1話 まさかの百姓
肌がチクチクと痛い。おや?痛いということは、肌の感覚がある。肌の感覚があるということは、死んでいない。バンザイ!
目を開けると、見慣れない天井が見えた。そこから水滴が落ちてくる。ぽちょん、と音がした。
視線を横へやると、温泉でよく見かける盥が、雨漏りした水を受け止めているのが分かった。随分とボロい病院のようだ。今時、雨漏りする家なんてあるかな?
「すみませーん、誰かいませんか?」
返事はない。重い体を起こして、周りを確認する。
「え?」
自分の目が信じられない。ここはボロい病院でもなければ、家でもない。
ところどころ蜘蛛の巣があるし、床は薄汚い。患者の命を救う病院が、こんな不衛生な訳がない。
もしかして、俺は戦国時代に生まれ変わったのか!?そうであることを願う。死んでしまったのは残念だけれど、戦国時代に生まれ変われたのならバンバンザイだ。
自分の手を見ると、やけに小さく煤で汚れている。
「起きな~。もう朝だよ、大助」
女性の声だ。え、俺まさか女性と寝てたの?
と思ったけど、どうやら俺は10歳ぐらいの子供のようだ。それは、手の大きさから推測できる。
となると、釜戸に薪をくべているあの女性は、母親ということになるのだろう。
そして俺の名前は・・・大助!?
認めたくないが、きっとその名前が正解だ。母親と思わしき女性が、俺のことをそう呼んだのだから。
「ほら、早く起きな大助!今日はおつかいに行ってもらうからね」
戦国時代でも現代でも、母親の説教が怖いのは同じだろう。
ここは従順に従ったほうがいいと、長年の勘が教えてくれる。
「はい、母さん」
名前も知らない女性を『母さん』と呼ぶのは抵抗があるが、仕方ないことだ。
「突然聞くけど、今って西暦何年?」
「セイレキ?なんだいそりゃ?おいしいのかい?」
「食べ物じゃないよ!」
そうか。この時代には西暦という概念がないんだろうな。
なら、元号を聞こう。
「元号は何?」
「あんたどうかしちゃったの?天文21年よ。そして今は6月1日!」
天文21年・・・1552年だ。
「ここは愛知県、えっと、尾張?」
「そうだよ、当たり前じゃないか。織田信長様が治める、50万石の豊かな土地さ!」
これで確定した。俺は戦国時代に生まれ変わったんだ。けど、望んでいたものとはちょっと違う。
この家は明らかに、武士が住むような家ではない。母さん(抵抗はもうない)のつぎはぎだらけの服から考えても、百姓の家だろう。俺は戦国武将になりたかったのに、まさかの農民だなんて!
おまけに、大助って何?この時代では普通なんだろうけど、現代での文化が身についている俺からしたら、シンプルすぎて嫌だ。
神様、今度神社に行ったら、賽銭箱に虫入れてやる!
燃やさないだけありがたいと思え!
高望み?言いたければ言えばいいさ。天罰?下したければ下してみろよ。
俺は許さないからなあああ!!!
読んでくださりありがとうございました。