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10 飲食店にはもちろんヤツがいる

 しばらく別の作業をしていたため、また少し皿が溜まっていた。たまに来る小田切さんと雑談しつつ手を動かす。


 あっという間に洗い終わってしまうと手持ち無沙汰になった。平日は基本二人でキッチンの仕事を回しているらしく、新人とはいえ俺も働いていると仕事がなくなってしまうのだ。サボってると小夏先輩に怒られるため昨日覚えたポテトのプレップでもして時間を潰すことにする。出来る男ってのは言われる前に行動するものだからな。


「瀬川」

「はいなんでしょう!」


 俺がどうだって表情で振り向くと小夏先輩は立ち止まった。

 若干引いてるご様子だ。


「別に教えたことなんだから先にやってても偉くないから。そんなことで私は褒めたりしないわよ」


 先回りして釘をさされた。ちょっと悲しい。


「何しょんぼりしてんのよ。あんたならそれぐらいやれて当然でしょ」


 と思ったら褒められた。正直小夏先輩の情緒はよくわからん。


「小夏先輩……」

「何よ」

「今のめっちゃ嬉しかったです」


 俺がわざとらしく喜んでみせると小夏先輩は「はあ」とため息をついて、


「終わったら前来て」


 呆れた様子で用件だけ伝えた。

 踵を返し、一歩踏み出す。

 すると先輩が固まった。


「小夏先輩?」

「ごっ、ごごご、ごごごごご!」


 どうやら壊れてしまったようだ。

 意味不明な音を発してるくせにマネキンチャレンジでもしているように動かない。


「やだ、ヤダヤダ来ないで。ほんとに無理。助けてぇ……」


 泣きそうな声に加え、物凄い早口。

 何があったのか小夏先輩を観察していると視界の端に黒い物体の影を捉えた。

 その影が不規則に動く。


「きゃっ! こっち来た!」


 その影から逃げるように小夏先輩が飛びついてきた。

 俺の腕をしっかり抱きしめて離れない。酷く怯えているようだ。


「ぉ、お願い。やっつけて。怖いよぉ……」


 声も体もガタガタ震えている。

 小夏先輩ならからかってやりたいが、小冬は今にも泣きだしそうだ。俺には後輩を泣かせて楽しむ趣味は無い。ましてや小冬。涙は一滴たりとも零させやしない。


「大丈夫だよ怖くない」


 正直俺も目の前の対象──通称Gは怖い。

 家で見つけたら母さんに退治してもらっている。

 でも今は俺が守る側だ。弱気なことなんて言ってられない。

 男を見せろ、俺。


 俺はゴム手袋の上からティッシュを十枚とり、Gに向かって手を伸ばした。

 瞬間。Gは方向を変え、俺の攻撃を躱す。

 すると反撃のつもりか俺たちの方に向かってきた。


「きゃあああああああ!」


 小夏先輩の抱きしめる力が強くなった。

 しかしその感触を堪能している暇はない。


「くそ、観念しろ!」


 俺は両足で進行方向を塞ぎ、敵の退路を二方向に絞る。

 すると敵に一瞬の動揺が見られた。俺はその隙を逃さない。


「ここだ!」


 見事キャッチに成功。

 俺はすぐさまごみ箱に捨て、二重に縛って完全に封印を施した。

 俺の完全勝利だ。


「大丈夫だよ小冬。もういない」

「ほ、ほんとに?」

「うん。だからもうくっつかなくて平気だよ」

「へ……」


 気の抜けた声。

 俺の顔と抱きしめている腕を交互に見た。

 すると顔を真っ赤に染め上げる。


「はうあっ!」


 まるで俺がヤツみたいに物凄い勢いで飛びのいた。

 距離を取って自分の体を抱くように隠されたからちょっと傷つく。


「ち、違うから! い、今のはちょっとびっくりしただけで……えっと、えっと……忘れて! それから私は小夏だから! 聞き間違えただけなの!」


 一生懸命言い訳する様子は子どもみたいで可愛い。

 正体を隠そうとするのは謎だが必死そうだからこれ以上聞かないであげよう。


「わかりましたよ。小夏先輩は怖がりなんですね」

「うううう、また私のこと馬鹿にして。……でも、さっきはありがと。ちょっとかっこよかった……かも」


 俺と目を合わせたり視線を逸らして足元を見たりするのが上目遣いになってドキッとする。不意打ちでデレるのはずるい。けど堪らん。


「俺もビビりまくってましたけどね。ティッシュ十枚はちょっとかっこ悪いです」

「そ、そうよ。あんまり調子に乗らないことね」

「はいはい」


 小夏先輩はいつもの調子を取り戻した。

 俺はこんな時間がずっと続けばいいのにと思わずにはいられない。

 でも、早く答えを出さないといけないのだ。

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