第27話 黒い瞳の女王代理
こんなところまで来てしまった。
彼女はただの高校生で、学校に席を置くだけの1生徒に過ぎなかった。少し前までテストで1位を取ることに必死だった。その理由は男子生徒に並びたてる存在でいたかった。それだけであった。
その男子生徒は中学の頃からちょっかいを出し、飄々とした様子でこちらを翻弄してきた。彼女にとっては唯一と呼べる友達だった。だが、彼に冷たい態度をとってしまい、素直になれなかった。
そんな彼女にチャンスが来た。自分が異世界の姫だという話。そして、彼は自分を守る騎士。だから、彼女は――
恭平と吉田教諭が戦い始めた頃、侍風の男から声をかけられた。
「ラピスラズリ殿下、こちらへ」
「でも、戦いがまだ……」
「こちらへ」
言い淀む瑠璃の声を遮って剣聖ゲイルは同行を促す。瑠璃は後ろで戦う恭平に1度視線を送ったあと剣聖ゲイルに続いた。
分厚く、頑強な扉が開かれ、その先へと進む。2人の戦いを余所に、王城の中へと案内される。
王城の中は瑠璃の想像より広い空間が保たれている。世間でいう豪邸、洋館など比べることもおこがましい程だ。明かりが高いせいか、城内は薄暗い。
大理石の床を歩きながら辺りを見回す。廊下は巨人が歩けるほどの広さにシャンデリア。壁には絵画が飾られており、その額縁が立派なことから相当な値打ちがあることがわかる。
瑠璃は自分が場違いと感じつつも、案内されるままに進んでいく。不安から手足の震えてくるが、それを必死に我慢した。いずれ、光あふれる出口へと到着した。
光の先には大きく開けた中庭だった。空を遮るものはなく、城壁に囲まれているはずなのに、あまりの広さに果てが見えない。
辺りには薔薇のような赤い花がいくつも咲いた生垣がある。その生垣も手入れが行き届いており、枝の1本も乱れはしていない。創作にある中庭を遥かに超えた美しく、心が揺さぶられる光景だった。
そんな中、1つだけ天井がある場所があった。白い建物の下にはテーブルと椅子があり、真っ赤な髪に燃えるような赤色の豪奢なドレスを着た貴婦人がティーカップを傾けていた。
その隣ににエプロンドレスを纏い、白いヘッドドレスをした侍女が瞳を閉じて控えるように立っていた。
剣聖ゲイルに促され、白い建物へと続くレンガの道を辿っていく。近づくと貴婦人は金の髪飾りを着ていることが分かった。
それだけではない。ネックレス、ブレスレット、指輪は金を基調としており、色とりどりの宝石が散りばめられている。
誰に聞くまでもなく、その貴婦人はこの城の主である女王代理だと分かった。
「随分と綺麗な庭ね」
気圧されないように瑠璃は先手を打って口を開く。震えていたはずの唇からは思っていたより普段通りの声が出た。
「そう。この庭は宮廷専門の庭師が手入れをしています。彼らもその言葉を聞けば喜ぶ事でしょう」
女王代理は口からティーカップを離す。淀みない声でそう答た。瑠璃を見ることなく、カップをソーサーの上に置いた。
そして、ゆっくりな動作で瑠璃へと顔を向けた。
その顔は皺1つなく白磁のような肌をしている。唇には鮮やかな紅が塗られていた。一目見ただけで、品位高い高貴な人だとわかる。
「ベリル陛下、ラピスラズリ王女をお連れしました」
瑠璃のすぐ後ろに立っていた剣聖ゲイルが跪きながらそう報告する。
ベリルが手を少し下げると、剣聖ゲイルは立ち上がり後ろに下がっていった。
「貴様が第3位王位継承者ラピスラズリか」
「そうらしいわ。あなたが女王代理ね」
ベリルは顔を戻すと、もう1度カップを傾ける。そして、すぐにソーサーに戻した。
「お茶が冷めてしまったわ」
ベリルの声に控えていた侍女はティーセットを回収すると下がっていった。それを確認したベリルは再び瑠璃へ視線を向ける。
「その髪、その瞳……。よく来ましたラピスラズリ元皇女殿下。お待ちしておりました」
勿体つけた仕草に瑠璃はイライラしながらベリルを見返した。
「それで、なんの用かしら? 私に用があるらしいけど」
ベリルの赤い唇が少し釣り上がった。
「私はね。赤い色が好き。このドレスも、この髪も。名前だってレッドベリルから取られているのよ。でも、この瞳は違うの」
大きく開いた黒い瞳でベリルは瑠璃へ視線を向けてきた。
その様子に、少し気圧されてしまう。
「貴様の紫の目が羨ましい。宝石の姫とはよく言ったものね」
全身を赤で固めていながら、その瞳だけは黒色だった。
自分のことを忌むようにベリルは吐き捨てる。瑠璃の姿が自分を蔑んでいるように感じていた。
余裕を保っていた表情がぐにゃりを歪む。
その様子に瑠璃はとっさに身を構える。
「そこの女を焼き尽くせ、煉獄の炎よ」
ベリルの肩に炎の塊が突如現れると、瑠璃に向かって飛んでいく。
真っ赤に空気を焦がしながら、炎がすぐ隣にいる瑠璃を包んだが、炎は凍り付き砕け散る。
その場にいた瑠璃はドレスを焦がすことなく元の姿のまま立っていた。
「貴様は氷を操るのか……本当に忌々しい」
ベリルの顔が忌々しさから、さらに歪んでいく。対する瑠璃は涼し気な顔のまま平静を保っていた。
苛立つベリルはついに立ち上がった。
「いきなり襲ってくるなんて、マナーがを知らないのかしら」
「ぬかすッ!」
ベリルが大きく手を振り上げると炎の柱が巻き起こった。
それを躱すように瑠璃は大きく飛び退く。それと同時に白い天井が溶け崩れてしまった。
だが、それをものともせず、ベリルは渦巻く炎の中心に立っていた。
「あー、イライラする……どうして、こんなことになったのかしらッ!」
ベリルは赤い髪をかき乱す。黒い瞳は瑠璃を捉えて離さない。
初めて会った時の優雅さはすでに欠片もない。そんな様子のベリルを瑠璃は見据えていた。
「私に王族の血がないから? だからこんな小娘がいいというの!? 納得できるわけがないでしょ!」
瑠璃に向かってベリルが手をかざすと、無数の炎が矢のように飛んで行く。
瑠璃はその炎を少し凍らせて最小限の動きで行き先を逸らす。
「諦めて、あなたでは私に勝てないわ」
その言葉を聞くと、ベリルの背後から5つの炎が燃え上がった。
「ふざけるなぁっ! 小娘がぁ!」
それは一斉に瑠璃へと向かって飛んでいき、同時に全方位から炎を浴びることになってしまう。
飲み込まれ燃え尽きるはずだったが、周囲に浮かんだ小さな氷の結晶が彼女を守っていた。
「お前を見ると、イライラする! 国は国民の為と馬鹿なことをぬかして、貧困に窮していた馬鹿な女王を思い出す! 違うだろ! 国民は国がなくては生きていけない! だから! 私は! クーデターを起こして殺してやった!」
女王憎ければその子まで。
妄執とも取れる言動は瑠璃を見ているようで見てない。ただ、自分の境遇が、みすぼらしい生活が、ベリルの頭を覆い、怒りのままに炎を繰り出す。
瑠璃を狙うのではなく、全てを焼き尽くさんとばかりに炎を生み出していく。
それでも、瑠璃は最小限の氷で炎の壁を突破した。
「ああッ! 鬱陶しい! 私は裕福に暮らすためなら何でもした! 弱りに弱った国を立て直し、国民がすがるだけの王権に権威を与え、迫る他国の侵略に負けない強い国へと作り上げた! そして! ようやく私は! 自分の望む暮らしを手に入れた!」
ベリルが手を握ると、瑠璃の周囲に展開した炎が一斉に襲い掛かり爆発する。瑠璃は氷の道を作り上げ、その上をすべるようにして爆発から逃れた。
瑠璃の逃げる様子を恍惚とした表情で見る。それを狙ってベリルは指を鳴らすと瑠璃の足元から火柱が上がった。スケートをするように滑っていく瑠璃を追いながら火柱が次々に立っていく。
「だというのに! 国民は今頃になって! 王家が、血筋が、女王が、と五月蠅く喚きたてる! この国を立て直したのは! 私なんだぞ! 疎ましいことこの上ないッ!」
ベリルが楽団の指揮をするように手を動かすと、炎の波が下から、上から、全周囲から、瑠璃に襲い掛かる。引いては押し寄せる波が瑠璃を翻弄する。
「だけど、あなたは我欲が過ぎた」
波をあしらい、瑠璃は口を開いた。
ブツリと、致命的な何かが切れる音がした。瞬間、ベリルの様子が変わる。
「そう……言うわね……」
今までの猛々しい様子は鳴りを潜め、静かな落ちつた様子へとなっていく。それは、津波前に水が引くようなものに似ていた。
ベリルの背後で燃え盛っていた炎が消えると、青白い炎へと変化した。
その際の突風は中庭全てを青く燃やし、生垣全てに火が回る。今までは瑠璃を狙うばかりで炎は局地的にしか燃やしていなかった。
「私、青色って嫌い。この炎も嫌い。でも、それ以上に貴様が嫌い」
ベリルが手をかざすと、炎は青白いレーザーとなって瑠璃を射抜くと辺り一面を青く焼き焦がした。
「本当は丸焼き程度で済ますつもりだったけど……消し炭になりなさい」
レーザーと化した炎は中庭を突き抜け、遠くにある城壁を貫いた。
その跡には燻る火が漂うだけだった。




