4話 トレーニング開始
「今回はよしとするけど、次からはもう少し余裕を持って帰ってきなさい!」
時間は守った。俺が家についた時は、太陽の角度はまだ直角ではなかった。けれど、時間ギリギリに帰宅したことが、母さんの逆鱗に触れたようだ。
「分かったわね?」
「はい」
いや、ギリギリだろうがなんだろうが、正午までに帰ってくるという約束は守ったんだけど?
時間に余裕を持って帰宅しろなんて、言われてませんけど?
そもそもこの時代には時計がなくて、正午かどうかなんて感覚に頼って判断するしかないよね?
時間を感覚で判断するなら、そりゃあ個人差もあるでしょう?
心の中で反撃しながらも、申し訳なさそうな表情をつくり、素直に頷いた。
「じゃあ、畑に行くよ」
ん、畑?・・・水田じゃないんだ。きっと、果樹園かその類いなのだろう。
家の裏のほうに回ると、支柱が畑の土に刺さっていた。その支柱に植物の茎が巻きついている。ツル性の果物・・・キウイフルーツ?
でもそれは、昭和時代に日本に入ってきたものだ。あ、ブドウもありえるな!
「ほら、ブドウに変な虫がついていないかどうか、確認しておくれ」
拍子抜けした。農作業というのだから、てっきり肉体労働だと思っていたのに。
「え、力仕事じゃないの?」
「ははははっ、笑わせてくれるじゃない。大助に力仕事を任せたあかつきには、新しい畑を買わなきゃいけないことになるだろうねえ」
皮肉が効いた言葉だ。
戦国時代でも俺は、非力だったのか。まあ、そのほうが良い。肉体労働なんて御免だ。
虫は大嫌いだけれど、力仕事をよりはマシ。
肉体労働をするくらいなら、ゴキブリにキスしたほうが断然良い(マジ)。
さてさて、さっそく取り掛かろう。
葉の裏をめくると、テントウムシがいた。テントウムシはアブラムシを食べてくれるの益虫だ。そっとしておこう。
茎も確認した。パッと見ただけでは虫はいなかった。けれどよく見ると、緑色の(オエッ)気持ち悪い虫が数匹・・・ゾッとする。
「母さん、手袋ない?」
家の中に戻ってしまった母さんに話しかける。素手であの虫をさわる?想像したくもない。
「それでも漢かい?情けないねえ。私の子とは思えないよ」
その発言で、前から気になっていたことが口に出た。
「母さん、俺の父さんって・・・」
「今さら何言ってんだい?お前が物心ついたときから父さんはいなかっただろう?」
物心ついたときと言われても、俺は昨日、大助になったので、分からない。
とりあえず、頷くことにした。
「うん、そうだよ。だからこそ知りたいんだ」
母さんは深い溜息をついた。そして重い口を開く。
「あなたが産まれてすぐに、死別したわ。父さんはね、とても病弱で、畑仕事なんてお手上げだったくらいだったわ。・・・まあ、気にしてないけどね。彼との結婚は、先が短いと分かった上でのものだったし。ほら、手袋よ」
「ありがとう、母さん」
礼を言い、畑仕事に戻った。母さんが悲しそうな顔で俺を見つめていることに、気づかないまま。
虫の駆除は単調で地味な作業だ。虫がいないか確認して、いたら取る。その繰り返し。
至って簡単だが、手応えがなくて飽きてくる。そんなことを母さんに言ったら、一笑に付されて終わりだけど。
「何を言うかと思えば、馬鹿だねえ。畑仕事は楽しむものじゃない。食い扶持を繋ぐためだよ」
そう言って陽気に笑う母さんの姿が、容易に想像できる。
日が西に傾くころには、全ての植物を確認し終えた。
やはり、百姓は大変だ。
ん、待てよ?力仕事できない=力が無い=武士になれない!
ああ、なんでこのことに気づかなかったんだろう!
農作業すらまともにできないような俺が、武士に!?ジョークになるかもしれないな。
よ~し、下剋上ライフ開始と同時に、トレーニングも開始!
読んでくださりありがとうございました。