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悪役令嬢アリーは復讐を誓う  作者: 幸一
第一章 塵を踏むもの
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03 身勝手な男

 部屋に戻ったアリアロッサは、侍従のリヤナを控えている隣室から呼び付けると、式典に備えて正装に着替える。


「リヤナには、私のドレスを貸してあげるわ」

「え、アリー様のドレスを貸して頂けるのですか?」


 レースやフリルで装飾された淡い紫色のドレスに着替えたアリアロッサは、リヤナに自分のドレスを貸し与えるつもりらしい。


「ええ、これなんかどうかしら? 既製品だけれど、まだ袖を通していない新品のドレスなの」


 アリアロッサは、ドレッサーから黄色のドレスを取り出して給仕服のリヤナに当ててやる。

 黄色のドレスは、アリアロッサが社交界デビューに向けて、フェルトフォンが買い揃えたうちの一着だったが、色白の彼女には色味が合わないと、ドレッサーの奥に仕舞われていたものだ。

 庭仕事で日焼けしたリヤナの身体にドレスを当てて見れば、彼女のために仕立てたかのように、よく似合っていた。

 

「でも私の礼服は、屋敷から貸与されるから−−」

「リヤナは、私の侍従なんだから屋敷の者に使い古されたドレスなんか駄目よ。今日は、あなたにとっても大切な日なのだから、成人の儀式には、このドレスを着て出席なさい」

「アリー様は、私みたいな者のために、そこまで気を使ってくださるのですね。でも、やっぱり気が引けます」


 アリアロッサは、遠慮しているリヤナの手を握る。


「私は、リヤナを友人だと思っている。お願いだから、このドレスを着てちょうだい」

「は、はい……ありがとうございます」


 リヤナが普段、素直に感情を表す少女であれば、アリアロッサからドレスを手渡されて、戸惑いながら頭を下げたのが気に掛かる。

 リヤナには後暗いところがあるのかと、アリアロッサの脳裏を過ったが−−


「リヤナ、服を脱ぎなさい」

「え」

「私が着付けてあげるわ」


 アリアロッサに急かされたリヤナは、背中のホックを外されて、ワンピースの給仕服を足元に落とした。

 アリアロッサにドレスを頭から被されたリヤナは『自分で着られます』と、主人に着付けされて恐縮している。

 それでもドレスに着替えたリヤナは、アリアロッサと姿見の前に並ぶと、照れ臭そうに頬を上気させて喜んでいるのだから、きっと気のせいだったのだろう。


 ◇◆◇


 成人の儀式は、中央政府や近隣領地からの要人を招いて、その年に十六歳となる男女が大聖堂に集まり、司祭から洗練を受ける宗教儀式である。

 ただし宗教儀式ではあるものの、着飾って儀式に参列する新成人にとっては、ただの祭事であり、宗教的な意味合いが形骸化していた。

 領民にとって成人の儀式は、ただ新成人を祝うだけの祭りだった。

 

「僕は、フェルト様直々にアリーのエスコートを頼まれたのに、なんで侍従なんか連れてくるんだよ」


 アリアロッサは、粧し込んだリヤナと連れ立ってクロフィスのエスコートで大聖堂に向かっている。


「クロフィス様、お邪魔しちゃって申し訳ございません」

「アリーが無粋なだけで、連れて来られたリヤナが謝る必要はないさ」


 クロフィスは大聖堂までの道すがら、アリアロッサから色良い返事を引き出そうと考えていたので、同伴したリヤナを疎ましく思った。

 成人の儀式に参加する男女は、この日を境にして結婚できるのだから、儀式の後に催される祝賀会で婚約を申し入れる者も多い。

 だから既に将来を約束した婚約者がいる者や、意中の相手がいる者は、その人に張り付いてエスコートする。


「クロフィスは、フェルト様が、お父様のナルダロス将軍と交わした約束をご存知だったのでしょう?」

「ああ、フェルト様は快諾していたから、あとはアリーの気持ち次第だと知っていた。それも先ほど、アリーが父の申し出を受けたと聞いている」

「そうなのね」

「父の威光に縋った僕は、男として情けないけど、それでもアリーと結婚したかった。僕はザイード人の誇りを捨てて、アリーに求婚しているんだぜ」


 クロフィスは屈託のない笑顔で言うのだが、失意にあるアリアロッサには、向けられた好意が煩わしい。

 クロフィスは優男風の華奢な見た目こそ頼りないが、ザイードのナルダロス将軍の息子であり、人身御供と知りながら敵国に身柄を預ける気丈さもある。

 アリアロッサが、本当に花嫁修業の行儀見習いだったのならば、クロフィスからの求婚を受け入れたかもしれない。


「……気持ち悪い」


 クロフィスからの求婚は、フェルトフォンの心変わりを後押しした。

 アリアロッサは、クロフィスの身勝手な思い込みに吐き気がする。


「気分が優れないのかい?」

「クロフィスお願いだから、私のことを気にしないで」


 アリアロッサは本来、婚約者であるフェルトフォンがエスコートすべきだったのに、その役目をクロフィスに依頼していのだから、彼は以前から彼女の想いを踏み躙っていたことになる。

 結局のところ、アリアロッサが部屋に踏み込んだときには、フェルトフォンに話しを聞くつもりなど微塵もなかった。

 アリアロッサは三年間、フェルトフォンに文字通り身も心も尽くしたと思えば、真実を明かして姉であるフローラとの婚約を破談に追いやり、暗君を失脚させることに躊躇いが消える。


「どういうこと?」


 成人の儀式が始まると、式辞を読むはずだったアリアロッサに代わり、クロフィスが登壇することになった。

 中央政府や周辺領地から集まった要人や領民たちの前に登壇したアリアロッサは、フェルトフォンが財産目当てに商家の娘を誘惑して、子供の自分を慰み者にしていた事実を語り、辱めてやろうと考えていた。

 しかしフェルトフォンは今朝、『姉ではなく、自分こそが公爵夫人』だと言い放ったアリアロッサを公衆の面前に立たせるのを反対して、急きょクロフィスに代読させたのである。

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