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第3話 精霊 エクレール

『聞こえますか?』


 誰かの声が聞こえる。

 女性の声。

 波紋1つない水面のように澄み切った声。


『魔剣を宿し者よ』


 聞いたことのない声。

 だが記憶にある声。


『次は貴方が――』






「――約束を果たす番」

「って、何やってんですか?」


 ベッドの上で横たわる恭平の耳元で囁く女性がいた。


「何か夢に出てきたような気がしたんですが!?」


 体を起こした恭平は女性と距離を置くようにベッドの隅へ移動する。


「それは気のせいです」


 風呂上りに電気も消すことなく横になり、少したた寝をしていた恭平だが、起きたらそこは見知らぬ女性が現れていた。


「というか、誰ですか?」


 その女性は金髪碧眼。長い髪はしゃがんでいるために床につき、横に分けた前髪が少し目にかかっている。

 青い瞳は真っ直ぐに恭平をとらえている。

 身に纏うのはほぼ布だけという衣。要所は隠しているが、布面積が圧倒的に少ない。


「そうですね、自己紹介は大切です。私は魔剣ライトニングの精霊です」

「いや、ちょっと情報量が多すぎるかな!?」


 女性の言葉に恭平は頭に手を当てる。

 目を瞑り眉をひそめる。


「まずは、魔剣ライトニングってのは何?」

「この物質界とは違う魔法界にあるサンステイという大きな国。歴史に登場するのは魔法暦1000年頃。カラーズ大陸に生まれた諸国の1つ。始まりは初代女王が自らの権威を象徴するために……」

「ちょっと待って、これって長くなりそうな話?」


 延々と続きそうな説明を恭平は言葉で遮った。


「長くなりそうな話です」

「手短にお願いします」

「……サンステイにある3本の魔剣、ライトニング、ゲイル、シャドウ、その中の1本。それが魔剣ライトニングです。とても強く素晴らしい剣だと思ってもらえればいいかと」


 長話に身構えていた恭平だったが、簡素な答えが返ってきた。

 瞑っていた目を開き、魔剣の精霊と名乗った女性を真正面にとらえた。


「次に精霊ってなに?」

「魔剣ライトニングは最高位の魔剣。精霊とは魔力を帯びた物が長い時間を経て生まれた人格。つまり魔剣の意志です」

「精霊って、100年の年月が経つと生まれる付喪神みたいなものか?」


 魔剣の精霊はそうですと、首肯した。


「それで、魔剣の精霊さんは……」

「魔剣ライトニングの精霊、エクレールです。エクレールと呼んでください」

「ええと、そのエクレールさんは、何をしていたんです?」


 今までしゃがんでいたエクレールはすっと立ち上がる。

 その身長は高く、ベッドの上に座る恭平は少し見上げるようになった。


「目覚まし時計です。一家に一台、いつもあなたの隣に目覚まし時計エクレールです」


 唐突なボケに恭平は口を半開きにして固まってしまう。


「貴方に約束を果たしてもらうために語りかけていました」

「約束……?」


 恭平は首を傾げた。


「エクレールとは初対面だ。約束なんてした覚えはないが?」

「貴方はひどい人。あんなことまでして差し上げたのに、覚えがないと言うのですね」

「俺、何したの!?」


 立ち上がっていたエクレールはベッドに腰を下ろして恭平へ顔を寄せた。

 その仕草に恭平はつい背筋を伸ばしてしまう。


「こんなことをして差し上げたのに……」


 エクレールは恭平の胸に指を立てて、何度ものの字を書くように指を動かした。

 つい、恭平は喉を鳴らす。


「い、一体何を?」

「忘れたのですか?」

「ごめん、覚えていない」


 はーっと、エクレールは大きく息を吐く。


「死んでしまった貴方を生き返らせたのは私なのです」

「……死んだ」

「ええ、貴方は死んだのです」


 恭平は着ている寝巻の胸を開ける。そこには今朝と同じく傷跡が残っていた。


「やっぱり、死んだのか……俺……」


 全身から嫌な汗が滲み出る。

 胸には苛烈なまでの死の跡があった。それは間違いなく自らが死んだという証。


「私が生き返らせました。まあ、死因は私だったのですけど」

「はぁ!?」


 恭平は素っ頓狂な声を上げた。


「え? 死因って何? 俺が死んだ原因?」

「ええ、ですから、私そのものである魔剣ライトニングが、貴方の胸に突き刺さったのです」


 恭平はエクレールの言葉を聞いてから動かなくなる。

 その間にエクレールは恭平の胸に当てていた手を引き、座りなおした。

 数秒の後、堰を切ったように口を開けた。


「はぁぁあ?」

「? 分かりませんでしたか? 貴方に突き刺さったのが私だったと言ったのです」

「分かったよ、十分に! あの時刺さった巨大な鉄がその魔剣ってやつだったってな!」


 わかってしまえば簡単なことだった。

 恭平に魔剣ライトニングが突き刺さったから、こうしてその精霊と話している。因果が繋がった。


「そうか、まあ、いいや、別に」


 頭の中が整理できてきた恭平はやけに冷静に言葉を口にする。

 逆にエクレールの方が立ち上げりそうになるほど動揺していた。


「何がいいのですか?」

「死んだけど、生きていた。なら、何の問題もないだろ」

「そうですね。何も問題はありません」

「――って言う訳ないだろうが! 1度死んだんだぞ! めちゃくちゃ痛くて怖かったわ!」


 エクレールを責める方の恭平が涙を浮かべ今にも泣きそうだった。


「落ち着いてください」

「お前は落ち着きすぎなんだよ。人を殺しておいてよく平気な顔してられるな」


 やれやれと言わんばかりに座り直したエクレールは首を振った。

 そんな態度に業を煮やしていた恭平だったが、いずれその勢いもなくなっていった。


「まずは全て話せ。何か隠してるだろ」

「隠していることなんてありません。これ以上何もありません。貴方が死んだ理由がとばっちりだなんてことはありませんから」


 恭平はにっこりと笑顔を作った。


「お前、いきなり言ってんじゃねーか! とばっちりとか、どういう意味だよ!」


 エクレールは冷静で平静な表情のまま恭平の言葉を受け止めた。


「仕方がありません。貴方がそこまで言うのなら説明いたしましょう」

「最初から説明してくれよ……」


 エクレールは恭平から視線を外すと遠くを見つめた。


「そうですね。あれは15年前、剣聖と共にこの物質界に来てからの事でした……」

「それも長くなるだろ、短くしてくれ」


 恭平は話をさっさと進めるためにエクレールに促した。


「分かりました。私がこの姿で『とある方』に差し向けられた『刺客』と戦っているとき、手にしていた魔剣を弾かれてしまいました」

「もしかして……」

「その先にいたのが、貴方です」


 恭平は数秒間固まっていた。

 が、すぐに暴れだした。


「マジか! 本当にとばっちりじゃないか! 俺が絡む要素が一切ない!」

「先ほど言いました。とばっちりだと」

「だから、なんでお前は悪びれもしないんだよ! もっと申し訳なさそうにしろよ!」

「それは……お気の毒に……」

「うるさいわ! もー! 一体何なんだよお前は!」

「魔剣の精霊です」

「うるさいわ! いちいち返事しなくてもいいよ」


 荒ぶる恭平を見てエクレールは肩をすくめる。

 その仕草に恭平の眼光が鋭くなる。それに気づいたのか、エクレールは姿勢を正した。


「はあ……はあ……1度まとめるぞ」


 乱した息を整えながら恭平が言う。


「まず、お前がその姿で魔剣を振るって戦っていた。次に剣が弾かれ、偶然にも公園にいた俺に刺さりそのまま死んだ。そして、お前の力で俺は蘇った。今ここ」

「イグザクトリー」

「真面目にやれよ!」


 言葉とは裏腹にエクレールはいたって真面目な表情をしている。

 それが余計に恭平を苛立たせていた。


「はぁ、なんで俺がこんな目に遭うんだよ。どう責任取ってくれるんだ?」

「どうしたのですか? そんな野獣のような目でこちらを見つめてきて……はっ! もしかして、体で責任を取れと? いくら私が美人でグラマーでみずみずしい肌をしているからって、そんな要求をするなんて……」

「しないよ! 獣を見るような目をしないでくれる!? そして、なんで自分の身体に絶対の自信を持ってるの?」

「私の取り得なんて、美しいくらいしかありませんから」


 突っ込みつかれたのか、恭平は最後の言葉をスルーした。


「もういい。死んだかもしれないけど、今は生きてるし。もう寝る」


 疲れ果てた恭平はベッドへ横たわるとかけ布団を被ろうとするが、布団を持った手をエクレールにがっちりと掴まれる。


「まだ話は終わっていません」

「嫌だ! 話は終わった! もう寝る!」

「貴方にお願いがあります」


 やけに改まった物言いに、恭平はその手を止める。

 そして横たわった身体を起こした。


「ラピス姫を助けていただけないでしょうか?」


 今までと同じ語気だったが、その声には真剣な思いが乗せられていた。

 それを理解した恭平はエクレールの顔を見つめた。


「いや、断る」


 恭平の答えに2人の間に静寂が訪れた。


「この流れで断るとか、そういう場面ではありません。空気を読んでください」

「なんで俺が責められるの? 嫌だよ、どこの誰だか知らない奴を助けるとか」


 嫌がる様子の恭平を見て、エクレールは少し俯いた。


「貴方は助けられる少女を見殺しにするんですか?」

「それは……」

「私は見ました。今日人を助けるために魔剣を抜いたところを。貴方は助けられる人です」


 恭平は手のひらを見つめると、2度3度握って見せる。

 そして首を振った。


「俺には無理だよ。自分のことで精いっぱいだから……」


 恭平はそれだけ言うと、今度こそ布団に頭まで潜り込んだ。

 電気をつけたまま、勉強もせずにそのまま目を閉じた。

 そんな恭平に対してエクレールは何もしなかった。

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