その9〜人の話を聞きたまえ〜
今回はギャグ色弱めな真剣兄妹です!
村の人々は突然の落雷に身をすくめ、空を見上げた。しかし、どこまでも青が広がっているだけで、雲1つない。人々は顔を見合わせ、首をひねった。
それは雷の音ではなかった。
たった2人の人間が出した、踏み込みの音である。
溜め込まれた力が爆発して、兄妹の体は勢いよく飛び出す。しかしすぐにその動きは止まった。
刺さった聖剣はピクリとも動かず、膠着状態が続く。
兄妹は声を発しない。無呼吸のまま、全ての力を聖剣へと注いでいるのだ。
やがて兄妹の顔が赤く染まり始めた頃、突然に変化は訪れた。
ミシッ
軋むような音に、リッカはハッと息を飲む。
兄妹も気づいたようだが、冷静さを保ったまま力を込め続ける。
「聖剣が、抜けそうだ…」
リッカの呟きに答えるように、音は次々と鳴り出す。
「ううう…」
ケンが顔を上げ、妹を見る。シュウも兄の瞳を見つめ、頷いた。2人の咆哮が丘いっぱいに響き渡った。
「「うおあああああああああ!!!」」
軋む音は金属と金属が擦れ合わさる音に変わる。聖剣が少しずつ、でも確かに、上へ上へとズレていく。
聖剣はいつのまにか金色の光を帯びている。
魔法の輝きだ。
聖剣の刃自体も薄く光を放っているが、岩に刺さる部分からの輝きの方が大きい。
伝説をつかさどる古来の魔法が、剣が選ばれたわけでもない人間たちに力技で抜かれるのを阻止しようとしているのだ。
聖剣には岩へ戻ろうとする力が加わり始めた。兄妹もこれには驚いたのか、苦しそうな表情を見せる。
「抜けろおおおおおおおおお!!」
「抜けてくださいいいいいい!!」
最後の叫び。
2人は思い切って腰を下げた。聖剣の下へ体を持っていき、担ぎ上げるような姿勢をとる。その間にも聖剣は岩の中へ戻っていくが、叩き上げるように人間の肩が鍔を持ち上げた。
「いける!頑張れケン!シュウ!」
リッカは思わず叫んでいた。いつのまにか獅子峠一行も横に並び、手に汗を握りながら事の顛末を見届けようとしている。
終わりは突然訪れた。
「ぽん」
なんとも気の抜けた音を立て、聖剣は岩から抜けた。
「抜けた…けど、なんか思ってたのと違う」
裏切られたかのような感覚に、リッカは戸惑った。
しかしレオは、妙に達観した瞳で諭すように言う。
「おそらく聖剣の方が彼らを認めたんだろうな。最後、聖剣を取り巻く光が突然弱まった気がしたぜ」
こいつ全然いいとこ見せられなかったからって適当なこと言って格好つけようとしているんじゃねえのか、なんて事は全く考えずに、リッカは兄妹へと向き直った。
(でも確かに、僕もつい彼らを応援してしまったんだよな…)
彼らの真っ直ぐさには、心を打たれるものがあったのだ。もしかしたら、レオの言うこともあながち間違いではないのかもしれなかった。
「ものすごい力だったな。何が何でも抜けるものか、という意志の強さを感じた」
「そうですね。よし、それではちゃんと戻しておきましょうか」
聖剣を握って天高く構えるケン。シュウも、剣を持ってはいないものの、兄に劣らず勇者然として見えた。
兄妹はまだ肩で息をしている。今思うと、彼らの本気を見たのはこれが初めてかもしれない。
(筋力だけで魔法をねじ伏せるなんて、本当にすごい人達…って、あれ?)
「シュウ、今なんて…」
「そうだな。次使う人に迷惑がかかってしまう」
妹の言葉に頷くと、ケンは持ち上げていた聖剣を岩に再び突き立てた。
「ええええええええええええ?!?!?!」
リッカと獅子峠一行の叫びが見事にハモる。
慌ててリッカも岩に登り、聖剣の柄を握ったが、やはりビクともしなかった。
「なんで戻しちゃうの⁈せっかく抜いたのに、また刺さっちゃったじゃないか!」
血相を変えて喚くリッカを、にこやかに見つめる兄妹。
「ありがとう見知らぬ人。君の声援のおかげで、俺たちは最後まで踏ん張れたぞ」
「良いトレーニングになりました。ここを教えてくれて、ありがとうございました」
2人は律儀に頭を下げ、丘を下っていく。
「話聞け!見知らぬ人はひでぇ!帰り道はそっちじゃねぇ!」
怒涛のツッコミに獅子峠一行は圧倒された。
「聖剣はトレーニングマシーンじゃねえええ!!」
リッカの悲痛な訴えは、今日一番の大音量をもって、はるか彼方異国の大地をも轟かせた。
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