだと、また誰かにお前を取られてしまうから!今だって、何人かがお前を誘おうと話していたから、居ても立っても居られなくて、来てしまったんだ!」
「セドライール様は、……私を子分か何かだと思っていたのでは?」
「いや、そんなことは全く考えていない!」
「だって……兄と呼ばれるのは嫌だって言ってたし……色んな所に連れて行かれたし……」
「えっ?いや、それは……だな……。昔から……ずっと……女の子として……意識し……ぐわーっ!こんな恥ずかしい事言えるか!」
「そ、そう……だったん……ですか……」
……暫く2人して何も言えずに立っていたのに気付いたので
「……少し……考えさせて……頂けますか……?」
「そ、そうか……考えてくれると……助かる」
そう言って、私達はその場を離れ、私は家に帰った。
明後日行われる収穫祭の宴は、年頃の男女にとって特別な意味を持つ。そこで一緒に踊る独身の男女は、将来を誓い合った者同士と周囲に認識されるのだ。恋人同士はもとより、親や親類の勧めで婚姻する者も含め、うちの領では、収穫祭の宴を経て婚姻するのが風物詩となっている。
でも、まさか、セドライール様が昔から私を好きだったなんて……。一応兄と妹だけど、義理だから、国の法律上は全く問題ないし、家格などを考慮する必要もないわけだけれど……どうしよう……。
暫く考えても、どうして良いか解らなかった。流石に精霊に恋愛相談は出来ないからなぁ……とりあえず、昨日の様子から、恐らく事情を知っていたであろうお義母様の所に、夕食後に相談に行った。お義母様は、快く相談に乗ってくれた。
「ふふ、あの子も漸く気持ちを打ち明けたようね」
「お義母様、私はどうしたら良いのでしょうか?」
「貴女の好きなようになさい。あの子には、その様に言ってあるもの」
「そ、それでいいのですか?セドライール義兄様は、真剣に気持ちを打ち明けてくれたのでは?」
「確かに私達は、息子の幸せを願ってはいるけれど、それが義娘の幸せを奪うものであってはならない、とも思っているわ。男女の仲など、好きなら好き、嫌いなら嫌いで良いのですよ」
「……そう仰って頂けて、少し気が楽になりました。婚約破棄されて出戻って来たのに、また何か問題を起こすのは、申し訳ありませんから」
「あんな見る目のない公爵家の者など、気にすることはありませんよ。それに、あの子は不器用みたいだから判りづらいけれど、一途な所があるみたいよ?」
「そうですね。子供の頃は、結構言い争いをしていたので、そういった気持ちは全く考えていませんでした……」
「私が見ていた限り、あの子の方は、照れ隠しだったわね。それに、貴女を連れ回している時のあの子、本当に楽しそうだったわよ。貴女の騎士を気取っていたのかもしれないわね」
「確かにそう言われると、そんな気もしますね……何だか微笑ましい感じです」
「あと、もし貴女が断ったとしても、婚姻相手は私達が責任を持って紹介してあげるわ」
「……その際は、お手柔らかにお願いします」
お義母様に相談して、幾分気を楽にして、考えることが出来るようになった……のだけれど、なかなか眠れない。そうか……私は、セドライール様から愛の告白を頂いたのか……。確かに色々言い争いはしたけれど、遊んでいた時には何だかんだと守って貰っていたのよね……。牧場に入って牧羊犬に襲われそうになった時も、かばってくれたものね。私は泣いてしまったっけ。
あの頃からお互い変わってしまったけれど、セドライール様は、これからも変わらず私を守ってくれるのかな?そうだと嬉しいな……。
私は、いつの間にか眠っていた。
次の日になっても、やっぱり色々考えていたけれど、気分転換に、護衛を伴って領行政舎を訪れていた。休みに職場しか行く所が無いのは問題があるような気もするけど、慣れた場所の方が落ち着くんだよね……。
敷地内の庭でまったりしていると、デルスラート義兄様がやって来た。義兄様は、隣領の領主令嬢と婚姻し、伯爵邸の別邸に、夫人と娘さんと一緒に住んでいて、現在は次期領主として、お義父様の仕事を補佐している。
「おや、我が義妹にして精霊術士殿。どうしたのかな」
「暫く休暇を頂いたのは良いのですが、何となくこちらに来てしまって……」
「折角の休みなのだから、ゆっくり休めば良いのに。……そう言えば、セディからのお誘いはあったかい?」
「え?デルスラート義兄様もご存知だったんですか?」
「まあね。小さい頃から、私が君と話そうとすると、セディは君を取られると思ったようで、機嫌を悪くしていたんだ。それで、申し訳ないとは思っていたのだけれど、君とはあまり親しくすることが出来なかったんだよ。今更だけどね」
「そうだったのですか。申し訳ありません、デルスラート義兄様の事を誤解していました」
「いや、セディが子供だったのさ。まあ、あいつも今では成長して、今度こそ君を守れるようにと頑張っているようだよ?」
「そ、そうなんですね……」
気恥ずかしかったので、何となく不思議に思っていたことを聞いてみた。
「そうだ、デルスラート義兄様は、セドライール義兄様が王都の騎士団を辞めた理由をご存知でしょうか?私が知っている限り、真面目にやっていましたし、余程の事が無いと、辞めないと思うのですが……」
「……ああ、それは……本人から聞いた方がいいかもね」
何か知っているようだったけれど、確かに本人から聞くのが筋だし、そこで話は終わり、私は家に帰った。
<時は前後し、ステアノルド視点>
「お前は、儂がいない間に何ということを仕出かしたのだ!」
「確かに、父上が不在の間に行ったのは申し訳ないと思いますが……」
「馬鹿者!あの娘は、今後の我が領の発展の為に、陛下に直談判してまで取り込もうとしていたのだ!それを、お前とシュリーフィアは……儂の努力を……」
「そんな……しかし、あのような元平民を当家の一員に加えるのは問題です!」
「……これを見てみろ」
「これは……王都周辺の農作物のここ暫くの収穫高の推移ですが……3年前から3~5割向上していますね……これが何か?」
「その時期に、何があった?」
「……ま、まさか!」
「あの娘が王都周辺の耕作地を巡回していたから、収穫量が格段に向上したのだ。他にもあの娘が見て回った耕作地も、同様の結果が出ている。これを知っていて、あの娘を手放すのは、愚か者以外の何者でもない。王家も直轄地の巡回を条件に、当家との婚姻を認めたくらいだからな。お前は宰相補佐官でありながら、こんなことすら知らなかったのか?」
「わ、私の所には、このような資料は回って来ておりません」
「必要な資料は自分で取り寄せねば、誰も持って来ん。我が領は、近年鉄鉱山の採掘量が減少しておる。故に耕作地の整備に力を入れていることは知っていよう。あの娘がおれば、我が領の発展は間違いない所だったのだ!それを台無しにしおって!」
「私には、既に将来を誓い合った女性が……」
「エルドジーナ・ラクマール侯爵令嬢とやらの話か?儂の聞いた所では、ポールテミナの手の者の様だが?まんまと乗せられおって。お前は教育を間違えた様だな。暫くは宰相府にも出勤するな。謹慎しておれ!」
「そ、そんな!父上!」
「この愚か者を、儂の視界に入れるな!連れて行け」
「はっ」
私は使用人達に押さえつけられ、自室に閉じ込められた!何故なんだ!
暫くの間、固く閉じられた扉を叩きながら父上や母上、使用人達を呼んでいたが、誰も反応しない。叫び疲れた私は、今後の事を考え始めたが……そういえば、父上は何を言っていた?ジーナがポールテミナの手の者だと?そんな馬鹿な!あれほど愛の言葉を囁き合ったのに?!
私はジーナへの手紙を書いた。そして、食事を持って来た使用人に、金貨を渡して届けさせた。しかし……暫くしてやって来た返信には「愛想が尽きた」と別れの言葉が書いてあった。何だそれは!お前のせいでこのような目に遭っているのだぞ!ふざけるな!
それから暫くは物や食事を届けに来た使用人に当たり散らす日々だったが、父上からの呼び出しがあった。漸く謹慎が解けたのだ!喜び勇んで父上の執務室に行くと、何故か数人の騎士もいた。
「父上、私の謹慎を解いて頂き有難うございます。ところで、こちらの騎士達は一体……?」
「ステアノルド様、初めまして。私は騎士団治安隊のエイクダール・シャーリックと申します」
「はて、治安隊の方が、こちらに何の用でしょうか?」
治安隊は、主として王都の治安を維持するのが任務で、犯罪捜査なども行っている。私は嫌な予感がしたが、それを隠して尋ねた。
「実は、ステアノルド様に幾つかお尋ねしたい事があり、参ったのです」
と言って、貴族用の捜査令状を見せながら言った。陛下の玉璽もあるから、本物だ。
「……貴方の周辺で、妙な金品の流れがございましてな。昨年まで宰相府に勤務していたリサルティア・ファルカーム嬢の給金や褒賞金などの多くを、貴方が受領したことになっていたのですが、それは、ファルカーム嬢本人には渡ったのでしょうか?」
「さあ?あのような女の事など、覚えておりませぬ」
「しかしながら、婚約者だった貴方が代理で受領した、という記名がございますが」
「ああ、思い出した!その金をあの女への贈り物の代金にしたのだった」
「……それは……横領に該当する可能性がございますが……」
「何故だ?最終的にあの女に渡っているではないか」
「そういうものは通常、自分の金で購入するものですが」
「あの女の為に、自分の懐を痛めるなど、許せるものか!一応婚約してやっていたのだ、その位は当然ではないか」
「では……ファルカーム嬢が退職する半年ほど前からの、女性用の服や装飾品もでしょうか?こちらは、ファルカーム嬢ではない、別の女性の所へ届いているようですが」
「……そのようなもの、買った記憶が無いが?」
「こちらに、購入した店の領収書がございます。何故か貴方の机の引き出しから出て参りました」
まずい!領収書の処分をし忘れたか!くそっ!
「おっと!まだ伺いたい事は終わっておりませんよ」
思わず逃げ出そうとした私は、近くの騎士達に拘束された。放せ!
「どうやら、別の場所でお伺いしなければならないようですな。公爵閣下、宜しいでしょうか?」
「……好きにせよ」
「お待ち下さい!父上!」
「……よりにもよって、陛下があの娘に下賜された報奨金にまで手を付けおって!陛下が激怒され、儂は外務大臣を辞することになったわ!お前など、最早、当家の者ではない!この罪人が!」
「そんな!父上!父上~~!」
私はその後、貴族籍を剥奪された後、牢に入れられて取り調べを受け、裁判を受けた結果、新しく開発された銅山の労役刑に処せられ……こんな生活は嫌だーーーっ!
<再び、リサルティア視点>
昼過ぎに庭を散歩しながら、セドライール様とのことを考えていると、精霊がやって来た。
『大変だよ、魔物が東の森にいるよ!』
「何ですって!精霊さん、教えてくれて有難う!」
魔物は、大型の野生生物が魔素溜まりの影響を受け、力などが強くなる上に凶暴化して、人に襲い掛かって来るという、非常に危険な存在だ。個体にもよるけど、通常は騎士隊や冒険者達でないと対処が難しい筈だ。私はすぐに、近くの騎士隊の詰所に向かった。私が事情を話すと
「何と!東の森は、街道が隣接しています。明日は収穫祭で人通りも多い。直ちに呼集をかけ、対処します!」
詰所にいた分隊長さんは、呼集をかけるために出て行った。すぐに対処しないと誰かが犠牲になる可能性が高いからだ。捜索の時間も惜しいので、魔物の概略の位置に誘導出来る私が同行することになった。今は軽装なので森にも入れるから、丁度良かった。しかし、残念ながら私は馬に乗れない。徒歩で行こうとしたところ
「俺が乗せて行けば問題ない!被害が出る前に行くぞ!」
と、セドライール様が丁度やって来たので、私は有難くセドライール様の馬に乗せて貰い、騎士達を先導して、魔物のいる場所に向かった。
……のは、いいのだけれど、セドライール様に抱きかかえられて、つい意識してしまう。いけないいけない、真面目にやらないと!
暫く精霊に案内して貰い、東の森に到着した。
『もう少しあちらに入った所だよ。魔狼が数体いたから、気を付けてね』
精霊の言葉を皆に伝え、馬が入れなくなった所で降りて馬を木に繋ぎ、更に森の中に入った。
「確かに、嫌な気配が漂っている……いた!皆、陣形取れ!抜剣!」
分隊長さんが魔狼を発見し、陣形を取った。私は当然戦えないので、後ろに下がる。魔狼が2体、騎士達に襲い掛かった。魔狼の動きは早かったが、騎士達は、楯などで魔狼の攻撃を防ぎながら、連携して攻撃していく。暫くすると、魔狼の動きが鈍って来た。何とかなりそうだ、と思ったその時
『もう一体、魔狼が来るよ、逃げて!』
と、精霊が警告した。横を見ると、魔狼が私に向かって走って来た!
「嫌ーーーっ!!」
私は魔狼から逃げ出した。しかし、私の足では逃げ切れる筈もなく、魔狼が襲い掛かって来たので、地面にうずくまった……あれ?
何か音がしたけど痛くなかったので、魔狼の方を見ると、セドライール様が!
「この犬っころが!リサ、大丈夫か!」
身を挺して私を守ってくれていた!
「は、はい、大丈夫です!」
「下がってろ!」
その言葉に、私は立ち上がってその場を離れ、近くにあった木の後ろに隠れた。セドライール様は、魔狼と戦っていたが、1人では苦戦していて、私は心配で息が止まりそうだった。だけど、他にいた魔狼を倒した騎士達もやって来て、何とか倒すことが出来た。魔狼が動かなくなったのを見て、私はセドライール様の所に走った。
「セドライール様、有難うございます!」
「これが騎士の仕事だからな……痛っ!」
「大変、腕に怪我を……もしや、私をかばった時に?」
「なに、これくらい、帰って神官に頼めばすぐに治るさ」
「でも、私のせいで……そうだ、包帯がこの中に……」
精霊術士の仕事柄、野外を歩くことが多いので、簡単な治療具は持ち歩くことにしているのだ。仕事気分が抜けなかったのが幸いしたのかな。ということで、他の騎士達が、魔物が残っていないか捜索している間、傷の応急手当てをした。役に立って良かった!
「痛みが大分楽になった。リサルティア、有難う」
「いいえ、こちらこそ、命を救われたのですから。昔から、セドライール様は私を守って下さる。あの時もそうでしたね」
「そう言えば、牧羊犬に襲われた事もあったな。俺もあの時より成長したからな。魔狼からだって、お前を守ることが出来た。だけど、お前だって、魔物のいる場所を俺達に教えてくれたじゃないか。そのおかげで、領民から被害を出す前に対処できた」
「ふふっ、そうですね。私達が力を合わせたか……らっ!」
そこまで言ったところで、今の状態が治療の為に寄り添っていたということに気付き、セドライール様を意識してしまった。顔が赤くなっていくのを感じる。心臓もうるさい。でも、恥ずかしいのに変わりはないのだけれど、セドライール様から離れる気にはならなかった。むしろ、心地よい……。
「おーい、魔物はもういないようだから、帰るぞーっ」
どうやら周辺の捜索と、魔狼の死体の処理を終えた騎士隊は帰るようで、分隊長さんが遠くから声を掛けた。私達はその言葉を聞いて慌てて離れたけれど、別に慌てる必要は無いのよね……。暫くして馬の所まで戻り、帰途に就いた。帰りも当然セドライール様の馬に乗せて貰ったが、意識はしているものの、やはり、心地よいのは同じだった。
ところが、帰りの途中で、治療の為聖堂に立ち寄った時、その感情は一変した。セドライール様は普通に、治癒の恩寵を持つ神官に、治療を受けているだけなのに……ただ、神官が若い女性だったというだけで、この焦りを伴った苛立ちは何なのだろうか。セドライール様は格好良いし将来性もある。当然、女性に好意を寄せられることも……ああっ!近すぎる!だめ!離れて!
……これは治療だこれは治療だ……。
漸く治療が終わり、家に帰る途中で、私は気付いた。答えは、既に出ていたのだ、と。自覚してしまった以上、今言わないと絶対後悔する!
家に着いて、自分の部屋に戻ろうとしたセドライール様を、私は呼び止めた。
「セドライール様!……、明日の収穫祭の宴、私も貴方と一緒に踊りたいです!」
私の呼び掛けに応えて振り返ったセドライール様は……私の返事を聞いて……いきなり抱き着いて来た!
「有難う!嬉しいぜ!一生大事にするからな!」
「は、は、恥ずかしいから、放して」
「いいや、もう離さねえ!好きだ!リサ!」
愛の言葉で、腰砕けになってしまう。でも、嬉しいっ……!
暫く二人で抱き合っていたが、ふと気付くと、お義父様やお義母様、使用人達が私達を見ていた。そう言えば、ここは玄関口でした!
「あー、二人の仲は承知した。だが、節度は持つように」
お義父様の言葉で、私達は顔を赤くして離れ、それぞれの部屋に戻った。
その後、夕食時にも何だか恥ずかしくて、セドライール様の顔をまともに見られなかった。そんな中、お義母様が、私に言った。
「リサ、後で私の部屋にいらっしゃい?」
「……はい、お義母様」
一体何の用だろうと思いながら、夕食後、お義母様を訪ねた。
「お義母様、参りました」
「リサ、明日、セディと踊るのでしょう?衣装は準備しているのかしら?」
収穫祭の宴で踊る女性は、複数の綿織物を織り交ぜた、色鮮やかな盛装のような衣装を着るのが習わしでした!忙しさにかまけて忘れてた!
「そうでした!何も準備しておりません!お義母様、どうしましょう!」
「ふふっ、そうだと思って、準備しておいたのよ?いらっしゃい」
「……まあ、素敵な衣装!これを私に?」
「ええ、明日の宴にこれを着なさい。セディも惚れ直すわよ」
次の日、朝食後から、使用人達に寄ってたかって手入れされ、お義母様から頂いた衣装を着ると……自分でも別人の様に見える。この鏡、歪んでいたりしないわよね?
期待と不安が入り混じりながら、セドライール様の待つ玄関口まで移動した。セドライール様の目の前で礼をして
「セドライール様、今後も共に、宜しくお願いします」
と、決まりごとの言葉を告げたのだが……反応が無い。何かおかしかったかしら?
「……綺麗だ……」
「え?」
「綺麗だ……いつも可愛いんだが、今日はいつもに増して綺麗だ……」
「……お、お褒め頂き、有難うございます、セドライール様」
「あ、あと、俺の事は……セディと……呼んでくれ、リサ」
「…………セディ……」
「有難う、リサ。貴女と共に、どこまでも行こう」
決まりごとの応答を告げたセディに連れられて、馬車で会場まで移動したのだけれど、セディの手は、ごつごつしていたのに、温かくて、安心できた。
宴の会場には、多くの人がいた。領行政舎の職員や騎士隊の人達もちらほらと見かける。そして、私達以外にも、多くの男女組がいた。皆幸せそう……周りを見ながら思っていると
「俺達も、周りに幸せな所を、見せつけてやろうぜ」
とセディが言って、踊り出した!もう、強引なんだから!
でも、二人で踊っていると、時が過ぎるのを忘れてしまいそう。私を見つめながら微笑んでくれるセディを見ながら、私は思った。
<ファルカーム伯爵視点>
あれから、セディとリサは婚約し、当家をはじめとした領の多くの者に祝われる中、先日婚姻の儀を執り行った。二人とも、とても幸せそうだった。
思えば、母親を亡くし、寂しく暮らしていたリサを見て、本当はいた筈だった娘を思い出し、妻と相談して養女にしたのだが、素直で優しい、良い子に育ってくれた。最初こそ痩せすぎだったものの、生活環境の改善によって、美しく成長した。精霊術士は器量良しが多いというのは本当らしい。当然、縁談の話もかなりあったのだが、基本的には婚姻後も王都に勤務することになる精霊術士は、王都周辺の貴族に嫁がせる方が望ましい。下手に一領地で囲うと、王家や政府に目を付けられる可能性が高く、リサの将来を思うと、難しい所があった。
そんな中、バードミネア公爵家から、婚約の打診……実際は命令に近いものだった……があった。この件については、最近鉄鉱山の産出が落ちている公爵家への救済措置ということで、王家からも後押しがあり、私のような一領主が逆らえる筈もなく、リサが望んでいるものでないと知りつつ、婚約を結ぶこととなった。
当時は無力な自分が嫌になったが……まさか公爵家から婚約を破棄してくれるとは思わなかった。本来なら、多額の違約金などを破棄の条件とするのだが、それよりも、別の条件を付けるよう交渉した。公爵家としても、多額の違約金よりましだということで、合意を得ることが出来た。
その条件とは「リサルティアを我が領に戻し、公爵家はそれを保証すること」だった。正直な所、公爵家から大々的に婚約破棄されてしまったリサは、事の経緯はどうあれ、最早王都でのまともな生活は望めない。ならば、それを口実として、我が領での生活を認めさせることにしたのだ。
勿論、王家からの招聘があれば、断ることは出来ないだろうが、そもそもあの婚約は、王家の承認の元に行われていたものであり、それを一度反故にした、という体面は王家にも当てはまる為、他の有力な貴族家を含め、余程の事が無い限りは招聘も難しいだろう。今の所、領近傍の国王直轄領にリサが様子を見に行く事があるくらいで、今後もそれは変わらないだろう。
まあ、あの婚約破棄とて、よくよく調べてみれば、単にあの三男坊が、ポールテミナ公爵の派閥に誑かされて起こしたものらしい。その目的は、政敵であるバードミネア公爵家の勢いを削ぐことか、何かしらの怨恨なのかは如何とも判断し難い状況だったが。
一方、そのポールテミナ公爵家は、領で新規開発された良質の銅山の為、権勢を増しているようだ。ただし、我が領に小麦などの買い付けで来ている商隊から話を聞くと、銅山付近から流れる川の流域で、疫病とは異なる不思議な病が発生していると、噂になっているらしい。……リサが政府に勤めていたならば、精霊から状況を確認して、理由を特定出来たかもしれないが……もう関与出来る立場ではないからな。
今回の婚約破棄では、結果的には、我が家は大きな利を得た。領はここ数年大豊作で、余裕が出たことで開墾も進み、更に豊かになり、領内は笑顔が溢れている。
まあ、一番の幸せ者は、我が次男坊のセディだろう。何せ、一度は諦めた初恋の相手が、伴侶となったのだから。
親の目から見て、昔からセディがリサを好きだったことは明らかで、あいつが王都に行く前に、私は「リサを手に入れたければ、王都の騎士団に入って出世することだ」と焚き付けた。そういった意味もあり、あの婚約は、セディには申し訳無かった。私が婚約の件を告げた時のあいつの絶望した顔は、正直思い出したくない。
それでも仲間達のおかげか何とか立ち直り、真面目に騎士団で勤務していたあいつは、上官を殴って騎士団を辞めた。一体何があったのか詳しく聞くと、どうもその上官は、婚約破棄の件で、リサを酷く侮辱したらしい。確かにあの状況下では、周囲にそう言われるのは想定内だが、そこで黙らなかったセディを私は褒めた。確かに貴族としては、直情的な所は問題があるかもしれないが、親として私はセディを誇りに思う。
あのまま騎士団にいれば、団長になることも夢では無かった筈だが、出世とリサ、どちらがセディにとって幸せか、今の生活を見れば言うまでもない。そして、リサと一緒になってくれて、2人の親として、本当に嬉しく思う。
二人は、今は新居として準備した別邸に住んでおり、時折様子を見に行くと、いつも仲睦まじいので、そのうち孫の顔を見せてくれるだろうというのが、ここ最近の妻との話題だ。
我々を結び付けてくれた、精霊に感謝を。
お目汚しでしたが、楽しんで頂けたのであれば幸いです。
感想、誤字報告等頂き、大変有難く、また、助かっております。