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6.『やはり俺の周りは危機感が足りない!』

 目を開けると懐かしい夕日の差し込む教室の風景が目に飛び込んできた。

 ああ、これは夢だ。知っている。身体に負担の掛かる寝方をしているせいで、昔の記憶がフラッシュバックしているのだ、……多分。

「あ、起きた?」

 そんな優しい声が俺の耳をくすぐる。

 目を上げれば、今回は微笑んでいる声の主の顔をはっきりと捉えることが出来た。

 天能ミコト。エリザよりも目元や口の角が少し丸みを帯びており、髪も肩に掛からない程度に短く切りそろえられているが、もしも彼女たちは姉妹だと言われても納得できるほどによく似ている。例えるなら、二人とも造形の美しい同じ形をしたガラス細工なのだけれど、エリザは透き通ったガラスそのものだが、ミコトは透き通った温かな赤い色をしているといった感じだ。

「俺は寝てる」

 そう言って俺は視線を下げ、机に突っ伏したまま答える。

 それに顔をうずめて気が付く。ミコトは制服だというのに、俺は制服じゃなくて、最近よく着ている安物のスーツだ。

「寝ている人は受け答えしません」

「寝言だよ、寝言」

「もう、そんなこと言う人は置いていきますよ」

 俺の軽口に、ミコトはわざとらしく怒ったように腕を組んでみせる。

 姿を見てなくても、そんな気がする。

「それは困る。俺はあの日の答えを見つけたんだ。だからさ、今日はそれを伝えたい」

 俺の言葉にミコトは驚いて演技を解いて一瞬、目を丸くする。

「そう、なんだ」と彼女は小さく呟いた。

 俺は身体を起こす。下半身はまだひ弱で、椅子に座っているというのに生まれたての鹿のようにプルプルと震えている。

 それでも俺はミコトの目をみて言うのだ。

「そうだ。俺たちはきっと道が違ったんじゃない。そんなものは初めからなかったんだって、そう思うんだ。だって本当は同じ風景が見たかった筈なんだからさ。だからさ、お前が一人で進もうとしたのを止めなかったのは、やっぱり間違っていたよ」

 ミコトは目を閉じて、小さく一度、頷く。

「それが、功の答え、なんだね」

「ああ、そうさ。あの時に間違ってしまったから、今回は間違えなくてすんだ。楽しかった過去は戻らないけどさ、悪いことばかりじゃないさ」

 ミコトはゆっくりと目を開ける。それから小さく微笑む。

「なら、今の功には託せると思うからお願いさせてもらうね。あの子と、エリザと一緒にキングメイクウォーゲーム、パンドラを砕いて。あれは変質して、私たちの、ミコト騎士の作りたかった理想じゃなくってしまったから」

「それは…、分かっている」と俺は言葉に詰まりながら答える。

「功は優しいね。でも、これから先を生きていくあなたたちには必要ないもの、いいえ、あれは時代を破壊する思想だから」

「……お前の生きた証だろ?」

 少し戸惑いのある俺の問いにミコトは決して微笑みを崩さない。それが俺の好きだった彼女の強さの源だろう。

「ミコトの騎士の意志たるザ・ワールドが命じます。あの思想を、あの存在を必ず破壊してください。それが私の最後の願いだから。……それに私は功の中で、ずっと生きているでしょう?」

 本当に、こいつには敵わない。夢の中だというのに今だって、まるで生きているようだ。

「分かってるさ。やってやるよ、どうせ俺の信条に触れてくるんだからさ」

「うん、お願いね」とミコトは力強く頷いた。

 その様子をみて、安心感というか、気が抜けたというか、肩の力が抜けて一つ俺の頭に疑問が浮かぶ。

「……前から一つ聞きたかったんだが、いや、一度聞いたかもしれねえけどさ、キングメイクウォーゲームの原点ってなんなんだ?」

 ミコトは小首を傾げる。それから、小さく声を上げる。

「ある天文学者は言いました。人類は星の終わり、一番は恒星である太陽の終わりに備えて、その英知を養わなければならないと」

「いや、屁理屈を言うのは俺の役目だろ」

「もう、前もそれ言ったでしょ?」

「そうだっけ」ととぼける俺に、「そうです」とミコトは唇を尖らせる。

 それから、すぐにふふッと小さく笑って微笑みに戻る。

「もう、成長しない人は置いていて。技術の進歩は文明を容易に滅ぼせることに繋がるから、そんな状況になっても人類全体が間違わない倫理観、特に世界平和を実現するシステム?思想?現在の言葉にない意味を形にするのって難しいね、うーん、そう言ったものを体現させようとしたのが、キングメイクウォーゲームなの」

 と、彼女はとんでもないことを平然と言った。

 呆れた溜息が漏れそうになる。兄弟は知らないだろうが俺は高すぎる理想を知っていた。

「で、それがどうして、キングがウォーでゲームなんだ?」

「キングって言うのはあくまで王様とか指導者という指標で、ゲームって言うのはそっちの方がキャッチーで皆が参加しやすいかなって。どんな人でも参加できるっていうのは目標の一つだからね」

「じゃあ、なんでウォーなんだ?戦争って意味だろ?キャッチ―って言葉からはかけ離れてるよな?」

「それはね、人は争うものだから。なにもかも言葉で解決できる、すればいいって言う人もいるけどさ、言葉も人を傷つけることの力だよね?パワハラとか、セクハラだって発言の占める部分も沢山あるよね?暴力はいけないけど身体と身体をくっつけないなら、ボディータッチはおろかボディーランゲージもないなら愛情表現どころか子供も生まれてこないんだよ。物理的か精神的の違いはあれど、人を傷つけることができるって意味では大筋に違いなんてないからね。だからね、私は正解のない問題を解決しようとしたら、どんな形で人と人はぶつかるものだと思うんだよね。だからこそのウォー、生きることは戦争みたいなものだからね」

 したり顔でミコトは自分の発言に一人納得して何度も頷く。

「だから、ルールが必要だったのか」

「そう、その為のルール。その為の他人と相互作用を行おうとする心。やっぱり、功君は私が見込んだだけあって分かってる」

 と、ミコトは子供のような無垢な満面の笑みを浮かべる。

「大体、人の世に争いやいさかいがなければ、問題の解決方法なんてボノボと同じで誰とでも性交渉して解決することになるんだよね」

「おい、それは、……女の子が言ったら駄目だろ」

 流石に聞き捨てならない下ネタが飛び出てきて突っ込んでしまう。

ボノボとは争う代わりに雄雌問わず性交渉で問題を解決するチンパンジーのことである。まあ、なんというか、争うという非効率なストレスの溜まる行為を子作りという快楽物質の出る行動に置き換えることで子孫繁栄させてきた珍しい生き物で、種族間世界平和を完全実現している稀な動物だろう。

「なんで?生命の神秘だよ。子供が産まれる、育てるなんてことは人類の滅ぶその日までなくてはならない概念だよ。……なんて冗談、冗談。功君は嫌だもんね?」

「いや、お前はいいのかよ」

「私も嫌だよ」

 少し不機嫌が顔に出ていた俺に、相も変わらずミコトは笑みを絶やさない。

「だからね、必要だったんだよ。キングメイクウォーゲームはさ」

 ミコトは小さくため息を吐く。

 彼女の笑みが少し小さくなる。そして物憂げに夕日が姿を消した茜色の空に目をやった。

「ミコトの騎士は、そのためのモデルケースとしての能力者を集めていたんだけどね。でも、やっぱり理解はされなかったな。まあ、それも仕方ないことだけどね。それが性だったんだよって」

 そうだ。彼女の言うとおり、俺たちの力を利用しようとした“新世代”も、俺たちの存在を脅威そして排除しようとした国も、結局は人の性でしか動いていないのだ。

「さそりとカエルの話だな、それがネイチャーだったんだって。でも大丈夫だ、そんなものは杞憂で、世界平和と同じで俺たちが滅びるときは滅びるし、続くときは続くんだよ。だからさ、お前は悔やまなくていいし、俺は俺の手の届く奴を助けていくんだって決めてるんだからさ」

 な、と俺は小さくても、彼女に出来る限り笑ってみせる。

「そうだね。あとは功とあの子に任せるとするね」

 と、ミコトは優しい可愛らしい笑みを俺に返してくる。

 だが彼女は突然、驚いたように立ち上がった。

「あ、ダメ。楽しくて時間が過ぎちゃったけど、あなたの起きる時間だね。ほら、立って立って」

 と慌てて、俺をせかしてくる。

「なんだよ、立たなくたっていいだろ?」と言いながらも、俺はよろよろと立ち上がる。

 今回はなんとか両足で立てた。

「よしよし」とミコトは俺の前に立って小さく頷き、

「背、少し高くなったね」

と言って、背の差を測るように手を頭の上に伸ばしながら微笑む。

「七年の間にお前は低くなったな」と俺はいつものように冷やかす。

「もう、男の子は酷いな。小さくなんてなってません、功が伸びたんです!……私はあの身長差が気に入ってたのに」

 と、少し拗ねたようにミコトは身体を軽く捻って顔を背ける。

「で、せかした割にそれが言いたかったのか?」

「違う違う」とミコトは俺の方に向き直り、

「いつもの」と右拳を突き出してくる。

「ああ、いつものだ」と俺も口角を上げて、右拳を合わせる。

「久しぶりに功と話せて楽しかったよ。時間が押しちゃうぐらいにさ」

 全く、夢の中だというのによく言いやがる。未だにミコトの意志を強く感じるのはパンドラの箱に例えられた能力を借りていたせいだろう。中身が飛び去ろうと開けたという結果は残っているのだと、なんとなく、そう思う。

「ああ、楽しかったぞ。じゃあな!」

「あの子をよろしくね。またね私の、私たちの騎士様。バイバイ!」

……

…………

 六日目は、エリザが体調を崩して寝込んだ。元々、身体が強いというイメージよりも、ガラス細工と言った方が当てはまっているような子供だ。昨日は長時間、春の夜風に吹かれていたのだから、調子を落とすのは当たり前だろう。

 てか、もしものためにマッスルから保険証を受け取ってこないと、な。

 ついでにエリザからは俺お手製の病人食をツバサの作ったものと勘違いされるは、ツバサからは料理が出来ないと思われていたようで病人食だけは美味しく作れるんっスね、と嫌味を言われた。

そりゃそうよ。病人食以外は自炊することなんてほとんどないのだ。体調の悪いとき以外は特に気にして味や材料を気にして料理や食事なんてしないからな。その代わりに市販されている味の濃いものを食べられない状況で、何日も過ごすつもりはないので、体力をつけるために病人食だけは美味く作れる自信がある。

まあ、その日は、マッスルに連絡が着いたのは夕方を回った頃になったために、エリザが大分、調子を取り戻したころになったために結局、病院には連れていかなかった。

次の日、七日目の昼過ぎだ。流石に連日エリザ関連の件で忙しくて、通常業務をおろそかにしていたことに思い至り、俺は気合を入れて事務所の前に立つ。

鍵を差し込んで回すと、デジャブを覚える。

七日間で三回目だ。今度は誰だ。

だが扉を開けて、言いたい言葉が口で渋滞したのは今回だけだ。

「やあ、遅かったじゃないか?久しぶりだね、大成君」

と、中にいた美人な大人の女性、漂白涼子は言った。

エリザも美人ではあるが綺麗という言葉が相応しいだろう。それとは別で、涼子さんは可愛らしいとか、人懐っこいとか、そういった言葉の似あう類の美人だ。顔は欠片も似ていないから、本当に血縁関係はなさそうだ。

彼女は報告書の入ったファイルを開きながら俺の顔を見て、いつものように愛嬌のある笑みでにこりと笑う。

「遅かった、じゃないですよ。どうして連絡入れたのに返事をくれないんですか?どっちが遅いかなんてエリザでも分かりますよ」

「おや、随分とあの子を過小評価しているようだね」

 と皮肉交じりの冗談を真に受けたように、涼子さんは片眉を上げる。

 その後、ファイルを机に置き、俺の目をみてから一考すると、

「まあいいじゃないか。君は、あのファフニールを倒した。それができた。結果としては、こちらへの連絡なんて必要なかったわけだしね。それより君、クロノリーパー君がご立腹だったようだけど、大丈夫かい?」

「メールで殺害予告されただけで今のところ済んでますよ」

 とメールで短く、お前を殺すと送られてきたのを思い出す。

そんな危機感のないこと送っていいのか、公務員、てか警察官。まあ、この世界では許されるんだろう。あいつの辛辣さは、いつものことだしな。

「てか、なんで、あんたが男女のこと知ってるですか?」

「お姉さん、綺麗ですね。連絡先交換しませんか?って言われて以来の仲さ。あ、もしかして、その顔は妬いたのかな?」

「いや、あんたららしくて、ちょっと引いてるんですよ」

 可笑しい。顔の引きつりは感じないのに心情の変化を読み取られた。

「いやあ、そう言われるとお姉さん、照れますね」

 と涼子さんは両手を口元において、可愛らしく照れ笑いで隠そうとする。

いや、美人だから絵面は特に気にならないけど、中身の年齢を知っていると言いたくなることもある。年を考えてポーズを取ってもらいたいものだ。

「ま、それはいいんだよ。こちらが聞きたかったのは、ちゃんとファフニール君に尋問したかい?」

「え、なんで?」

「いや、こちらが言うのもなんだけどね。君の目的でしょ?あの事件の関係者の関係者を探し出すことは」

 質問に質問で返す俺に、涼子さんは小さく肩をすくめて返す。

「あいつの所属は“国民”でしょ。“共生”とは関係ない……」

 と言いかけたところで、俺は思い当たる。

「ああ、そうか。薬袋今日花は“共生”とされているのだけれど、“国民”と協力関係にあったのか」

 多数、それも百を超える人間をゴリラに変身させる能力。そして特定の相手を選べるもの。そんな芸当ができる能力なんてものの方が限られている。

「イッツライト。ま、まだ調べていないようだけど、いま行われようとしているキングメイクウォーゲームも“共生”の助力があって成り立っているからね。……全く、君は少々他人を優先し過ぎるね。まあ、そういうところも好きだよ」

 涼子さんは言いながら、笑みを浮かべた顔をスッと近づいてくる。

 近い、近い。息づかいまで聞こえてくるでしょ。

「……全く。君は、お人好しなんだから、ちゃんと自分の目的を忘れないようにしなきゃ。それとも、先が見えないから諦めたのかな?」

「そんなことはないですよ。復讐なんてものは下らないですが、もし、あの事件に黒幕という者がいるのなら、俺は一発ぶん殴りたいだけです」

「はは、だから君は優し過ぎるんだよ。だからお姉さんが贔屓して、少しだけ教えてあげよう。知りたいでしょ?」

 と涼子さんは俺の耳元に顔を寄せ、

「パイルバンカーは生きている」と呟いた。

「……ッ」

 消えていなくなったはずの親友の呼び名に、俺は驚きを隠せない。

「こらこら、動かないの」と俺の首元に腕を回す。

「今、パイルバンカーは今日花と共に行動している。彼らが何をしようとしているのか、君の興味は尽きない筈だ。どうだい、探偵さん。君が次にやるべきことは決まったんじゃないかな?それとも報酬がまだ足りないかな?」

「そうですね。金が足りません、いくらあっても足りません」

 俺の言葉に、ぷはッと涼子さんは吹き出す。

「全く、君たちの照れ隠しにはセンスを感じてしまう。頑張った褒美に頭を撫でてやろう」

 よしよしと涼子さんは少し背伸びすると、俺の頭を撫で始める。くそ、安心感のするいい匂いが鼻をくすぐりやがる。なんだかんだ、この人は悪魔だぞ。

「子供じゃないんですよ。こういうのは、ちゃんとエリザにしてやってください」

「腹を刀で貫かれてまで、あの子を取り戻してくれたんだろ?これを褒めてやらんで、どう感謝するというんだね?」

「刺されたのは連れ去られる前ですから」

「それでも身体を張った事実は変わらない。過程はどうであれ、そこには文字通り血がにじむ努力と結果がある訳だ。君は褒められることを少しは覚えた方がいい。その方が他人を褒めてやれるからね」

「いや、でも、こういう褒められ方は子供ぽいというか、流石に気恥ずかしいですよ」

 いや、胸が近い。近いというよりも服越しに密着していて気が気じゃない。

「少し屈んでくれないか?君も背が高いわけじゃないけど、女性としては、こっちより背が高いからね」

 相手が大の男だと気にしないマイペースか!らしいちゃ、らしいけど、もう少しこちらのことも考えてくれ。

 とは思いながらも、機嫌を損なわせるのも面倒なので、涼子さんの言葉に従う。

彼女は俺の頭を胸の上に乗せ、なでなでを続ける。

「それでお腹の傷口は大丈夫なのかい?」

「大丈夫じゃなければ、今頃、病院のベッドの上ですよ。一昨日の夜寄った救急で、能力で塞がってるために、手のつけようがないとは言われましたけどね。やろうと思えば、ひっぺがして手術もできると言われましたが、やらなくても治るだろうと」

「そうかい。なるほどね、確かに今、君にベッドの上で寝てられても困るから、それは朗報だ。労災も降ろさなくていいしね」

 それは降ろしてくれ。まだ、定期検診は受けなきゃいかんのだから。もしかして、この流れは金の問題を煙に巻く気か?

 ポーカーフェイスを装っているが徐々に不満に偏っていく俺の顔をみて、涼子さんはクスクスと乾いた笑い声を上げる。

「冗談はさておき、君には頑張ってもらわないといけないからね。ファフニールを倒したとは言え、彼の逃亡は許したわけだし、エリクサー、パイルバンカーもまだ健在な訳だ。まだエリザの護衛をやめてもらう訳にはいかないんだよ」

 あの男女、逃げられてるんじゃねえか!なにが、お前を殺す、だ。盛大に嘆きたいのは俺のほうだよ。

「ま、こっちとしてはファフニールの逃亡は想定内だけどさ。例え、捕まえたとしても、あれの武装解除はできないからね。牢につないでおくのは困難だ。空間操作系や空間移動系の能力者は、その辺りで厄介だよね」

 と涼子さんは言った。いや、他人事のように話すあんたもその一員だからな。

「てな感じのことをクロノトリガーちゃんが言ってらしいよ。こっちとしては逃げられるまでは想定していたけど、あの子が見逃すとは思ってなかったかな。能力の劣る信次郎じゃ、向かってくるのを倒すことはできても逃げるのを追うのは危険だからね。まああれね、君たちは否定するだろうけど、二人ともなんだかんだ似た者同士で性根が優しいからね、逃がしちゃうのも納得かな」

 あれとは似てねえよ。少なくとも知り合いに殺害予告は送らない。犯罪だしな。

「さて、お互いに事後報告は終わりにしましょう。そろそろ、エリザの護衛について君の意見を聞こうか?ソウルガンメタル」

 と、涼子さんは頭を撫でる手を止める。

「キングメイクウォーゲームに関しての情報が少ないので、結論は急ぎたくないですが、相手になる奴らは待ってくれない感じでしょうね。報酬が出るなら続けてもいいですよ。いずれ蹴りをつけなけきゃいけない相手が向こうからやってきてくれるんです。受けない手はないですから」

「そう。なら次も丹精込めて撫でてあげよう」

「いらん。金をくれ、金を。バイトにも給料出さなきゃならんのだ」

「そう言って、さっきから全然離れない癖に」

 涼子さんにからかわれるが、女性、しかも美人が優しくしてくれるのだ。自分から離れる理由はない。

「まあ、それでもいいけど。お客さんだよ、大成君」

と涼子さんは、自分は気にしていないとばかりの口調で言う。

ドアに開く音がしたので、急いで顔を上げる。

そこには知らないメイド服の女性がいた。メイドの売り込み?いや、客なのか?

「おおお、お取込み中のところ申し訳ありません。私、一旦入り直しますね」

 と、メイドさんはドアを締め直し、ドアを律義にノックして入り直すと、一つ咳払いをする。

 て、涼子さん、俺の後ろに回って抱き着かないでください。

「ここは漂白探偵事務所でよろしいのでしょうか?」

 とメイドさんが、いいたいことを堪えた苦悶の表情で訊ねてくる。

「そうだよ。私はオーナー。この子が探偵。大成 功君」

 じゃ、頑張れ。と涼子さんは俺の背を叩くとスッと離れる。

「え、アッハイ」

 俺が涼子さんからメイドさんに視線を戻すと、彼女は顔を伏せ、わなわなと震えていた。

 そして、彼女は一度深く呼吸を行うと、スカートの裾を掴む。

 あ、これはやばい。と、昔に似たような経験をした記憶がちらついた。

「おぉぉおなりぃぃ!」と彼女は俺の名を叫ぶ。

 メイドさんは俺の名前を叫びながら、こちらの側頭部に向かって回し蹴り繰り出す。

ロングスカートで蹴り技を出すとき、相手への目線を切らないために、スカートを押さえるのは過去に一度みたことがある。残念ながら、前回も今回もスカートの奥はみえなかった。

その一撃を予測していた俺は半歩下がって身体を逸らして避けた。予期していなかったのなら、ここまで綺麗に避けることは出来なかっただろうな。

 だが、予想外なことが一つ。

 蹴りの風圧で、事務所に備え付けられている棚のガラス戸が台風でも室内で起こったのではないかというほど音を立てて軋み、コピー機に備え付けられた紙は宙に舞った。

「やめんかい!」

 咄嗟の出来事ではあったが、頭にきた俺は声を荒げて、隙を埋めようと足技を続けて打ち込もうとする彼女の出足を挫き、彼女の両肩を掴むと相手の頭部に向かって頭突きをかます。

 石頭には自信があったが、相手も石頭でこちらも、頭に勢いが響いて額が痛い。

 まあ、相手は目を回しているようだから、総じてオッケイだ。

 と、痛み分けで動きが止まっているところで、どたどたと鳴る足音と共に入り口が開く。

「功、功、大変なのじゃ。……妾の、妾の歯が抜けよった。血も出ておる。なんかの病気じゃ。昨日、寝込んでしまったのは病気のせいなのじゃ」

 上で勉強していた筈のエリザが泣きじゃくりながら入ってくる。

「こけたのか?ぶつかったのか?ほら、ちょっと見せてみ。……あ、涼子さん、この馬鹿を摘まみ出してくれませんか?」

 俺は額をさすりながら、エリザの口の中を確認する。

歯の抜けている位置をみると、小さな白い歯先がチラッと覗いている。

と、俺が話そうとした矢先、俺の手をエリザはすり抜け、おろおろと涼子を探す。

「涼子、涼子がいるのか?医者を連れて来てたもう。大変なのじゃ、妾の可愛い歯が抜ける大変な病気なのじゃ」

 と涙声でエリザは言う。いや、病気じゃねえし。

「姫様、姫様、わたくしめが今すぐに、お医者様連れてきます故、しばしお待ちください」

 と意識を取り戻したメイドは、俺とエリザの間に慌てふためいて割って入ってくる。

「病気じゃねえよ!」

 と俺はメイドの後頭部に肘鉄を落とす。

メイドは蛙が潰れたときの声を出して、地面に突っ伏した。

話を噛み砕くに、このメイドはエリザの知り合いか、なるほどな。

「では、なんなのじゃ」

エリザは地面を舐めたメイドを気にも留めず、涙で濡れた顔で訊ねてくる。

「歯の生え代わりだ。お前が大人に成長していくうちに起こる生理現象の一つだ」

 と俺は当たり前の常識を当たり前の冷静さで語る。

ああ、なるほど、そういえばエリザは義務教育を受けてないから、知識にないのか。こういう知っておくべきことを教えてくれる学校というのはありがたい存在なのだと思うと、なんとなく、これから先が思いやられた。

「そうなのか、妾は病気ではないのか?」

「当たり前だろ?」

 俺がケロッと答えると、泣きべそをかいていたエリザは一つ深呼吸をする。

 そしてティッシュを要求すると目元を拭い、鼻をかみ、

「なるほど妾としたことが少々取り乱してしまったの。さて、いつまで転がっておるつもりじゃ。羽部 朱里(はべ しゅり)よ」

 と普段の傲慢な態度に戻る。

 呼ばれたメイド、もとい朱里は頭を押さえながら、フラフラした足取りでエリザの前にひざまずく。

「不覚にも、この卑劣な色欲魔に思わぬ奇襲を受けてしまいましたが、もう一度チャンスをいただければ、わたくしめは命を賭して、そこの男を排除してみせます」

 なんだ、この馬鹿げたおままごとのようなやり取りは。

とは思うが、会話をしている二人の顔は真剣そのもので、ここまでくると呆れを通りこして笑いが込み上げてくる。無論、嘲笑だ。

「よい。この男は顔やせいへき?はともかく、妾の右腕と呼べるほど腕が立つ」

「は、了解しました。出過ぎた口をきいてしまい、申し訳ありません」

 とエリザが制止に朱里は粛々と頭を下げる。

だというのに、エリザは少し不満そうだ。

 やめとけ。今のは、お前にセンスがなかっただけだ。

「どうかなさいました?」

「いや、よい。それより久しく顔をみておらなかったが、健在であったのか?」

「その……、申し訳ございません。姫様という主がありながら、土小手様の下で少し奉公しておりました。お恥ずかしながら、姫様が蒸発してからというもの教団は瓦解して、わたくしめは姫様を探す中、“国民”などという教団以外の集団を作るまでならまだしも教義に反する行いをする忌々しい糞ドラゴンと仲たがい…、いえ方針の違いで別行動をしておりましたら、腹を空かして目を回してしまい、そこを土小手様に助けて頂き、恩を返さねばならぬと行動しておりました」

 と、朱里はへこへこと頭を下げたり上げたりしながら答える。

なんだ、このへぽっこメイドは? いきなり蹴られそうになったのは許せないが、それもただの残念なところからきていると思うと、ちょっと可愛くみえる。時折、エリザの見え隠れする残念な所も、一緒に過ごしていたこの人からきているのかも知れないと考えると、感慨深いものがある。

「なら、土小手とやらが功を襲えと言ったのか?」

「いえ、違います」

エリザの問いに、朱里は苦虫を食い潰したような露骨な顔で否定する。

「ただ、姫様を攫ったのが大成 功と小耳に挟んだもので、偶然、土小手様が口にしていた優秀な探偵様が、まさかこのような間抜けな顔をした色情魔とは思いもよらず。……確かに変わった探偵様とは言われておりましたが、いえ、しかし、今回はわたくしめの落ち度とも言えるので、……申し訳のしようもございません」

 と、流石の朱里も全面的な非を感じたようで頭を上げずに答えた。

 いや俺って、そんな変な感じに見えるのか?全然、思い当たらないこともないが、考えられる以上に酷い言われ方で悲しいぞ。

「なるほどの」とエリザは得心を得たように頷く。

「ならば、お主が持ち込んだ事件を、この功が解決すれば二つまとめて問題解決じゃな。功が我が右腕として相応しいか、お主は見極めるがよい」

 いつお前の右腕になったのかという疑問は二度目の発言だから置いておくとして、エリザの言うことも一理あるのかも知れない。生理的に受け付けない顔でも、変態でも、それに見合う実力が備わっていれば存在が許されるものだ。全裸で生活しているような人間がいたとして、公的な人目に付かない状況と、全裸で生活していることを気に留めない人手を雇うだけの金があれば、世間的には許される筈だ。勿論、そんなことをできる人間がいるかは別の話である。

「て、待て待て。なんか勝手に話を進めてるが、探偵としての仕事なら、ちゃんと依頼料は取るからな」

 と俺はエリザたちの寸劇の勢いに流されそうになって、慌てて釘を刺す。

なあなあでタダ働きなどさせられたりしたら堪ったもんじゃない。

「探偵とは趣味で事件に首を突っ込むものじゃないのですか?探偵を取り扱っている作品で代金を受け渡しているシーンをみたことはないのですが?」

「そりゃ、フィクションだろ!」

 と俺は疑問符を浮かべている朱里に突っ込んだ勢いで頭を抱える。

「金は?もしかして持ってないとか言わんだろうな」

「恩を返すのに、賃金などせびるなどおこがましい。あなたもエリザ様に仕えていながら、金、金、金とエリザ様の騎士、まして右腕として恥ずかしくはないのですか?」

 と朱里はこちらを論破したとでも言わんばかりのすまし顔で答える。

このポンコツ、本当にどうやって生活してきたんだ。

「あー、ちょっといいかな?」

と、事務所の奥の席に退避して、頬杖をつき、様子を眺めていた涼子さんが口を開く。

「なにか勘違いしているようだけど、お金ってのは元来、信頼で成り立っているものなんだよね。じゃあ、お金イコール信用と考えてルールに則って集めようとすることの何がいけないのかな。それともお金に信用がないとうのなら、こんなものは、ただの絵が描かれた紙切れだからさ」

 そう言うと紙幣を二枚取り出すと振ってみせる。片方はこの国の低額紙幣、もう一枚は、戦争で消えた国の紙幣、いや、もうただの紙幣だった紙切れである。

「ロハで人助けっていうのは、確かに耳障りはいいかも知れないけどね。でも、それは信頼にも信用にも値しない、価値のないものと言っているものなんだよね。こっちの紙切れと同じで。特にね、こっちはそれを商売と生活をしているんだ。こちらに代金を支払うほどに信用してもらえないのなら、他を当たるべきじゃないかな?」

 まで言ったところで涼子さんは、困り顔でうだうだと言い返そうとするが口ごもる朱里をみて、机に両手をついて立ち上がる。

「しかし、しかしです」

と涼子さんは少し言い淀み、顔を上げると柔らかな営業スマイルをみせる。

「それではあまりにも、お金を持っていない若い方が可愛そうです。ですから、お金がないなら若者の労働による返済は大歓迎ですよ。こっちは自営業なので飲食店と違って、面倒くさい法律の縛りはありませんので。若者にだって、なくしてしまった、あるいは見つけ出したい大切な人、思い出の品はあるでしょう。そういうときの処置もこちらは考えているのです」

「本当ですか、それは助かります!」

 涼子さんのあからさまで少しハイテンションな通販のような営業トークに、表情を明るくした朱里は飛びつく。

 俺が言うのもなんだが、お前、そんな手のひら返しのような言動の三門芝居に、内容も確認せずに飛びつくような生き方でいいのか?

「じゃ功君、オーナー命令だ。お仕事、頑張ってね」

と涼子さんは、にっこりとした営業スマイルで言い放った。

仕事の内容も報酬も聞かずに、お前ら本当に危機感がないな。

……

…………

 で、だ。

 まだ陽の高い土曜日。喧騒から少し離れた住宅街の路地の一筋。

「どうして、あたしが野犬の群れに追われているんですか!」

「俺も一緒だ!安心しろ!」

 驚愕の声を上げる必死の形相のツバサと並走しながら、同じく必死の形相の俺はエリザを小脇に抱えて、路地を全力疾走していた。

 この状況に陥るまでに何があったのかと言えば、ツバサが顔を出してから、犬をみたいと言い出したエリザを連れて、迷子犬の捜索を開始したのである。そして前回のこともあって写真を頼りに似ている犬を総当たりしているといつのまにか野犬に囲まれている状況になっていたのだ。この世界の保健所は仕事してくれ!

「そもそも、あの犬そっくりじゃねえって、先生が確認しようとしたのがいけないんでしょうが!」

「お前も乗り気だっただろ!」

「助手たるもの先生の顔を立ててこそでしょ!」

「今ので泥ぬっただろ。いい加減な減らず口ばかり並べやがって、能力使って変身して、あいつら抑え込めよ!」

「嫌っスよ。あれどうにかしようとしたら、服破れるぐらい完全に変身しなきゃならないでしょ!」

「くそ!やっぱり、さっき情報の代わりに魚を要求してきた黒猫に魚をあげるべきだったか!」

「猫が喋る訳ないって突っぱねたのは先生でしょ!代わりに身体の一つ二つ張ってくださいッス!」

 そう俺とツバサが言い合ってところで、エリザはか細い声を上げる。

「功、功、お主よ……。頭が揺れて、腹に変な力が掛かって気持ち悪いのじゃ……」

「抱えてるだけでも重いんだよ、ちょっと我慢してくれねえか?」

 などと脇目も振らず路地を全力で走っているところに、子犬を抱えたルコがわき道から顔を出す。

「あ、ツバサ!犬見つけたよ。マイクロチップからも確認取れました!」

「でかしたぁぁあ!」

 そう俺とツバサは声を合わせて叫ぶ。

「じゃあ、あとは先生に任せました!ルコ、逃げますよ」

「ちょ、ちょっと待ってぇぇえ!」

 言うが早いか、ツバサはスパートをかけ、状況に取り残されているルコの手を引っ張り、神速の逃げを決めた。

 流石、身体強化型である。俺ではエリザを抱えている状況で、あの速度は出せない。

「ということだ。こいつら全部、ぶっ飛ばしても構わないってことだからな。エリザ、力を貸せ!」

「分かった、勝手に使ってよいからの。少し、降ろしてくれ」

「お前ら、さっきはよくもズボンのケツ破ってくれたな。全員?全犬、保健所送りだ!」

 鎧を展開し、エリザの能力を行使して、野犬共を空気の壁で吹き飛ばしていく。

 そんな、いつもの探偵業を行う日常が帰ってきた。いや、少し騒がしくなっていやがる。

 それが暫しの安寧なのか、あるいは永劫なものなのか、はたまた嵐の前の静けさなのかなど、その時の俺たちには興味がなかった。

 だって、俺たちは危機感が足りないのだからな!

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