6話 試食界での出来事 後編
「見物に来ただけじゃ。暇だったのでな。して、この集まりは何じゃ?」
頭上から、よく通った声が聞こえてくる。土下座の状態をキープしながら、視線を上げて『彼』の姿を見た。
斜めに切れ上がった目は漆黒で、知性を漂わせている。英語圏の国の人のように鼻が高い。
髪は月代に結えられていて、ザ・戦国武将といった感じだ。
信長はこちらの視線に気付いたのか、ゆっくりと俺に目線を移す。
やっべ!咄嗟に目を逸らした。突き刺さるような視線を感じる。
「そなた、名前は?」
うっわー、話しかけられちゃった!
どうしようどうしよう。うまくいけば「こいつは見込みがある」といってスカウトしてくれるかも。
なーんて、都合よすぎだよね。ハハハ!
「大助と申します」
「で、あるか。農作業をしておるのだな?」
「はい。ブドウを育てております」
「ブドウか。幼い頃によく食べたな。皮をむくのが面倒だったが、とても美味しかった。そなたは
なにゆえここにいる?」
「『白銀屋』の試食会に招待され、ここへ来ました」
敬語ちゃんと使えてるかな?国語の勉強、ちゃんとしておけば良かった。
「なるほどな」
意味深な笑顔!すっごいミステリアス。
スカウトしてくれるかな?「こいつは見込みありだ」とか言って。まあそんな都合よく行く訳ないよね。人生そんなに甘くないし。
でもワンチャンあったりして?そうだといいなあ。
「お邪魔した。これにて失礼する」
抱かずにはいられなかった希望が消えた。期待できないはずがない。
いきなり信長本人と会うことができるなんて、都合が良すぎる。都合が良い事ばかり起きるなら、スカウトも有り得るかもしれない。そう思っていた。
でも・・・都合の良い事が続くわけないよね。
「失礼しました。試食会を再開します。まずはこちら、『蜂蜜玉』でございます」
司会が持っているお皿には、丸くて小さい餅がいくつも入っていた。
『蜂蜜玉』という名前なのだから、中に蜂蜜が入っているとか?チョコマシュマロみたいだな。
「爪楊枝を配布しますので、それを使ってお召し上がりください」
下っ端感満載の店員が、試食会に招待された百姓たちに爪楊枝を配布し始めた。
俺もそれを受け取る。
「では、並んでください」
司会の前に、俺たちは列を成して並んだ。
一人ずつ、皿に持ってある丸い餅を爪楊枝で刺して、口に運ぶ。
俺の番が来た。前に進み出て、餅を口に入れる。
ゆっくりと噛むと、蜂蜜の甘い味がした。モチモチになった蜂蜜を食べているようでとても美味しい。
司会の人を見て挙手をした。
「どうぞ」
「蜂蜜が餅になじんでいます。餅を噛めば噛むほど、蜂蜜の甘さが増してくるので、中毒性があるお菓子だと思います。ただ、高齢の方は餅を喉に詰まらせてしまう可能性があります」
司会役の目が鋭く光った。え、何?怖いんだけど。
しばらく睨まれていたが、数十秒後に視線を外された。金縛りが解けたかのように肩の力が抜ける。
やっぱり商人は凄いな。自然と闘う百姓とは一味違う『瞳』を持っている。
司会役は他の人の意見も聞いてから、次のお菓子を用意した。
「お次は『味覚飴』でございます。こちらは手でお取りください」
手で?それはちょっと不衛生なんじゃないか?
戦国時代では当たり前なのか、他の人は大して驚く訳でもなく、そそくさと列を組んでいく。
「何してんだい?並ぶよ」
母さんの声で我に返り、急いで最後尾に並んだ。
俺の番がくると、司会役は意味ありげに目を光らせた。マジでやめて、ビビるから。
飴は燃えるような赤い色だった。
口に入れると、夏祭りの出店で買ったような、けれども深い味わいがするリンゴの味が広がった。
これは無果汁では無さそうだ。安物に良くある人工的な味がしない。自然な味がする。
・・・おや、味が変わった?僅かに酸味を感じられる。これは、ミカンだ。
俺は基本的に、飴を噛んで飲み込むタイプなのだが、勿体無くてそんなことはできない。
また、味が変わった。酸味が更に強くなり、甘酸っぱくなっていく。今度はレモンだ。
蜂蜜の味もする。レモンと蜂蜜は相性抜群だから、納得。
またもや味が変わった。ぶどう?マスカットだ!
甘味がたっぷりだが、爽やかな味がする。この飴は舐めていくと味が変わるのか。
おや、また酸味が強くなった。この味は何だ?今まで食べた物の中ではブルーベリーに似ている。
小学6年生の時に北海道で食べたフルーツの味と、同じような違うような・・・
ああ、思い出した!ハスカップだ!
これ、コロコロと味が変わるなあ。でも、いきなり味が変わるんじゃなくて、徐々に変わっていくから、違和感がない。
次は巨峰という品種のブドウだ。マスカットの爽やかな味とは違い、深く甘い味がする。
大きさからして、これが最後の味だろう。そう、桜桃(さくらんぼ)。とろけるような甘さが舌に残る。
もう、噛み砕いちゃおう。
砕けた飴を飲み下して、感想を述べる。
「味が変わる飴、というのが、新しい発想でとても良いと思います。味が徐々に変わっていくので、違和感もありません。味覚で遊ぶ飴、ということで、『味覚飴』という名前も秀逸だと思います」
ま、まただよ。司会役の目がギラリギラリと光っている。何で、何でなの?
「最後に、『ポルボロン』というお菓子を食べていただきます。『ポルボロン』は『白銀屋』がスペインから輸入した、スペインの伝統菓子でございます。こちらも、手でおとりください」
クッキーみたいな見た目だな。粉砂糖がかかっていて、一口サイズの丁度いい大きさだ。
口に入れると、ホロホロと崩れていった。後味がよく、もう一個食べたい!という気持ちになる。
「食感が良いですね。まるで口の中で、雪が溶けているみたいです。農作業で疲れた後に食べると、元気がでると思います」
もう、これ何回目?すっごい目で見られるんだけど。気のせいかな?気のせいだよね、うん。
俺以外の2、3人の意見を聞いた後、司会役は解散を促した。
「本日はお忙しい中集まっていただき、まことにありがとうございます。この試食会で好評だったお菓子は、商品化も検討しますので、是非これからも、『白銀屋』をよろしくお願いいたします」
何だか嫌な予感がする。ここは早く帰るに越したことはない。
「お待ちください、"大助様〟」
うわー、やっぱり呼び止められた。
「はい、何です・・・って、どうして俺の名前知ってるんですか!?」
「坊ちゃまから、最高の親友だとうかがっております」
みなと、アイツか!最高の親友だと思ってくれているのは嬉しい。けれど、そのせいで目を付けられちゃったんだよなあ。複雑!
「この度は試食会に来ていただき、まことにありがとうございます。大助様の感想は、他のお客様とは一線を画すようなものでした。ただ「おいしい」と言うのではなく、具体的にどこがおいしいのか、更に良くする為には何を改善すればいいかを考えてくださる。あなたはきっと、素晴らしい商人となることでしょう。よろしければ、『白銀屋』で働きませんか?」
「働きます!」
ラッキー!これで信長へのコネは確保できた。あとは努力次第だ。
「母さん、いい?」
「もちろんいいよ。しっかり稼いでくれるならね」
母さんも笑顔が怖い!
「では、この話は成立しました」
読んでくださりありがとうございました。