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3話 ともだち

「ただいま~」


すだれを右手で押し上げ、家の中に入る。買って来た物を母さんに渡した。


「ご苦労様。農作業は昼からやるわ。それまでは自由時間よ」


うっわ、忘れてた!百姓ってことは、田んぼを耕さないといけないんだよな?サイアク。


それに6月1日ということは梅雨じゃないか。空気がじめじめしているので、もうすぐ雨が降りそうだ。


雨上がりの後って、蚊が「俺らの時代じゃあ!」とでも言わんばかりに血を吸いまくるから嫌なんだよねえ。農民はつらいよ。


「じゃあ母さん、俺、散歩してくる」

「正午までには帰ってくるのよ」


再び家とは思えない家を出て、知らない道を歩き始める。迷子の気分を味わうのって、何か癖になる。


散歩といっても、どこへ行こうか。


「よっ、大助!」


男の子の声だ。大助という名に慣れていないので、反応が遅れてしまった。


「何?」

「一緒にお菓子食わないか?」

「え、でもお金持ってきてない」

「大丈夫だって、俺の奢りだからさ。新しいお店が出来たんだよ」


人懐こい男の子だな。真っ白な歯を覗かせたその笑顔は、太陽のように眩しい。


そしてその男の子の背中は、とてもたくましく感じられた。肉体年齢は俺と変わらないはずなのに・・・


そんなことを考えながら、男の子についていく。


3分ほど時間が経つと、大勢の客で賑わった商店街に到着した。室町時代ならぬ戦国時代は、銀閣寺のような質素な建物ばかりだと思っていたけれど、目の前に立ち並ぶ店は、その偏見を真っ向から否定していた。


色鮮やかな装飾、派手な着物を着た店番、カラフルな食品・・・


現代っ子の俺にとって、こういう店が一番しっくりとくる。


母さんのおつかいで立ち寄った店は、本当に質素だった。おまけに店番の態度も悪かったし、様々な視点から見ても、「最低」という言葉以外当てはまらない。


営業微笑えいぎょうスマイルだったとしても、店番の笑顔は飛びっきりに輝いて見える。


俺はこの商店街に好印象を持った。


「さあ、どの団子にする?」


男の子の声で我に返った。彼は相変わらずの笑顔で、店頭に並んだ和菓子を指差している。


「う~ん、う~ん。どれにしようかな?」

「俺はこれにするけど」


彼は緑、白、薄紅の三色団子を手に取った。三色団子も良いが、みたらし団子も捨てがたい。

それとおはぎ(俺はばあちゃんっ子だった)、饅頭まんじゅう、鯛焼き・・・


よだれが出そうになるのを必死で堪える。欲深い奴だと思われたくはない。


「大助は本当に優柔不断だな!何なら全部買おうか?」

「できないよ、そんなこと。君のお金だろう?」

「遠慮すんなって。俺とお前は友達なんだから」

「ともだち・・・」


その言葉をゆっくりと咀嚼そしゃくする。ともだち、か。良い響きだ。


俺は現代ではぼっちだった。十五年の人生の中で、親友と呼べる親友は一人もいなかった。


空想のお友達なら2人ほどいたが。リリーとジェルダという美人の女友達を脳内でつくり、ジェルダは俺のことが好きだという設定を脳内で決めていた。


リアルな友だち、いわゆるリア友はいない。


「俺とお前は友達なんだから」と言われたことも、もちろんない。


「大助?」


戸惑うような彼の声が、鼓膜を震わせた。


「ご、ごめん。ついボーッとしちゃって。うん、そうだね。俺らは友達だ。でも、君のお母さんはこのことを承知するだろうか」

「ちゃんと許可はとってるよ。忘れたのか、大助?自慢するわけじゃないけど、俺の父ちゃんは商人だぜ。そこらへんにゴロゴロ転がっているような商人じゃない。領主様から苗字を認められるほどの豪商なんだ」


彼が自慢していないことは分かっている。けれど、自尊心とは違う何かが、彼の体からにじみ出ていた。


ああ、これは尊敬の気持ちなんだな。豪商である自分の父への、尊敬の念。そんな感情が、彼の体の中で渦巻いている。


「じゃあ、三色団子とみたらし団子で」やはり遠慮してしまった。

「はいはい、ついでにおはぎと饅頭と鯛焼きな」

「うん・・・って何で!?俺、三色団子とみたらし団子だけでいいから」

「嘘つくなって、この二枚舌!お前の視線を見ていれば、どれを欲しがってるのかなんてすぐ分かるんだよ」


しまった!そうだ。何を隠そう俺は、感情がダダ漏れなのだから。ポーカーフェイスが大の苦手で、そのおかげで損をすることもあった(嫌いな先生に嫌悪のまなざしを向け、廊下に立たされたり)。


彼は代金を店番に渡し、三色団子とみたらし団子、おはぎと饅頭、鯛焼きを、俺の手に置いた。


「ここで食べてしまおう」


太陽の高度を確認した。まだ直角にはなっていない。正午になるまでには時間があるだろう。


三色団子を頬張りながら、彼の横顔を見る。凛々しい顔つきだ。


そういえば、彼の名前をまだ聞いていない。だが名前を覚えていないと思われるのは嫌だ。どうすれば良いだろう?


脳みそをフル稼働させて考える。何か口実はないか・・・そうだ!


「名前を交換しよう」


唐突に言ったので、彼はしばらく呆けた顔をしていた。


「どういう意味?」

「今日限りは、俺の名前が君の名前で、君の名前が俺の名前だとしよう。だから君は、俺の事を呼ぶときに、大助とは言わず自分の名前を言うんだ。俺が君を呼ぶときは、それの逆」

「うーん、だいたいの意味は分かった。よし、みなと!好きなだけ食べろ」


しめしめ、これで彼の名前が分かった。みなと。素敵な名前だ。


お腹が空いていたので、和菓子はあっという間になくなった。


「ありがとう、みなと」

「って、名前交換するんじゃなかったのかよ!?」

「あ、忘れてた。でもやっぱりこの遊びはやめよう」

「言い出した張本人のくせに・・・」

「ごめんごめん」


名前を聞き出せたのだから、もはや名前を交換するなんていうくだらない遊びは意味をなさない。


「俺はまだ、ここに用事がある。大助は先に帰ってろ」

「用事?用事って何だ?」


太陽のような笑顔が、突然映画に出てくる悪役のような、黒い笑みに変わった。背筋がひやりとし、汗がどばっと噴き出してくる。


「ごめん、何か気に障ることでも言った?」

「いいや。俺の用事は、視察だ。買収できそうな店を探して、父ちゃんに報告するんだよ。努力はしているんだが、商いに関することを話す時は、無意識に顔がこうなるんだ。気にしないでくれ」


こんな黒い笑顔を気にしないなんて、期末テストで満点をとることよりも難しい。


「じゃあ、また」


帰り道は覚えている。


舗装されていない割には綺麗な道だ。大丈夫だとは思うが、時間が心配なので、小走りで家に向かった。


うっわ、農作業しないといけないのか。でもまあ、友達ができたことだし・・・


戦国時代での暮らしは、悪くない。



読んでくださりありがとうございました。

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