リスタートからのリスタート
最初に少しジュースを無料配布したおかげかあっという間にカゴの中のリンゴがなくなっていく。
最初は見たことのないものを受け入れられない人々も一度受け入れると流れが早くなる。
妻が子持ちを狙って無料配布してるのも功を奏したのだろう。
子供は甘いものが好きだ。
「これ、なんていうの?」
「リンゴをごりごりに潰したジュースです。」
「ご、ごりごりつぶした?」
妻よ、その言葉のチョイスはどうかと思うぞ。
「素敵な飲み物ね。いつも出してるの?あなたお名前は?」
「屋台は2日に1回出してます!名前はリンゴと同じリンです!」
…俺は知ってるぞ、君が椎名林檎のファンだということを。
かくいう俺もジブリだけど。
心の中で突っ込んでばかりいないで販売の方も手伝うかな。
正直俺は他人と会話すること自体あまり得意でないがだからといってたまにばかりやらせるのも良くはないだろう。
手作りのジューサーを樽の中に用意しておいた水で洗い、俺は妻の方を向き直った。
驚いた。本来大通りから外れているはずのこの通りに勇者の凱旋用の馬車が止まっている。
どうやら妻の持っているジュースに興味を持った勇者が飲みにきたようだ。
「これはジュースというのですか?」
「はい!リンゴを目一杯潰して作りました。リンゴがお好きとのことでしたがいかがですか?」
「ああ、とても美味しい。あなたの名前はリンさんでしたね。あそこにいるのは」
「私の夫でポルコと言います。」
次の瞬間、妻の営業スマイルが消えた。
俺は妻の方へ走る。
妻のガード魔法は少し間に合わず、自分の硬化した部分に当たった。
彼女がまともに食らっていたら命が危なかっただろう。間に合ってよかった。
「お客様は神様ですが店員の生殺与奪権までは持ってませんよ。」
「…やはり魔王候補でしたか。」
俺のギリギリのギャグに勇者は噛み合わない返答をした。
右手には光る聖剣と呼ばれるもの。
そしてえぐれた地面があいつの破壊力の高さを物語っている。
そして今、漸く事態を飲み込めた群集のあちらこちらから悲鳴が上がる。
「ポル?!大丈夫?!怪我してない?!」
「大丈夫、硬化させた場所だけだ。」
妻は俺を見た後辛そうな顔で屋台を見た。先ほどの勇者の攻撃で破壊され、残っていたパンとリンゴが散らばっている。
「どうしてこんなことをしたんですか。私たちはちゃんと許可ももらって商売してただけですよ?」
妻の声に勇者はふんっと鼻を鳴らした。
「君たちは異世界からきたのでしょう?名前のチョイスからして日本だ。違いますか?」
よく見ると、勇者も黒髪とダークの瞳だ。その情報からわかると言うことは、おそらく彼も日本人なのだろう。だのに何故か俺らに敵意を向けている。
「だったらなんだっていうんだ。」
勇者の後ろの馬車から男女2人が出てきた。
男の方が変に笑いながらこちらに向かって叫んだ。
「異世界からきたやつ、特に日本人は魔王になる前に殺しとかなきゃいけないんだよ。」
はぁ?!
意味がわからん!
しかし意味を聞いたところで答えてはくれなさそうだ。
後ろから勇者の仲間が出てきて構え始めた。
「女の方はかわいいのにもったいないな。」
「ジョージ、異世界人よ。それに下品なこと言わないで。一応貴方も勇者のパーティーなんだから。」
ロングヘアーの女に言われ、ジョージと呼ばれた方は肩を竦めた。
1人だけアメリカンなドラマに出てくる俳優のようだ。実際、彼は日本人ではないだろう。
日本人以外も異世界に来ている。当たり前だが初めて目にする事実だ。そもそも、自分以外に「こちら」以外の人間を見たのは初めてだった。
ーさて、どうしたものか。
正直自分の硬化には自信がある。先ほどの勇者の攻撃くらいならヒビひとつはいらないだろう。
だがこんな街中で戦えば被害は確実に出る。特に勇者、あとジョージと呼ばれた人間は割と凶悪そうな武器を持って殺意を相当放っている。周りのことなど考えて戦う人間には見えない。
正直街の人間がどうなろうと俺はどうでもいいが、妻はよしとしないだろう。
妻が肩に手を乗せて何か唱えた。どうやら考えは同じらしい。
「悪いけど、一度死んだと思ったからって殺されてもいいとは思えないな!」
俺は妻を背負って大きく跳んだ。予想通り彼女が唱えていたのは「身体強化」。あっという間に家の屋根に乗った。
「逃げるぞ!」
勇者の声が聞こえ、次の瞬間、何か閃光のようなものが掠めた。が、気にせず走り続ける。
あの屋根の高さからの射程を考えると、掠めただけでも相当的を絞らないと無理だ。自分たちに当たることはまずないと踏んで屋根伝いに登ったのにそれができるとなるとかなりの実力者たちだろう。
逃げて正解だ。
と思ったらさらに追撃が来た。後ろを振り向くと、勇者、ジョージの順に屋根を飛び、こちらに走ってきている。
あの様子だともう1人の女性が補助魔法を使えるのか。
こちらは攻撃方法がほぼない。追いつかれれば不利だ。
「リン、確か今日配達があったよな?」
「え?!今それを言う?!パンの材料は届くけど屋台の日と被ったから裏口において…あ!」
行くぞ!と俺は屋根から飛び降りた。
「ジョージ!路地に行ったぞ!撒く気だ!」
「見た目より厄介な奴らだな!」
2人が路地に降りてくるのが見えた。
この細い路地で撒こうと思っているらしい。幸いパレードのおかげで人影はない。
馴染みの道が見えてきた。
案の定裏口に大きな小麦粉の袋が幾つかある。
俺は腕を硬化させて思いっきり袋を引き裂いた。
「煙幕か?!」
「わぁお!子供騙しだな!」
まぁ確かに子供騙しだ。
「リン!行け!」
「はい!」
妻が小さな火を出した。
次の瞬間、耳がおかしくなるくらいの爆音。
俺たちは爆風で吹き飛ばされた。その勢いのまま、体制を立て直して走り出す。
うまく行ってよかった。粉塵爆発できるかは賭けではあったがうまく足止めできたようだ。
「このまま街を出るぞ!忘れ物はないか?!」
「ない!!」
そもそも身一つで「こちら」にきたから愚問であった。
走っている間様々なことが駆け巡った。
なぜ自分たちはこの不思議な世界にいるのか。
魔王とは何か。
なぜ勇者が日本を知っていて、なおかつ俺たちを殺そうとしたのか。
答えは出ない。でも一つわかるのは
「また身一つからやり直しだな。」
俺は少し力なく笑った。
「大丈夫、今回も生き残れたよ。」
妻がいつも以上に力強く言った。
また俺は、妻に救われた。
はじめまして。少しずつ書いていこうと思っています。
メンタル弱めですがよろしくお願いします。