第5話 教室からの出撃
その後、エクレールはラピス姫――瑠璃の今までのことを語り始めた。
(ラピス姫は魔法界という異世界にあるサンステイの皇女、第3位王位継承者でした。姫は3歳の頃に起こったクーデターで親族を皆殺しにされ、唯一の王位継承者となりました。そして、女王との約束で先代の剣聖ライトニングは姫と共に物質界に亡命してきたのでした――と、聞いていますか?)
恭平は自分の席に座り、黒板の内容をノートに書き写している。
休み時間は終わり、1時限目の授業が始まっていた。
「ああ、聞いてない。瑠璃さえ守れればいいから、深いところには足を突っ込むつもりはない」
(いきなり契約したことを後悔しました)
「で、なんで突然姿が見えるようになってる?」
恭平の目の前では昨夜みた金髪碧眼の女性が宙に浮いている。しかも後ろの黒板の文字がうっすら透けて見えている。
恭平はエクレールを邪魔に思いながら黒板を見る角度を変えていた。
(それはですね。私のように美しいものが見えないのは恭平にとって損失ですから)
「そんなもんは損失にならん」
(そうでした。恭平はロリコンでしたね)
「誰がロリコンだぁッ!」
勢いあまって立ち上がり叫んでいた。
周囲の視線が恭平に集まり、教師が口を開けてこちらを見ている。
周囲を見回してから教師を見つめた。
「すみません。ちょっと守護霊が悪口を言ったので」
「そ、そうか。守護霊とは仲良くするんだぞ」
教師の許しが出たので、恭平は何事もなかったかのように着席する。
瑠璃が軽蔑の眼差しを向けていたが、そのまま再び黒板を書き写す作業に戻った。
(あれだけで済むのですか?)
「まあ、いつものことだからな」
(いつものことですか)
教師の声とカリカリとノートに文字が綴られる音が教室を支配する。
受験生という立場もあり、皆授業に集中している。
そんな中、エクレールだけだ宙を漂いながら、色々な人の教科書やノートを眺めていた。
(はっ!)
突如、エクレールは窓に顔を向け、真剣な面持ちの顔を作った。
「どうした? もう飽きたか?」
(恭平、刺客が現れました)
「そう、刺客ね――」
何かに気が付いたのか、シャーペンを動かしていた恭平の手が止まった。
「うぉおい! マジか!」
大きな叫びと共に恭平は立ち上がる。
そのようにまた視線を集めることになった。
「ど、どうした、児玉。あれか、暴力か? それとも学級崩壊か!?」
恭平の奇行に教師はたじたじだったが、恭平はそんな教師に向かって手を上げる。
「トイレに行ってきます! 大きい方なので時間がかかります!」
それだけ言うと、恭平は勝手に教室から出ていった。
「それで? どうすればいい?」
廊下に出てトイレに向かいながら、宙に浮き恭平の後に続くエクレールに現状を確認する。
(昨日の公園に出現しました)
「なんだよ、驚かせるなよ。わざわざ教室から出た意味がないだろ」
急ぐ理由がなくなった恭平は足を止める。
(いいのですか? 昨日のように正体不明の物体がそこかしこを徘徊して、ラピス姫を狙っているのですよ。いつ何が起こるか分かりません)
1度止まった足が、再び動き始めた。
踏み出した足は力強く、迷いはない。
「じゃあ、どうすればいい? 歩いていくには時間がかかる。それに、いつまでも教室を空けることもできない。卒業まで大便大王と呼ばれたくはない」
(注文が多いですね。教室に関しては何とかしましょう。とりあえず恭平が席にいると認識させる魔法を使います)
エクレールが言うと、恭平から伸びていた影が立ち上がり教室へと歩いていく。その奇妙な現象に恭平は目を大きく開けた。
「これが魔法か……すげーな」
(魔法「人影」その場に対象人物がいる気がする認識を操作するものです。ただいるような気がするだけなので、話しかけられたりしたら気づかれるでしょう)
「教師に指名されるか、休み時間になったらアウトか……その前に戻らないとな」
恭平は足を速めつつあったが、ピタリと止めた。
「どこに行けばいい?」
(時間がないのでしたら、屋上などどうでしょう)
校舎の屋上は当然立ち入り禁止になっている。
このご時世に屋上を開放しているのはフィクションくらいだ。
「とにかく行けばいいんだろ」
止めた足を再び動かし、屋上入り口のドアまでやって来くる。
そこは当然「立ち入り禁止」と書かれた標識があった。
「どうする?」
(壊します。今の恭平なら強行突破も問題ありません)
恭平はドアノブを握ると思い切り回す。
ガキンという金属が弾ける音がすると、入り口を塞ぐドアが開いた。
鍵が壊れ、ドアノブまで壊れた。このままではまともに閉じることもできない。
そんなことは気にせず、恭平は屋上へと足を踏み入れた。
「何もないな」
屋上を囲むフェンスもなければ、コンクリートの床しかない。
「何をすればいい?」
(空を飛びます。その前に身の守りを固めましょう)
エクレールの言葉に恭平は首を傾げた。
空を飛ぶのと、守りを固めるが線で繋がらない。
(まずは防御力を上げるために鎧を召喚します)
「鎧?」
(そうです。やり方は鎧を強くイメージしてください。種類は問いません)
恭平は言われるがまま目を閉じると精神統一を始める。
鎧――すぐにイメージできたのは、昨日倒した空っぽの鎧。
すると、金属が擦れる音と同時に全身へかかる重力が増ました。
手足を見ると、その正体が鉄製の鎧だとわかる。しかもすでに身につけた状態で現れたのだ。
「おー……これが、よろい……って、くさっ! めちゃくちゃかび臭い! 何これ!」
視界を狭めていた兜を脱ぐと大きく深呼吸した。
(随分とほったらかしでしたから)
「……この兜、捨てていい?」
(頭部は1番の弱点なのですから、必ず被ってください。それに、ラピス姫には秘密にしたいのではないですか?)
図星を突かれて恭平は少し戸惑う。
瑠璃に対してこんなことを知られたくないという気持ちは大きかった。
「分かったよ。被るよ」
臭い兜を被り、準備を万端にする。
「次は?」
(空を飛びます。空を飛ぶイメージを描きながら、ここから飛び降りてください)
恭平はエクレールの言葉をかみ砕いて、1言1言を理解していく。
「まって! 飛べなかったら?」
(鎧があるので、もう1回チャレンジできます)
「マジか……」
恭平は覚悟を決めて屋上の端へと歩いていく。
そこから見下ろした地面は決して低くはない。たかが4階建ての校舎だ。
だが、飛び降りるとなると、話は別で1歩踏み出すことができない。
そんな恭平の脳裏に不愛想に教科書を読む瑠璃の姿が浮かんだ。
「くそっ! どうとでもなれだ!」
軽く助走をつけて大きくジャンプして大空へ舞い踊る。
が、重力にはかなわない。
そのまま落下して、地面が近づいていく。
「おおお! 飛べよぉぉぉぉぉ!」
大声で叫ぶ。
だが、地面は容赦なく恭平へ迫ってくる。
その怖さから目を閉じてしまう。激突に要する時間はもうすぐだった。
が、いつまで経っても地面に激突することはなかった。
「お、おお……飛んでる?」
つま先が地面から10cmほど浮いている。
飛行はひとまず成功した。
「よし、行くぞ!」
宙に浮いた身体はゆっくりと前進していく。
だが、空から落ちてきた鎧に体育でグランドにいる生徒たちが注目している。
中には指さしている生徒や、体育を休んでいる生徒がスマホで録画していたりしていた。
「エクレール!?」
(大丈夫です。今度は認識阻害の魔法をかけました。そのうち興味を失うでしょう)
「魔法って便利だな!」
少し宙に浮くことに成功した恭平は歩くよりちょっとだけ早いスピードで公園へと向かう。
「なあ、走った方が早くないか?」
(鎧を着たままでですか? 私は構いませんが)
「よし、頑張るか!」
二人は公園へと急いだ。