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第1話 物語の始まり

 樋山ひやま 瑠璃るり

 見上げた掲示板には、実力テストの結果が張り付けられている。

 1位には当然のごとく彼女の名前が輝いていた。


 彼女はテストがあれば常にトップ。運動をさえれば右に出るものはいない。校則を破ることもない。まさに絵にかいたような優等生。あえて挙げるなら、1つだけ問題点はある。


 そんな彼女に比べ、目立たないささやかな順位に児玉こだま 恭平ひょうへいという名前がある。

 前回のテストより少し順位が上げる結果に胸をなでおろした。


「あーまじかよ、順位下がってんよー」

「お前、勉強さぼってるからだろ」

「よし! 順位上がってる」


 掲示板の前に集まる生徒たちは、テストの結果に一喜一憂している。


 そんな生徒たちとは対照的に、一瞥しただけで去っていく女子生徒がいる。

 小学生に見間違えられるほどの身長に、瑠璃にように青い髪、紫色をたたえる澄んだ瞳という変わった特徴をもつ女子生徒。

 彼女こそテストで1位を取った樋山 瑠璃、その人である。

 立ち去った瑠璃を尾行するかのように、恭平は掲示板を離れその後を追う。


 彼女が人気のない階段付近まで差し掛かる。すると2人の女子生徒が行く手を阻むかのように、瑠璃の前に立ちはだかった。


「ちょっとあなた達、そこに立っていられると邪魔なんだけど?」


 瑠璃の問題点、それは協調性のなさである。

 ケバイほど化粧を施し、髪を茶色に染めた女子生徒に向かい邪険にあしらい、瑠璃は先へ進もうとする。


 だが、女子生徒はニヤニヤと薄ら笑いを浮かべたままその場をどく気配がない。それどころか、より露骨に瑠璃への距離を縮めてきた。


「あたしたちぃ、あんたに話があるんですけどぉ」

「いきなり邪魔者扱いとか、さすがお姫様よねぇ。こっちのことなんて、どうでもいいってことぉ?」


 お姫様という呼び名は、高飛車で他人を見下したような態度をとる瑠璃に対する皮肉である。そんな瑠璃をこちらがこちらが上だとばかりに見下している。


「話があるなら早くして。私はあなた達のように暇じゃないの」


 瑠璃はそんなことに関心がないように、冷たく言い放った。


「あんたさぁ……またテストで1番だったんだってぇ? むかつくのよねぇ、そうやって調子に乗られるとさぁ。あんたの髪の色が許されてるのも、成績のおかげでしょう?」

「そうそう、あたしたちもぉ、髪そめてるでしょー? そっちだけ許されてるのに、こっちはお小言いわれるのよねぇ。それって差別よねぇ。いつもいつも、鬱陶しいったらないしぃ」


 2人の女子生徒の目つきは、汚いモノでも見るかのように顔をしかめた。

 テストの結果が出た後は必ずと言っていいほど、瑠璃に対してこういった難癖をつけてくる奴がいる。


「そう。そんな単純なことなの。なら次のテストで1位を取れば、その痛んだ髪も許されるかもしれないわね。まあ、無理でしょうけど」


 瑠璃は平然とした様子で女子生徒達を挑発してくる。下から見上げてくるその瞳は揺らぎのない自信に満ちている。そのメンタルの強さは彼女ならではのものだ。


「――ッ!」

「この――何様ッ!」


 瑠璃の言葉に女子生徒達は目を大きく見開き、奥歯を噛み締めている。完全に怒らせていることが傍から見ていてもわかる。


 そろそろ自分の番だろうと女子生徒達に向かって歩き出す。


「あんたねぇ! どんだけ調子に乗って――」


 女子生徒の1人が手を挙げた瞬間に、恭平は女子生徒と瑠璃の間に割って入る。


「あの、すみません。この辺りにハンカチ落ちてませんでした? ここら辺で落としてしまったようで、困っているんですよ。えーと、柄はですね、こう、虎縞で……」


 女子生徒はバツが悪そうに手を下した。同時に視線も泳ぎ始めて、他人に見られたのが不味いと判断したらしい。

 遮られた言葉も続けないようで、口ごもっている。


「ね、ねぇ。どっか行こう? なんかしらけちゃったしぃ」


 手を上げなかった女子生徒がそう言うと、恭平とすれ違うように歩いていく。もう1人は苦い顔をしながら、後に続いていく。

 この場所には瑠璃と恭平だけが残された。


「落し物はこれかしら?」


 瑠璃は恭平が穿くズボンのポケットから抜き出すと、目の前に突き出してきた。


「でも、虎縞じゃないから、もう1枚別のものがあったりした?」


 不機嫌を隠そうとしない顔の瑠璃からハンカチを受け取る。


「いやー、そうか虎縞は俺の勘違いか。ありがとな、瑠璃」


 瑠璃は半目はんめで冷ややかな視線を恭平に送ってくる。


「恭平、余計な事はしないでくれる? あんなのは私だけでなんとかなったわ。私を助けたなんて勘違いをされると、こっちが迷惑なのよ」


 瑠璃の尊大な態度に、息を吐いてしまう。

 テスト結果が張り出される度にフォローしている恭平としては頭が痛い案件だ。


「もうちょっとさ、ものの言い方を考え直した方がいいぜ。わざわざ敵を作っても面倒なだけだろ。お前は賢いんだから、それくらいわかるだろ」

「大きなお世話よ。放っておいてくれない?」


 瑠璃は苛立つように語気を強めてくる。恭平の言い分が気に入らないようだ。

 助言のつもりなのだが、聞き入れてもらえない。むしろ、気分を害しているように見える。


「中学からのよしみだろ。高校になってから、こうやって世間話をできる友達はお前だけで寂しいんだぜ。俺は結構人見知りするんだよ」

「恭平が人見知りなんて、そんなこと私には関係ないわ」


 瑠璃は背を向けるとそのまま、この場から立ち去ってしまった。


「なんだよ。関係ないとか言って、ちゃんと話をきいてたじゃないか」


 とはいえ、話が続かないのは違いない。まるで、恭平とも敵対しているようにまで見える。


「全く、つれないね。本当に……」


 1人ごちると、恭平は誰もいなくなった廊下から去っていった。





 今日の授業もすべて終わり、恭平はカバンを持ち立ち上がった。

 教室内は挨拶を交わす生徒や疲れだの文句を生徒達で賑わっている。

 そんな様子を眺めながら、恭平は教室を出た。


 気怠げに欠伸をしながら廊下を歩いていると、背後から声をかけられた。


「おお、児玉じゃないか。ちょうどいいところにいるじゃあないか」


 その声に振り返ると、化学教諭の吉田がニコニコとした笑顔で立っていた。


 ぼさぼさで手入れの行き届いていない頭髪、やる気のない無精ひげ、少し猫背気味に傾いている。

 まだ若そうに見えるが、実際の歳がいくつなのか、はっきりとしない。生徒の間ではお兄さん派とおじさん派に別れている。

 吉田の授業は内容がわかりやすく、生徒に対して寛容であることから、生徒間の評判は悪くない。


 だが少しいい加減な部分もあり、たまにテスト範囲の内容を教え忘れたりす欠点がある。この点が評判を落としている。


「俺は嫌なところで出会いましたよ」

「ははは、そう言うな。児玉は暇なんだろう? 化学準備室の整理を手伝って欲しいのだが、問題なさそうだな」


 吉田教諭は恭平の手を取ると、そのまま引っ張って化学準備室へ連れ込もうとする。これが意外と力強く、抵抗むなしく引きずりこまれていく。


「先生、俺一応大学受験にいそしむ受験生なんで、暇ではないんですよ。他の生徒か、1年か2年に頼んでください」

「そう遠慮するな。ここでお前と出会ったのも何かの縁。それにお前は結構成績がいいだろ。1日や2日くらい勉強しなくても、へーきへーき」


 吉田教諭のいい加減な理由に恭平は苦い顔を作る。


「それを判断するのは先生じゃなくて、俺でしょう?」


 その言葉を無視するように吉田教諭は化学準備室の扉を開け、ずるずると引き込んでいく。

 このままでは、間違いなく恭平は整理を手伝わされるだろう。


「待ってくださいよ。成績がいいなら瑠璃なんか適任じゃないですか。あいつ、抜群ですよ」

「樋山か……あいつは勉強で忙しいだろ。手伝わせるのには気が引けるな。それに女の子に仕事を押し付けるのは最低じゃあないか?」

「……ぐっ、そうかもしれないけど、俺だって勉強してるんすよ」

「お前はなぁ、何というか、他の生徒に比べて余裕があるんだよ。受験生のくせに必死さが足りなんだよな」


 恭平は顔をさらに渋くしながら抵抗した。それでも吉田教諭は強引に化学準備室へ引っ張り込むのをやめない。

 大体、必死さと言われてるが、恭平も勉強はしている。努力を見せないようにしてるだけで、余裕はない。


「確かに瑠璃は必死に見えますよ。いつだって教科書を読んで勉強をしていないところを見る方が珍しいですけど、こっちも頑張ってるんすよ。余裕に見えても頑張ってるんです」

「まあまあ、そんなこと言うなよ。手伝ってくれたら、インスタントコーヒーでも奢ってやる。教師公認の学校で飲むコーヒーは美味いぞ」

「俺、コーヒー苦手なんで……」

「そんなに遠慮するなって。こんなサービスするのはお前だけだぞ」


 はあと息を吐くと、恭平は抵抗を止めた。そして化学準備室へと引きずり込まれていった。

 吉田教諭のだらしなさのせいで、室内は雑然としていた。机の上には資料の山が、ビーカーやフラスコ等の容器はその辺に散らばってまったく整理されていない。


 これは相当覚悟が必要だと恭平は頭を抱えた。




 日が落ち空は暗くなってようやく解放された。


 化学準備室は見違えるほど綺麗に整頓され、もうしばらくは掃除の必要がないほどだ。そこまで付き合わせておきながらも、吉田教諭は本当にコーヒーを奢るだけだった。

 ビーカーでコーヒーを飲むというのは、恭平にとっては貴重な体験に違いないが、ただうんざりするだけだった。本当に人体へ影響はないのかも疑問である。


 恭平は暗くなった帰路を徒歩で急いだ。


「こちらも一応は受験生なんだぞ。こんな遅くまで付き合わせやがって……」


 1人でぶつぶつ言いながら、恭平は足を速める。

 一刻も早く帰りたいという気持ちから、いつもは通らない近道を通り時間短縮を図る。


 植え込みされた木々の間にのびる道を進み、公園を目指す。

 恭平はたまに体に当たる木の葉を邪魔に感じながら、先を進む歩みは止めない。そして植え込みを抜けると、開けた場所にやってくる。


 それは大きな公園で、ベンチ、時計、街灯くらいしかない。日中は人々の憩いの場かもしれないが、今は不気味にしか感じられない。そのせいか不自然なほど人がいない。


 静かな夜に反して、公園には何かの音が響いている。近くで工事をしているのか金属を打ち合うような鈍い衝撃音が響いている。

 鈍い音が響いているせいか、張り詰めたような緊張感が公園全体を包み込み、とらえられない不安感が恭平の足を急かせる。


 公園を横切り、帰路を急ぐと金属音がひときわ高く響いてきた。それは空気を裂くほどの甲高いもので、一瞬のことだった。


「ぐがぁっ!」


 全身にかかる激しい衝撃にぼろ雑巾のように恭平の体が吹き飛んでいく。頭は混乱し地に倒れるしかなった。

 起き上がろうとするが、手足を動かすことはおろか呼吸すらろくにできない。


「げぼッ! がはッ!」


 激しくせき込むと同時に喉から何かがせり上がってきて口から吐き出される。それは熱を帯びており、ひどく鉄臭い。そしてようやく思い至った。吐血したのだと。


 胸のあたりに何かが刺さっている。

 これが先ほどの正体だと、動かない手を無理に胸へもっていく。

 刺さっているものは巨大な鉄。背中から突き刺さり、胸へと貫通している。今もなお鉄を伝って大量の血液が流れていた。


 動かない足へ必死に力を入れて立ち上がろうとするがそれは叶わない。足がじたばたとするだけで意味はない。


 胸の鉄をと抜こうと手を動かすが、力が入らず触れることしかできない。


 血液は肺に溜まり、呼吸するたびに吐き出される。酸素を失っていく脳は考えることを放棄した。

 もう、脳から身体を動かす命令は届かない。


 血だまりに倒れたまま、なすすべなく呼吸が止まった。

 それは明確な死だった。

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