プロローグ
母さんの悲鳴が、妙に遠く聞こえた。ああ、俺は死ぬんだな。
吐いた血が、床に飛び散っている。どうして吐血したのかは分からない。
「救急、お父さん、救急車!」
救急車を呼ぼうとしている母さんは、ひどく慌てている。無駄なのに。助かる訳がないのに。
ここは過疎が進んでいる地域。去年だって、小学校が四つも統廃合された。近くに病院なんてない。
救急車が到着するまでには、かなりの時間がかかるだろう。
死にたいなんて思ってない。生きたいけれど、冷静に考えて明らかに無理だ。
目の前がだんだん白く霞んでいく。15年過ごした家のリビングルームがこの世の見納めとなるなんて。
次は嗅覚。食べている途中だったカレーの匂いがしない。俺はどんどん死に近づいている。
ああ、もう肺の痛みさえ感じない。末期の症状だ。
次の瞬間、俺は走馬灯を見た。
『命名 湊』と書かれた紙、小学校の入学式、修学旅行、幼稚園の運動会、中学の入学式・・・
時系列がバラバラになった記憶が、脳の奥から溢れ出てくる。
以前、視聴したバラエティー番組に出演していた占い師が、こう言ったのを覚えている。
『走馬灯を見るのは、このままでは死んでしまうと脳が判断した時に、何とかして死を回避できる方法を見つけようとするからです。今までの記憶から』
どうやら俺の脳は、その方法を見つけられなかったようだ。意識が遠のいていく。
走馬灯を見て、生への執着心が高まったにもかかわらず、俺は死んでしまうのか。
なんという無能な脳だ。
息が苦しい。これ以上意識を保つのは無理だろう。
俺にはまだやりたいことがたくさんあるのに。
お願いだ神様、戦国時代に転生させてくれ。織田信長の家臣に生まれ変わらせてくれよ。
そしたら今度からはちゃんと、神社に参拝するから。賽銭箱に石ころ入れたりなんて、二度としないから。
読んでいただきありがとうございました。