第三話
着いた場所は、高級そうなレストランだった。私は驚いてその場に固まってしまった。さすが大人、余裕はすごい。
「少し早いけど仕方ねぇだろ。美優はまだ……いや、何ともない」
仁は言いかけて口を閉ざした。言いたいことは分かる。私がまだ子供だから、と。だけど、今日は仁の彼女としているから言えなくなったのだろう。
「おいで、美優」
「うん……」
私は差し出された仁の手を取り、二人で歩き出した。自分も大人の世界に行けると思うと嬉しい。
そして、店員に案内されて予約席に座った。私のためにこんなすごいところを用意してくれるなんて、仁はすごいなぁ。
メニューを見ても何にして良いか分からず、メニューを見ている仁を眺めていた。私の様子に気付いたのか、仁が私の方を向いて笑った。
「急にこんなの見ても選べられねぇよな。俺が決めてやろうか?」
そう言う仁に私は頷いた。すると、仁は店員を呼び出して注文をする。
「このスペシャルシーフードコース二つお願いします」
「畏まりました」
仁は軽々とメニューを注文した。店員が退出すると、仁はニヤリと笑った。
「適当に選んでみたぜ。どうせ、どれも美味しいんだから」
「それは良いけど……言い方が店側に失礼でしょ」
私がそう言うと、仁はクスクスと笑っていた。
「まぁまぁ、今日は楽しかっただろ?」
私は仁にそう聞かれて頷いた。本当にそれは、夢のように幸せだった。一日だけ先生の彼女で居られることが嬉しかった。
「最高に幸せな一日だったよ」
「そうか。良かった」
私の言葉に、仁はそう言って笑った。目の前の男は、今日だけ私の彼氏で居てくれたのだ。不幸せな訳が無い。
話していると、とんでもなく美味しそうな料理が運ばれてきた。一口食べてみると、とても美味しかった。
「美味しい!」
「ふっ、良かったな」
しばらく経つと、食べ終えていた。二人は立ち上がり、仁は会計を済ませて、手を繋いで歩き出した。
駐車場に着くと、仁は足を止めた。
「あのさ、もう一つの願いあっただろ?」
仁は車から紙袋を出して、そこから細長い黒い箱を取り出した。それを渡されて開いてみると、そこにはピンク色の宝石が輝くネックレスがあった。
「うわぁ、綺麗……」
「だろ?お前のために買ったんだ。付けてやるよ」
仁の指の体温が首筋に伝わり、少しくすぐったい。胸元の輝きに嬉しくなり、涙を溢した。
このネックレスはとても高そうな気がする。それなのに、仁はチョコあげただけの生徒の私に高価なネックレスを買ってくれたんだ。嬉しくない訳がない。
これが本物の恋人が気分なのだろうか。幸せ過ぎて、涙が止まらない。その涙に気付いた仁が拭ってくれた。
「これぐらいで泣くなよ。こんなオッサンにもらうのが嬉しいのか?」
「ありがとう……嬉しい………」
仁はオッサンなんかじゃない。仁は私にたくさんの幸せを与えてくれたからだ。
仁は私の頭を優しく撫でてくれた。現実に引き戻されると思うと悲しい。これからは、高校生と中学時代担任だった先生に戻るのだろう。
「あの、すみません」
私が泣き止んで落ち着いた頃に、男が話し掛けてきた。メガネと帽子で真っ暗なコーディネートが不審だった。
「私、こういう者なんですけど……」
名刺を渡し、男は帽子を取った。名刺の名前の通り、目の前の男はあの滝本耕平だった。
滝本耕平とは、元はエレニーズ事務所所属の男性アイドルグループの一員だった。しかし、相方が消え、滝本君は芸能界は引退してエレニーズ事務所の副社長になった。そして、エレニーズ事務所社長のエレニー社長が亡くなり、今は社長に出世した男だ。知らない人は居ないだろう。
私達は驚いて戸惑っていた。滝本君はそんな私達に微笑んだ。
「二人共、アイドルになりませんか?二人の年の差なら良いぐらいに面白いと思うんですよ。女子にも時代を起こさないといけないと思うので」
アイドルという言葉に心が揺らぐ。テレビに出たいと昔から思っていた。なのに、今は目の前でそのチャンスを与えられそうになっている。出来れば、断りたくない。ここは教師である仁に判断を委ねよう。
「仁は、どうするの?」
私は、腕組んで悩んでいる仁に話しかけた。
「うーん。教師の俺でも出来ますか?」
仁の言葉に、滝本君は目を見開いていた。彼にとっては、予想外の展開だろう。
「私は、教師でも大丈夫だと思います。教師はいつでも止めて良いものではありませんが、両立はおそらく出来ると思います。撮影時間をずらしてもらったり、逆に出張と同じように他の先生にお願いするとかすれば、やっていこうと思えばやっていけます」
「そうですか……美優はどうする?」
仁にそう聞かれ、私は頭を悩ませた。勝手に決めると親がうるさいと思う。
「あの、お母さんと話し合ってからでいいですか?」
「もちろん、大丈夫です。では、またの連絡をお待ちしています」
滝本君はそう言って、自家用車に乗って帰って行った。私達は顔を見合わせて首を傾げた。
「スカウトってヤツだよな?」
「そうだよね?」
「マジか……」
「マジだよね」
あまりの衝撃で、会話がしどろもどろになってしまう。
「とりあえず、帰ろうか。お母さんを心配させると困るもんな」
「うん……」
仁の車に乗り、私の家の近くの駐車場まで来た。仁は降りて、私の家まで送ってくれた。
「さよなら、仁」
「ああ、じゃあな」
歩いて帰る仁を見送った後、私は家に帰った。