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僕には安牌の切り方が分からない  作者: デスモスチルス大佐
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第1話 僕には東を切ることさえ恐ろしく感じてしまいます

 僕の人生のパレットには、もう既に黒く汚い固くなった絵の具しか残っていなかった。

 パレットに残った絵の具は時が経つにつれ固くなり、パレットにこびり付く。それは次第に水ですら洗い流せなくなる。そうして使えなくなったパレットはゴミ箱に捨てられる。

 しかしその絵の具は、道具が1つでもあればそれは洗い流せる。

 僕はその道具を探している。1度失ってしまった道具を。


 20XX年春、僕は中学生という舞台を卒業し、高校生という新たな舞台へと足を運んでいる。

 しかしそんな嬉しい事でもなく、新たな環境になるということは、僕がその環境に適応しなければならない。クラスの雰囲気やら何やら全てを理解しなければならない。それはとても面倒くさく、疲れる行動だ。

 しかしそれをしなければ、僕の高校生活の安泰は訪れない。

 別に華のある高校生活を送りたい訳では無い。普通に友達と喋って、普通に行事に参加して、普通に大学へ進学する。それが僕の求める高校生活である。


 【私立GS高校】ここで僕は高校3年間を過ごすこととなる。

 入学式では校長らしき人が何やらブツブツとお経のような長い話をしている。

 当然のように眠気が襲ってくる。僕はその力に抗うことは出来ず、瞼はそっと閉じた。


 ジャラジャラとまるで麻雀牌を混ぜるような音が僕の目を覚まさせる。


『あれ......ここは?』


 上空に設置された電球の光が僕の目に突き刺さる。僕は咄嗟に目を閉じる。

 目をつぶっている間、僕の手は色々な情報を与えてくれた。

 まず椅子に座っているということ、そして目の前には机らしきものがあるということ。

 僕が目を閉じてから数秒後、再び目を開けると視覚が、僕に情報を与えた。

 どうやら僕は麻雀卓についていたようだ。


 そうなると、ジャラジャラ音は理解できた。

 しかしその場の状況は理解できなかった。

 そして僕の焦りとは裏腹に対面はボタンを押しサイコロを回す。そして山が出てくる。

 僕はその状況を飲み込めないまま、牌を取っていく。


【東一局0本場 ドラ五萬】


 僕の目の前に牌が13枚並ぶ。配牌は悪くなく、既に二面子が完成していて雀頭もある。残りも両面待ちが1つ出来ている。

 くっつき次第ではドラも使えるので更に僕の期待は高まっていった。


 親は第一打に九索、そして上家は一筒を切っていく。

 僕はドラの五萬をツモる。切る牌だが東を親に鳴かれるとタブ東の2翻がついてしまうが、自分も押したい手なので、ここは広く受けられ、浮いている東を切ることにした。


 そうして東に指をかけ切ろうとすると、何故だか知らないが全身に寒気が走った。僕の本能がこの牌を切ってはいけないと呼びかけている。そうして額から汗がポタリと落ちる。

 そこで僕の脳や体は動くことを停止した。

 

 僕が東に指をかけてから何秒経っただろう。時計の秒針も聞こえないこの環境は僕にとって地獄そのものだった。

 この東を切ること自体別に悪い手ではないはずだ。それなのに僕の本能はそれを拒む。

 まるで何かを思い出させないように。


「はぁはぁ」


 恐らく第一打で東を切る時に、ここまで緊張する選手は世界中を探してもいないだろ。

 僕は一刻も早くこの時の中から解放されたく、力無き手で東を掴む。

 その最中でも本能は東切りを拒む。やめろやめろと僕の脳を揺さぶってくる。

 

 しかし何故そこまで本能がこの牌を切ることを拒むのか理解できなかった。

 やがてその考えは好奇心に変わる。人間らしい性格の表れだ。しかしそれは人間の嫌な部分でもある。

 僕の手は確実に動き始めていた。


「いやぁぁぁぁぁ」


 声に出てたかは分からない。そんな声を上げながら僕は手に持っていた東を卓上に叩きつけた。


 あまりに強打だったのか、周りの人間は少し動揺していた。特に上家と下家は僕の顔を見ていた。

 しかし対面だけは僕が切った牌をじっと睨みつけていた。そして一通り見終わったのか目線を自分の牌に戻す。


 「ロン」


 僕の叫び声とは真逆の落ち着いた少年の声が対面から聞こえてきた。

 どこか懐かしい声に僕は目線を牌から対面に向ける。


「え.......」

 

 思わず声を漏らす。それと同時に視界が傾いていることに気づく。


「48000点です」

 

 軽い笑顔を向けながら点数申告をするその少年は、死んだはずの僕の親友だった。



 

 


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