その15〜人の話を聞こうぜ〜
バトルです
バトルは難しいです
居酒屋は静けさに包まれていた。客達は固唾を呑んで事の成り行きを見守っている。
「…」
黒マントの少年は何も言わない。ただ目の前に立つ頭のおかしな青年を見つめていた。
「ケン!何やってんだよ、早くこっち来い!すみませんこいつちょっと頭おかしいんで気にしないでください」
「何故だハピネス!俺はただ彼と闘いたいだけなんだ!」
当然のようにリッカの平手打ちはケンには聞いていなかった。殺すくらいのつもりで叩いたのに!
いやいやと体を揺するケン。もやしっ子のリッカはただ振り回される。
「いいぜ。闘ってやる」
絡み合っていたリッカとケンは、声の主へ顔を向けた。
「表へ出ろよ」
マントの少年はテーブルにナイフを突き立てると、軽い動作で立ち上がった。そのまま振り返らずに店の外へ出て行く。
真っ青になったリッカと、呆然としている他の客を置いて、ケンもウキウキと出口へ向かった。
「やばい…やばいよ…」
まさか少年の方から乗り気になってしまうとは思わなかった。
リッカは当てもなく店内を見回す。助けてくれそうな人はいない。全員が好奇心を露わに店を出た2人の戦士を追っていく。
部屋に戻れといった手前、シュウに助けを求めるのは憚られる。彼女が入って行ったら、より問題が複雑になりそうだし。
「取り敢えず僕も外に…」
『ウッドデッキ』の前は広めの路地で、しかしそこには大きな人だかりが出来ていた。
騒ぎを聞きつけた人々や道行く通行人が野次馬となり、楕円を作り上げている。皆が興奮に沸き立ち、賭けを呼びかける声も聞こえた。
文句を言われながらも人混みを掻き分けて行くと、やはり、円中央ぽっかりと空いた場所に、2人の青年が向き合っていた。
「ルールはそっちが決めていいぜ」
投げ捨てるように黒マントの少年が言った。声と身長の高さからして、自分と同じくらいかもしくは年下なのではないかとリッカは推定する。
(子供にケンと闘わせるなんて…いや、危ないのはむしろケンの方なのかもしれない)
黒マントの少年は凄腕の殺し屋だと聞いた。周りの人間が避けていたことからしても、相当強いのではないかと考え直す。
「頭部、股間への攻撃は禁止。今周りの皆さんが作っている円の外に出るのも禁止。武器の使用は可。相手を地面に倒したところで終わり。どうだ?」
ケンが物凄く長く喋っていた。あんなに話せるのか、ケン。見直したぞ。
黒マントが頷くと、ケンは腰を落とし、構えを作った。
彼が何の拳法を使っているのかは知らなかったが、リッカには、それが特殊なものの様には見えなかった。正拳突きの構え。小細工はせずに、真っ向から挑むつもりなのだ。
合図などなく、試合は始まった。
先に動いたのは黒マントだ。
その圧倒的なスピードにリッカは息を飲む。一気に距離を詰めた黒マントは懐から何かを取り出しケンへと突き出す。
ケンは軽く身を晒し首元へ飛んできたそれを避けると(首元!)、素早く黒マントの背後へ回り込む。
そして手刀を同じくその首元に叩き込んだ。
しかし手応えがない。揃えられた指先はマントを切りつけたが、抵抗なく黒い布がはためいただけだった。
「ケン!下だ!」
リッカの叫びにケンが視線を下ろす。
マントから身を抜き低く屈んでいた少年が、一気に飛び出した。
ここで初めてリッカは少年が持っているそれを認識する。とてつもなく歪んだ形状の、ナイフだ。
マントと同じく黒々としたそれは、最小限の動きでケンの脇腹を切り裂き、そのまま少年の腿に取り付けられた鞘へ戻って行った。
ケンは不思議そうに傷口を見ていたが、やがてその体から力が抜け、膝をつく格好でくずおれた。
「ケンが…負けた?」
リッカは力なく呟く。まさかこんなにあっという間に勝負がついてしまうなんて。
周りの客も驚いたようにどよめいている。
少年は落ちたマントを拾い上げ、肩に引っ掛ける。
マントの下も全身黒のコーディネートで、頭髪だけが異様に白い。片目も白く濁っている。
「キマイラの毒だぜ。あと1分で死ぬよ、あんた」
何でもないことの様に、少年はそう宣言した。
天使の様な、眩しい笑顔だった。
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