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悪役令嬢アリーは復讐を誓う  作者: 幸一
第一章 塵を踏むもの
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02 領主様に捨てられた

 アリアロッサが部屋をノックすると、フェルトフォンは半分だけドアを開けて顔を出した。


「アリー、こんな早朝に何の用事かな?」

「フェルト様に確かめたいことがあります」


 フェルトフォンは『解った』と、短く答えてドアを閉めた。

 いつもなら人目を気にして部屋に連れ込むフェルトフォンが、アリアロッサを廊下に待たせて支度している。

 しばらくして部屋から出てきたフェルトフォンは、焦れているアリアロッサに、謁見の間で話しを聞くと言った。


「フェルト様、そこを退いてください」

「ま、待て」


 部屋から引き離そうとするフェルトフォンの態度を不審に思ったアリアロッサは、彼を押し退けて部屋に飛び込んだ。

 フェルトフォンの部屋は、居間と寝室の二間続きであり、ドアの前に立ったアリアロッサは、部屋の奥、バルコニーからの陽射しが差し込むベッドに、姉のフローラが下着姿で腰掛けているのを見て絶句した。


「アリー、断りもなく他人の部屋に入るなんて行儀が悪い子ね。あなたが過ごした行儀見習いの三年間は、いったい何だったのかしら」


 フローラは気怠そうに立ち上がると、ガウンを羽織ってアリアロッサに近付いてくる。

 アリアロッサの無作法を咎めたフローラには、妹の婚約者を寝取っている自覚がないのだろうか、それとも知った上で、勝ち誇っているのだろうか。


「フローラ姉様こそ、フェルト様の部屋で下着のまま過ごしているなんて、どうした了見ですか?」


 アリアロッサが震える声で問い掛けると、フローラは悪びれる素振りも無く、妹の肩を抱き寄せる。


「どうした了見も何も、私はフェルトの婚約者(フィアンセ)なのよ」

「フローラ姉様がフェルト様の婚約者なんて、そんな話は聞いたことがありません」

「アリーが行儀見習いを終えるまでは、花嫁修業の手を抜かないように内緒だったのよ。奉公先のフェルトが、私の婚約者だと解かれば、あなたの行儀見習いに支障がでるかもしれないでしょう?」

「お二人は……、いつからの関係ですか」


 アリアロッサが声を詰まらせながら聞けば、二人が結婚の誓いを交わしたのは先月、父親のハッサンが、末娘とフェルトフォンの縁談話が進まないことに業を煮やして、姉のフローラをけしかけたところ、領主も満更ではないと踏んで、慌てて婚約まで漕ぎ着けた。

 フローラの話しを信じるのであれば、フェルトフォンの心変わりは一ヶ月前である。

 そしてアリアロッサが行儀見習いを終える今日、フェルトフォンと姉の婚約が大々的に公表されるらしい。


「アリーには、私とフェルトの結婚を祝福してほしいのよ。私が公爵夫人になって当家が爵位を得れば、あなたにも各地の諸侯から縁談話だって舞い込んでくるかもしれないわ」


 アリアロッサは十三歳のときから三年間、身も心もフェルトフォンに捧げていれば、今さら他の男性との幸せな結婚なんて想像が出来なかった。

 アリアロッサは、屋敷で行儀見習いの身分に甘んじながらもフェルトフォンに尽くしたのに、なぜ市中で自由気ままに暮らしていたフローラに、彼を譲って身を引かなければならないのか。

 そもそもフェルトフォンは、なぜ大切な日を目前にして、アリアロッサを捨ててフローラに心変わりしたのか、あまりにも身勝手で理不尽な出来事である。


「あ、そうか。アリーには、もう素敵な恋人がいるんだったわね」

「え」

「アリーは、蛮族ザイードの人身御供と恋仲なのでしょう? 二人が恋仲なのは、屋敷中の噂になっているわ」

「私とクロフィスが恋仲?」


 アリアロッサには、フローラが何を言っているのか飲み込めなかった。

 クロフィスの身分は姉の言うとおり、親善大使とは名ばかりの人質であり、屋敷の者も遠巻きにしている。

 だからアリアロッサは、クロフィスの境遇に同情して仲良くしてやっていたものの、恋仲を疑われるような関係ではなかった。


「二人が人目を忍んで口吻しているところを見た者もいる」

「誤解だわ! 誰が、そんなデタラメを吹聴しているのよ! 私がクロフィスと恋仲なんて、そんなわけがあるはずないわ!」

「いきなりどうしたのよ?」

「退いて!」


 取り乱したアリアロッサがフローラを突き飛ばすと、見兼ねたフェルトフォンが姉を優しく受け止める。


「アリー、もう止さないか」

「フェルト様……、なぜ私じゃなくてフローラ姉様と婚約なさるのですか?」

「それは、胸に手を当てて考えることだ」

「私は、今日を楽しみに三年間を過ごしてきたのに、こんな酷い仕打ちを受ける理由が解りません」


 フェルトフォンは、フローラが突然取り乱した妹を見て首を傾げているので、アリアロッサを部屋から連れ出した。

 なぜならフェルトフォンは、フローラに妹のアリアロッサが行儀見習いを表向きの理由として、じつは結婚の約束を交わしていた事実を知らせていなかったのである。


 ◇◆◇


 フェルトフォンは謁見の間で、背凭れの長い肘掛け椅子に腰を下ろすと、失意にあるアリアロッサを前に立たせた。


「アリーには三年間、俺の愛を注いで寵愛してきたつもりだったのに、ナルダロス将軍の小倅と内通していたなんて失望したよ」

「私が愛しているのは、フェルト様だけです」


 アリアロッサは、交際を迫ったクロフィスに唇を奪われるところを目撃した屋敷の者が、きっと誤解したのだろうと弁明した。


「俺だって、敵であるザイード人の野蛮さを知っていれば、噂話だけを信じていない」

「では、どうして私を捨ててフローラ姉様と結婚するのですか?」

「問題は、アリーが俺の敵であるザイード人に情けを掛けて近付いたことだ。クロフィスの身柄は、終戦協定の条件で預かっている人質だと知らせていれば、必要以上に接触するなと屋敷の者に忠告していたはずだ。アリーは、俺の忠告を無視してクロフィスと人目を忍んでいたな」

「クロフィスが屋敷に連れて来られたとき、彼はまだ子供だったのです。私が、同い年の子供に同情して何がいかなかったのでしょうか?」

「全てがいけなかったのだ」


 フェルトフォンは三十路を過ぎていれば、歳の離れた婚約者のアリアロッサが、敵国ザイードの若い人質に心を砕くことに嫉妬していた。

 フェルトフォンは大人であり、屋敷で仲睦まじくしている若い二人に出会しても、見て見ぬ振りをしていた。

 しかしアリアロッサとクロフィスが口吻していたと、屋敷の者から聞いたとき、留めていた嫉妬心が限界を迎えたらしい。


「フローラ姉様と婚約するのは、私に対する当て付けですね」


 アリアロッサは、呆れたように吐き捨てた。

 なぜならフェルトフォンが姉のフローラと婚約するのは、クロフィスとの仲に嫉妬した自分と、アリアロッサを同じ境遇に立たさてやろうとの、幼稚な意趣返しだと思ったからだ。


「俺が、そんな子供じみた真似するものか」

「いいえ。フェルト様は、外見こそ立派な大人でも、まだ子供だった私に恋をなさいました。私は、フェルト様の心が成熟した大人だと思いません」


 強気な態度で口答えしたアリアロッサは、フローラとの婚約が嫉妬を拗らせたフェルトフォンの当て付けならば、ただの痴話喧嘩に終わると考えた。


「俺を愚弄するつもりならば、フローラの妹と言えども許さん」

「私は、フェルト様にとって婚約者の妹ですか? 私はフェルト様の妻となり、公爵夫人になるのではないのですか?」


 しかしフェルトフォンは、アリアロッサを憐れむような目で見据える。

 アリアロッサは屋敷に連れて来られた当初、自らを指して『公爵夫人』などという肩書きを口にしなければ、行儀見習いとしての身分で構わないと殊勝な態度だった。

 それが、いつの頃から立場を忘れて、屋敷の者を目下のように扱うようになり、まるで貴族が如く振る舞うようになった。


「アリーも、俺の肩書きに擦り寄ってきた女と変わらないのだな」

「違います……。私は、フェルト様を純粋に愛しております」

「いいや、変わらない」


 フェルトフォンは、そうしたアリアロッサの変質が、多感な時期に甘やかして育てたのが原因であれば、立場を弁えず領主たる自分を愚弄するのだから、これを哀れと思わずにいられなかった。


「私は、どうしたら良いのですか? フェルト様は、私に落ち度があるのだから、フローラ姉様との結婚を認めろと仰るのですか」


 アリアロッサが泣きながら崩れ落ちると、フェルトフォンが席を立って肩に手を置いた。

 首を傾けたアリアロッサは、フェルトフォンの温かな手に追い縋る。


「アリーには、俺とフローラの結婚を祝福しろとは言わない。それにライエルに残っても、気位の高いアニーを苦しめるだけだろう」

「フェルト様、何を仰っているのですか?」

「だから俺は、ナルダロス将軍の申し出を受けることにした」

「クロフィスのお父様からの申し出?」


 フェルトフォンは、顔を上げたアリアロッサに微笑んだ。


「ライエルとザイードの親善を深めるために、俺の義妹となるアリーを自分の息子の嫁にしたいと、ナルダロス将軍からの申し出だ。クロフィスだって、国は違えど公爵家の跡取りだし、アリーも公爵夫人になれるのだから嬉しいだろう?」

「本気ですか」


 驚いたアリアロッサは、フェルトフォンから身を引いた。

 昨日まで将来を誓い合った仲だと疑わなかったフェルトフォンが、目の敵にしているクロフィスとの縁談話を勧めている。


「ああ、アリー考えてもごらんよ。敵国ザイードのナルダロス将軍は、()()使()()()()を喜んで息子の嫁にするんだぜ。こんな滑稽な話しがあるものかよ」

「私は使い古し……。フェルト様は、私をそのように思うのですね」


 目の前に立っている男は、アリアロッサが愛したフェルトフォンだろうか。

 ただクロフィスとの関係に嫉妬して目が曇り、一時の気迷いでアリアロッサを遠ざけたいだけかもしれない。

 それとも子供だったアリアロッサには男を見る目がなくて、そもそもフェルトフォンの本質は、恋人だった女を『使い古し』だと侮辱した挙げ句、外交の道具として敵国に売り飛ばす卑劣漢だったのか。

 どちらにせよ、アリアロッサは、自分を見下しているフェルトフォンを愛し続けることが出来なかった。


「フェルト様のお気持ちは、よく解りました」

「そうか。では成人の儀式が終わり次第、俺とフローラの婚約を公表するが、くれぐれも余計な真似をするなよ」


 唇を噛み締めたアリアロッサは、謁見の間を後にすると、フェルトフォンとの三年間を白日の下に晒して、領民の誰もが暗君だと揶揄する領主に審判を下そうと思った。

 成人の儀式は正午過ぎ、ライエル議事堂に併設された大聖堂で執り行われる。

 領民たちが集まる成人の儀式では、アリアロッサが新成人を代表して式辞を読むことになっていた。

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