無理なものは無理と言えばいい。
「あんた!カイトの話きいてたの?!!逃れられないのよ王様から!!処刑されるのよ!!」
隣から女性が大きな目を見開いて叫んだ。
キーンと耳が痛い。
ミユウ、落ち着けよ、と海斗が諫める。
「だってほら、君らの能力だとたぶん王の兵士が束になっても敵わないわけじゃない?その仲間もなんで素直に処刑されたかわからんが何も処刑されることはなかったわけだ。
それに君自身が言ったじゃないか。容姿は変えられる。」
え、あ…と海斗は言葉に詰まった。
俺は続ける。
「ぶっちゃけこの世界のことはこの世界の住人が解決する問題だと俺は思うわけ。だっていきなり呼ばれて説明なく野生生活させられたしね。俺、妻さえ生きてりゃいいかなって思うんだわ。
なのになんで君1人が世界の全てを背負う必要がある?おかしいだろう?」
「いやでも…俺しか魔王はたおせな…」
「そこだよ。なぜ魔王になるのか、それは絶望するからだ。なら絶望させなきゃいいんだ。」
へぁ?っと変な声が出た。
「なんのための王政だ、王が一存で決められるならば決めて貰えばいいんだ。異世界の人間を手厚く保護しろって。それだけでずいぶん魔王は減るはずだ。
そこらへんで暇してる王の兵士に見廻させれば異世界から人間が来たなんてすぐわかるだろう。
家を与えカウンセリングをし、トラウマを刺激しないようストレスを解消し、ある程度の仕事をさせる。基本的人権の尊重だよ。それだけでいいんだ。」
「で、でも魔王化する可能性のある異世界人を街中に住まわすってリスクがあるんじゃ。」
「まぁあるはあるがね。だから異世界の人間の組合を作ればいいわけ。自分が言ったじゃないか、望めばいいって。その中の1人くらい魔王を倒せる人間がまた出てくるかもしれない。そうすれば分担はできる。」
海斗君!と俺は叫んだ。
はい!っと海斗はびくつきながら返事をする。
「君1人が背負おうとするから無理が出るんだ。実際君は最早魔王化する手前だ。これ以上は無理だ。無理ならば打開策を考えるべきだ。どうしてもダメなら逃げる。
俺が最初そうだっただろう?逃げるのは悪いことじゃない。君を信じてついてきてくれた仲間を守るためには、逃げることだって重要だ。」
有名RPGのコマンドだって逃げるはあるんだ。
ましてや17歳の彼がコマンド戦うだけは酷すぎる。
「簡単にいうけど、実際それをするには王を動かさなきゃいけないわけでしょう?無理よ。それに容姿を変えたところでこの国でよそ者はまず受け入れられないし勇者失踪と同時によそ者が来たんじゃ怪しすぎる。」
現実的じゃないし貴族にもロクなやつがいないしね。と美優は呆れたようにため息をついた。
「そんなことはないさ。今考えるあるだけでも解決策はいくつかある。」
ちょうど紙とペンが用意されていたので拝借する。
こういうのは久々だな。
「まず1つめは手っ取り早く王様を倒して自分が王位に就く。」
倫理的にはどうかと思うが、力の差からいったらこれが一番だろう。
リンが絶対止めるから俺はやらないけどね、と一言添えた。
妻がすごい顔でこちらを見ていたからだ。
しかし、日本語で書いているつもりだが、確認するとジャージも読めるらしい。どうなっているのだろうか。
「2つ目はさっき言っていた貴族や兵団の有力者を使う。これのデメリットは時間がかかること。今の現状ではこれもお勧めできない。」
「結局だめじゃない。」
はぁ、と美優がため息をついた。
海斗は続けてください、とこちらを促す。
「3つ目は文字通りこちらの人間を使う。彼らの自尊心を取り戻して、異世界人と共生させるんだ。」
ここまで来たら誰も驚かない。学生ならば集中力が消えるあたりか。
「ところで、この世界と地球の決定的違いはなんだろう。」
4人がまた変な顔をする。
「え、あ…異世界人がいる?」
「もしかしたら俺らが地球にもいるかもしれないだろう?」
先生モードだなぁと妻は呟いた。
「人種の隔たりがないな!」
「アメリカ人らしい考えだな。でも人種自体が少ないからかもしれないぞ。」
「魔王が出るのは?」
「まぁ決定的な違いではあるけど、そこじゃなあなぁ。」
俺はこの世界の見た目がおかしいと思う。
「へんなんだよここの自然。自然なのに不自然なんだ。なぜ開拓されていないはずの街の外は見通しが良く、豊かで草食動物が豊富な森があるのか。
気候として草原のみがあるのがまず解せないし、森の中に草食動物だけがいるのも気になる。
元来草食動物は肉食と違って子の数が調整されない。食べられて初めて調整されるんだ。なのに街の付近にそれらしい肉食動物はおらず、草食動物が食べ物を食い尽くすこともない。畜産業は肉食獣に襲われる心配がないため安定供給されている。なぜだ?」
山がないのに水は豊富、矛盾しているだろう?
「ならば、こう考えるのはどうだろう。街の人たちがそれを望んでいる。俺たちと違って彼らの能力は微力なものが多い。だが、微力でも集まれば強大になる。みんながみんな豊かな生活をしたいという気持ちがあったら自然もねじ曲がるんじゃないか。」
「だとすれば魔王を生み出さないように願えば…生まれない可能性はある。」
「そう。今は君が討伐しているし街に被害はないからみんな望まないんだ。だったら望ませればいいんだよ。」
さて、そうするためにはどうしようか。
数ヶ月後、魔王討伐を終えた勇者のパレードが行われた。
今回は勇者の希望により、街の広場で王より褒美を賜ることになった。
「今回もよく倒してくれた。ここに褒美を授ける。」
「ありがたき幸せ。」
勇者が跪き、綺麗な箱を受け取った。歓声と、拍手が広場に響いている。
その瞬間、広場の周辺から大きな破裂音がした。
破裂音は広場の周りをぐるりと一周する。
驚いて逃げようとするが、何か壁があって広場から誰も出られない。
何事だ!と王国騎士団の団長が叫ぶ。
次の瞬間、黒い塊が飛んできた。
地面にヒビを入れ、飛んできた塊はゆっくりと立ち上がり、人の姿をなす。
よく見ると黒い衣装に恐怖を煽るような仮面を被った人間が、そこに立っていた。
「何者だ!」
団長と兵士たちが剣を抜くが次の瞬間その黒い人間に吹き飛ばされる。
近くにいた兵士達はあっという間に吹き飛ばされて倒されてしまった。
悲鳴が上がる。
群集が各々逃げようとするが動けない。
黒い人間はそのまま王の下へ近づいていく。
「魔王か。王よ下がってください。」
勇者が剣を抜いた。魔王を初めて見た群集達は恐怖に顔を歪めている。
「皆さん、大丈夫です。俺の聖剣があれば魔王は消滅します。」
勇者は光る剣を抜いた。
傲慢さはない勇者の言葉に、群集が安堵の方に向かった。
やはり勇者がいれば大丈夫、そう思った時
黒い男に切り掛かった勇者の剣が、折れた。
「…え。」
勇者がそう小さく言葉を発した瞬間、勇者は横に吹き飛ばされた。
群集がまた恐怖に染まる。
「この時を待っていた。」
黒い男が口を開いた。
「平和にあぐらをかき、勇者に頼りきり、兵士は堕落し、勇者が疲弊するこの時を待っていた。」
ふふふ。と黒い男は画面の下から不敵に笑う。
「勇者な無効化された。己らが勇者に頼り切った結果だ。もう私を止められるものはない。まずは王を殺し、ここを制圧する。」
「まて!まってくれ!なぜこんなことをする!金が欲しいなら…」
「魔王が金でつられると思うか。」
呆れたように呟いた。
王の前に光るナイフが刺さる。
ひっ、と王は腰を抜かした。
「お前たちはいつもそうだ。的外れなことばかり気にし、本当に大切なものを見ようとしない。
勇者が無効化されたのはなぜだ。お前たちが私たち魔王を理解せず、全て勇者に投げつけていたせいだろう。誰も勇者のことを気にせず、ただ成果のみを喜び、こうなるまで放置したのはお前たちだ。ただ望めば我々など生まれないのに、面白いものだ。」
口が滑ったわね、魔王!と誰かが叫んだ。
いつの間にか勇者の仲間が魔王の前へ立ちはだかっている。
「聞きましたか、皆さん。魔王は皆さんの祈りで消滅します!皆さん魔王が消滅するよう祈ってください!今の勇者は戦えません!皆さんが勇者を助けてください!!」
何を言っているのだ!と王は叫んだが、仲間は怯まない。
「王よ、あなたも同罪です。本来勇者はここまで戦わなくてもよかったのです。全員が望まなければ魔王はつくられない。だのに貴方も我々も勇者がやるだろうと心にも思わなかった!この結果がそれなら今度は我々が勇者を助ける番なのです!」
1人の少女が彼らの前に立った。
「私、勇者さんに助けてもらったことあるの。転んだら、優しく起こしてくれて持ってた飴をくれたの。今度は私が助ける番なら、いくらでも祈る!」
私も、俺も、と民衆が立ち上がった。
最終的に祈りは群集全体に及んだ。
魔王が少しずつ、不安定になる。
「やめろ、お前たちの黒い感情をよこせ。やめるんだ!」
どん!!と大きな音がし、爆発したかと思うと、魔王は消えていた。
勇者の仲間が勇者を起こし、魔王がいた場所を確認する。
「皆さん、皆さんのおかげで魔王は消滅しました。」
今までにない歓声が、広場に響き渡った。