第4話 契約成立
「さあ、起きなさい……魔剣をその身に宿す者よ……」
エクレールが耳元で囁く声で恭平は目を覚ます。
頭をぐるりと回すと、恭平の視界はエクレールの平静な顔で埋め尽くされていた。
「おい、何の真似だ?」
「目覚まし時計です。、一家に一台、いつもあなたの隣に目覚まし時計エクレールです。忘れましたか?」
そんなことを前に聞いたような気がした恭平は、寝ぼけた頭で枕の隣にあるスマホを手に取った。
そして時間を確認すると時間は午前6時ほど。いつも起きている時間にはあと1時間はある。
恭平は掛け布団を引っ張って頭ごと引きこもってしまった。
「さあ、早く起きるのです。これから私のありがたい説法を聞く時間です」
「そんな時間はねぇ」
抵抗した恭平だったが、そのあとすぐに説法を聞かされることになった。
※
朝の準備を済ませて徒歩で学校へ向かう。
いつもの通学路が長く感じる。
「ふあーあ……」
いつもより1時間早く起こされ、聞きたくもない説法を聞かされた恭平は眠たそうに欠伸をした。
(だらしがないですね。もっとシャキッとしなさい)
「誰のせいだよ!」
つい叫んでしまい、道行く人から視線を集めてしまう。
ごまかすように恭平は1つ咳払いをした。
「それで? 何をしれっと頭の中に語りかけているんだよ」
(私は魔剣ライトニング。そして、貴方は魔剣ライトニングと融合している。つまり、貴方と私は一心同体。それくらいは朝飯前です。私も朝食が食べたったです)
エクレールのおかしな言動に頭を痛めながら、恭平は歩き続ける。
「大体、なんで俺と魔剣が融合してるんだよ。もう、勘弁してくれよ」
(いい質問です。今のうちに話しておきましょう)
恭平は今度こそ聞き漏らさないように集中して少し歩みを緩める。
そして、ひと呼吸した。
(貴方は刺さった魔剣ライトニングによって死にました。その傷を修復するには魔剣ライトニングの魔力が必要でした。ですが、傷は大きくライトニングの魔力をもってしても治療は不可能だったのです。ですから、ライトニングは貴方と一時的ではありますが、一体化することによって常に魔力で治療し続けているのです)
だから必要があったと、エクレールは言う。
恭平は傷跡の残る胸にを当てた。そこに異物があるように感じない。完全に溶け合い一体化していることを納得せざるほかなかった。
(手のひらに力を込めてみてください)
「こうか?」
エクレールの言う通りに右手を開いて前に突き出す。そして、意識をそちらに向ける。
瞬間、右手にとんでもない重量が発生し、前に倒れそうになった。
「うお! なんだこれ!」
右手の手から微かに光を帯びた剣が出現していた。
(これが魔剣ライトニングです)
「こんなのが出るなんて、先に言えよ!」
恭平はその剣を持ち上げようとするも重くてなかなか持ち上げられない。それどころか手が痛くなり手を放してしまう。
剣の先端はアスファルトに刺さり、その場に固定された。
「……このまま捨てていけば、お前とお別れできるのでは?」
(その場合、貴方が死にます)
「おおい! そういうことは早く言ってくんない?」
恭平は慌てて剣の柄を握る。思い切り引っこ抜こうとするが、びくともしない。
今度は剣に意識を集中させる。すると重かった剣が一瞬で姿を消し、重量もなくなった。
(注意してください。ライトニングは心臓と同じ。一定距離離れたり、折れたりすれば死んでしまいます)
「もう2度と出さねえ」
もう付き合っていられなくなった恭平は歩みを速める。
そのうち、恭平が通う学び舎が見えてきた。
「いいか、もうお前を話すことはない。もう2度と喋るな」
(それはできません。貴方にはラピス姫を救ってもらいます)
「無理だ!」
恭平は力強く言い捨てると、拒否をはっきりと態度で示した。
(それは困ります)
食らいつくエクレールだったが、恭平はそれを無視して学校を目指す。
予鈴前、昨日より早い時間に教室に到着する。まだ生徒の数は少なく、複数人集まって話すグループも少ない。同様に教室内も少し静かであった。
日課を果たそうと最前列のとある席に近づいていく。
「おっす。おはよう。今日はご機嫌斜めだな」
「そうね。誰かさんのせいでね」
恭平はいつもの通り瑠璃に挨拶をする。
普段は教科書を読んでいて一瞥もしない瑠璃が今日は珍しく恭平を睨んでした。
「あ、もしかして昨日のこと覚えてる?」
「忘れるわけないでしょ。人の前に突っ込んできたと思ったら変な言い訳するし、本当に頭に来たんだからね」
すまんと恭平は頭を下げる。
反省した様子を見せる恭平に瑠璃は少し息を吐いた。
「まあいいわ。次はあんな悪ふざけはよしてよ」
「おう、心がける」
「止めなさい」
いつものやり取りを終えた恭平はクラスメイトと挨拶を交わしながら自分の席に到着する。
1時間目の教科を確認しつつカバンに手を突っ込んでいるとまたエクレールの声が聞こえてきた。
(あの方をご存じなのですか?)
「まあ」
エクレールが気にするのも無理はない。
小学生みたいな身体をしてはいるが、青く綺麗な髪に、神秘的な紫の瞳、日本人離れした美しく整った顔。
剣の精霊と言えどそれを無視することなどないのだろう。
(すでにラピス姫と面識があるとは思いませんでした)
恭平は何事もなくカバンをあさり続ける。
見つけた教科書を引き出しに入れるところでようやく気が付いた。
「は? どういう事だ?」
(先程言葉を交わした女性こそ、助けてい欲しいお人、ラピス姫です)
「はぁッ!?」
恭平は教室全体に聞こえるような素っ頓狂な大声を出してしまう。
クラスメイト達の注意を集めてしまい、お辞儀をするようにして下を向いた。
「どういう事だ?」
(先程言った通りです)
「もうすぐホームルームが始まる。休み時間に詳しく聞かせろ」
(わかりました。)
恭平は今までのだらしない顔を引き締めてエクレールに語りかける。
その目は決意を固めたものだった。
ホームルームが終わり、恭平たちがやって来たのは、人目がつかない階段の影。
1階の階段には取り立てて見るべきものはない死角がある。廊下を歩く生徒たちはこちらを全く気にすることもなく通り過ぎていく。
そんな影に隠れるように、恭平は座っていた。
1時限目が始まるまでにあまり時間はない。恭平はすぐに話を始めた。
「瑠璃がラピス姫とか言ったな。嘘じゃないだろうな」
(……貴方も覚えがあるのではないですか? 彼女が狙われていることを)
昨日、公園にて瑠璃は空っぽの鎧に斬りかかられた。それは恭平も目撃しており、それを阻止までしてみせた。
「あれは、偶然……だろ?」
(貴方はそう思いたがっているようですが、無差別に襲ったわけではなく、彼女にターゲットを絞っていました)
恭平は乾いた喉をゴクリと鳴らした。
「じゃあ、あの鎧が……ラピス姫とかを狙った刺客?」
(はい。昨日、貴方がいなければ死んでいたでしょう)
恭平は両目をぎゅっと瞑ったが、ゆっくりと瞼を上げた。
「お前が言うラピス姫っていうのが別人で瑠璃をだしに使っているだけかもしれない。それでも、瑠璃を救えるなら、お前の言うことを聞いてやる」
(今はそれでも構いません。ラピス姫を救ってくれるなら)
恭平は立ち上がり誰もいない壁を真っ直ぐに見据える。
その目はすでに覚悟ができていた。
「契約成立だ。俺は恭平、児玉恭平だ。エクレール」
(……わかりました。これからよろしくお願いします。恭平)