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5話 試食会での出来事 前編

「はあっ、はあっ」


苦しい。体が悲鳴を上げている。それでも走り続けなければいけない。


武士を志すのなら、持久走なんて出来て当たり前だ。その当たり前のことが出来ないのなら、織田家の家臣になるなんて一億年早い。


「どうしてそんなに前傾姿勢になるかねえ。見ていられないよ。私の子だとは思えない」


そりゃあ、大助になって間もないですからね。何かすみません。


俺のトレーニングに付き合ってくれるのは母さんだ。近所の人にこんな姿を晒したくないといって、母さんが自ら申し出た。


手伝ってくれるのは嬉しいけれども、その動機が引っかかる。


「ほら、速度が遅くなってる。持久走っていうのは、一定の速度を保たないとダメなんだよ!」


お叱りの声が飛んでくる。全て反論の仕様が無い言葉だった。


「はい、終了」


ようやく終わった。俺はその場に座り込んだ。足に力が入らない。


「ほら、水だよ」

「ありがとう」


お茶じゃないのは残念だが、贅沢は言っていられない。家の様子からして、俺は百姓の中でも貧乏な家に生まれたんだろう。


せめて村の名主なぬしの家に生まれたかった。そうすれば、もう少し裕福な暮らしができたのに・・・


「本当に体力がないね。信じられない。今日の訓練はおしまい。明日はもっと厳しくするからね」

「ひええ~」


うちの母さん怖えぇ・・・


戦国時代は男性が活躍しているように感じられるけど、家ではやっぱり女性が仕切っているんだな。


思ったより男尊女卑じゃなくて良かったー。


「前と比べたら、確実に体力はついてるよ。私に言わせりゃ五十歩百歩だけどね。この調子で頑張れば、村で一番の力持ちになれるかも」


なれません。なろうとも思いません。


「大助!お前何してんだよ?」


この声は聞いたことがある。名前は何だったっけ?ああ、みなとだった。


みなとは前とは違う、市松模様の服を着ていた。


百姓は裕福ではない為、服にはお金をかけない。みなとの家は商家なので、きっと金銭的に余裕があるのだろう。


「みなとこそ何してるんだ?」

「質問を質問で返すな」

「俺は、その・・・運動」

「運動?運動なんかしてどうするんだ?畑仕事ってそんなに力要るのか?」


要る!と答えようとしたら、先に母さんが口を開いた。


「いいや、全く要らないよ。あんた、百姓じゃないのかい?」

「はい。僕の家は代々『白銀屋しろがねや』を営んでいます」

「し、しっ、白銀屋!?」


母さんの声が裏返っている。みなとの家ってそれほど凄いのか?


「なるほどね。大助、良い友達を見つけたじゃない」


目が鋭く光っている。怖い!母さん怖いよ!


コネを使って金儲けだとか考えてないよね?まさか、そんなことないよね?


ん、コネ?何かひらめきそうな感じがする。う~ん・・・


『自慢するわけじゃないけど、俺の父ちゃんは商人だぜ。そこらへんにゴロゴロ転がっているような商人じゃない。領主様から苗字を認められるほどの豪商なんだ』


あ!前にみなとがそんなことを言っていたっけ。


領主様から苗字を認められているということは、織田家との関係も浅くは無いだろう。


『白銀屋』とやらで働き、能力が認められれば、もしかしたら織田家に推薦してくれるかもしれない。


都合が良すぎる話だけれど、可能性はゼロじゃない。1%の可能性があるなら、迷わずやってみよう。


でもいきなり、「『白銀屋』で働かせてください!」なんて言えない。


買収できそうな店を父に報告する。そう言った時のみなとの黒い笑顔を思い出すと、彼が友情と商売をきちんと区別をしているということは、火を見るよりも明らかだ。


ここはゆっくりと信頼関係を築いていくのがベストではないだろうか。


「なあ、大助。今度試食会に来ないか?父さんが百姓向けのお菓子をつくろうとしてるんだけど、それには百姓本人の声が必要なんだ。協力してくれるかい?」

「もちろんもちろん、だって俺たち友達だろ?」

「いや、どう考えてもお前、お菓子食べたいだけだろ」

「その通り!」


ギャグのような会話になってしまった。ごほん、と咳払いをして話を戻す。


「試食会は明々後日しあさってに行う。午前中に白銀屋の名古屋なごや支店に来てほしい。道は分かる?」

「私が案内するよ」


またもや母さんが割り込んできた。


「ところでその試食会、私も参加して良いのかい?」

「是非参加してください」


母さんもお菓子は好きなのか。俺の案内をするのも、試食会に参加したいからだろう。


「じゃ、またな大助。試食会では正直な感想を聞かせてくれよ。じゃないと商売が成り立たないから」


みなとは畑を通り過ぎ、どこかへ行ってしまった。


「あの子、商売っ気があるね。顔からも目からも、それが感じ取れたよ」

「え、そうかな?」

「気付かないのかい!?あの目、あの顔!友達だからって油断してたら、いつか大変なことになるわよ」


みなとの後ろ姿を見た。冗談抜きで、何も感じない。


だからこそ、母さんの言葉にショックを受けた。俺ってそんなに無防備なのかな。


~3日後~


「ほら行くよ、大助!試食会に行かなくて良いのかい?」


母さんの声が、寝起きの頭にガンガン響く。


「あれほど夜更かしをするなと言ったのに。あんたって子は、親の言う事ぐらい聞きなさい」

「ごめんなさーい」


素直に謝罪した。先日の母さんのリアクションからして、みなとの家が営んでいる『白銀屋』は相当人気なのだろう。


人気ということは、試食会で配られるお菓子も美味しいはずだ。絶対に逃せない。


母さんの背中を追って6分ほど。


いかにも「寄ってください」というオーラを放っている建物に到着した。


試食会に招かれたのは、もちろん俺と母さんだけではなかった。多くの百姓でごった返している。


「本日は『白銀屋』名古屋支店にお集まり頂き、まことにありがとうございます。今回の試食会では、南蛮から伝わった菓子や昔ながらの和菓子、少し奇妙な発想のお菓子まで、色々な物を召し上がっていただきます。商品化を検討する為の集まりですので、どうか正直なご感想をお願いします」


司会の人の挨拶が終わったので、大きな拍手をした。


「ありがとうございます。では、こちらを・・・」


司会の人の表情が凍りついた。ある一点に目が釘付けになっている。その瞳は、驚きと畏敬の念で見開かれていた。


「信長様、本日はどういったご用件で?」


心臓がどくんと跳ねるのを感じた。信長様。まさかのご本人登場。


その名前を呼ばれた男は、不敵な笑みを浮かべた。



読んでくださりありがとうございました。

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