第一話
受験も終わり、離任式が訪れた。もうこれで学校に来るのは最後なのだろう。
私は頑張って作ったチョコレートを鞄に隠し持ってきた。好きな人に本命ではなく義理のチョコとして渡す。相手を困らせたくないし、後悔したくない。
離任式が終わり、周りが解散していく中、私は必死にあの人を探した。人混みの中、彼は立っていた。私は急いでそっちの方向に走った。
「先生!」
「おっ、美優。どうした?」
先生は笑顔でこちらに向いてくれた。私は緊張して固まってしまった。その様子を見て、彼は笑った。
「なんか話でもあるなら聞くよ。うーん、教室に行こうか」
「はい!」
先生は察しが良いと思った。私が言わなくても分かってくれるなんて、やっぱり大好きだ。
連れて来られた場所は、私達が使っていたクラスであった三年三組の教室。ここにはたくさんの思い出が詰まっているのだろう。
私は急いで鞄からラッピングしたチョコレートを出した。そして、先生に差し出す。
「先生、義理チョコです。あの……いつもお世話になったので、どうしても渡したかったんです」
私の言葉に、彼は大きく目を見開いた。そして、彼は微笑んでチョコを受け取った。
「ありがとう、美優。生徒からチョコをもらうなんて初めてだ。ありがとう」
先生はそう言って、笑顔で私の頭を撫でてくれた。そのせいで、体温が一気に上昇した。
「先生、大好きです!」
もう最後だからと言ってしまった。きっと、恋として受け入れられていないだろう。
「そっか、ありがとう。俺も美優が大好きだよ」
その言葉はただの生徒としか向けられていないだろう。それが悲しいけど、やはり嬉しさが勝った。そんなこと言ってもらえて嬉しかったのだ。
「お前さ、前になんか言ってなかったっけ?ホワイトデーにはあんなことがしたいって……」
「あっ、それは良いです。先生と話せただけで嬉しかったですから」
今そうなっているので、私はホワイトデーのお返しなんか求めない。
以前、恋愛相談だと聞いてもらった時に冗談で言ったのだ。『先生とデート』は無理だろうし、『形が残る物』も難しそうな物である。
「俺とデートとか言ってたよな。あと、形に残る物って。良いよ、全部叶えてやるよ」
「えっ!本気ですか?」
「ああ」
まさかの展開に私は驚いているが、先生はやる気満々の様子だ。
先生とデートか……。夢みたいな話だ。しかし、先生には奥さんが居る。大丈夫なのだろうか。
すると、先生が自分のスマホを出した。
「連絡先教えて。チャットで計画して行けば良いだろ」
先生の連絡先教えてもらえるの?なんか展開が飛び過ぎて、混乱してきた。私は自分の電話番号を告げて、アカウントを見つけた。
「さすが、アニメファン。カッコいいアイコンだな」
「いえ……」
私のチャットアプリでのアイコンは、水を操る少年のキャラクターである。私の推しだ。でも、今は先生のファンだから。
そして、先生のアイコンは娘さんの笑顔。可愛いけど、胸が痛い。
「娘さん、可愛いですね……」
「そうだろ?自慢の娘だよ」
やっぱり、そう言われるのは悲しい。本当に私は先生とデートに行って良いのだろうか。
「まぁ、春休み中に行こうな。予定は……けっこうある気がするけど行こう。美優は行きたいところとかある?」
行きたいところ……。遊園地とかカラオケとかあるのだろうけど、私にはよく分からない。私は首を横に振った。
「うーん……。じゃあ、俺が最高のプラン考えておくよ。ディナーとか行こうぜ。俺の奢りで」
「えっ、そんな……」
「良いんだよ。お前が今度彼氏と行く時の練習になるしな。一日だけ彼氏になれるとか考えると興奮するな」
先生はすごい張り切ってるが、私はものすごく申し訳なさを感じている。先生には家族だっているのに、大丈夫なのだろうか。
「そろそろ時間的にヤバいな。帰ろう」
「はい……」
先生とデート。そんな夢みたいなこと現実になるなんて思ってなかった。
「先生、さようなら」
「うん、バイバイ。またな」
私は玄関まで先生に見送ってもらい、自宅へ帰った。胸の高鳴りはなかなか治まらなかった。