その11〜人の話を聞かないか〜
再開します!頑張ります!
今回は少し長めです!
じゃきんっ どすっ
じゃきんっ どすっ
朝靄の中、森に響き渡る異質な金属音。
しかし規則的に聞こえるそれは、鹿威しのような風流を感じさせた。
「いやいやいや」
頭を抱えて唸る少年。
「どこにいるかと思ったら…。まさか聖剣を…村に受け継がれてきた伝説を持つ聖剣を…」
少年の前には巨大な岩。上部には2人の人影。片方は膝の曲げ伸ばしを繰り返し、もう片方はそれを眺めている。
「筋トレマシーンに使っているとはね…」
少年もとい見習い魔法使いリッカは、大きくため息をついたが、岩の上の2人は気づくそぶりすら見せなかった。
*
「いや、本当にいいものを教えてもらったぞ、リック」
「顔を覚えてくれたのは本当に嬉しいけど、出来れば名前も覚えて欲しいんだ」
「お陰でこの二週間で、足腰が鍛えられたぞ」
毎朝の恒例となった聖剣トレーニング。その帰り道であった。
聖剣を抜いては戻し、抜いては戻しを繰り返すうちに、兄妹はとうとう1人ずつでの聖剣抜きを可能にした。代わる代わるスクワットをしながら伝説の聖剣を抜く彼らの様子を、ただリッカは見ていることしかできなかった。
武藤兄妹が異世界に転生して二週間が経とうとしていた。しかし、その間、兄妹がしていたことといえばひたすら体を鍛えることだけだった。初日のゴブリン襲撃からは、村にモンスターが侵入してくることがなかったのである。
「ごぶりんとの交戦で何だか力がついたような気もしますし、異世界は理想的な修行場ですね!」
「いやいやシュウちゃん?これ以上強くなってどうするの」
そう。彼らの強さはもうすでにリッカの理解の範囲を超えていた。
そもそも聖剣とは魔法の力による封印がかけられた剣である。力任せに抜けるものではないのだ。ないはずだった。
『兄妹が実は選ばれし勇者だった』という線がないこともない、が、多分違う。根拠は無いのだが、リッカはただ、そうだとは信じたくなかった。
突然、ケンの腹部が豪快な音を鳴らす。
「むむ、何だかいきなり腹が減ってきた。走るぞ!」
「我慢できないのそのくらい」
「そうですね!リッカさん、私が背負いますね」
「ちょっとそれは倫理的にどうなのかな」
リッカの運動神経は決して悪くない。しかし、この兄妹の俊足にはさすがについて行けないのだ。それを気遣うシュウが申し出たが、リッカは断る。
シュウとは年が一緒である。同い年の女子に背負われて帰るなんてことは、社会的な死に等しい。
「ほら、急ぐぞリッキー!」
誰それ?と言おうとしたところでリッカの体は宙に浮いた。ケンの広い肩に背負われたのだ。二つ折りになって引っかかっているような形である。内臓への負担がかなり大きい。
「今日は確かごぶりんの干し肉が解禁される日ですよ兄上!」
「ではますます急がねばな妹!全力疾走だ!」
「ちょっとまってこの状態で全力疾走っていったら僕の胃液がちょっと危ないことにうわわわおろろろろろろろ」
兄妹の走る後には、点々と酸性の水たまりができていた。
*
「何とか間に合ったようだな。みんなの食事も取ってこよう」
ケンがそう言い食堂の前へ向かった。
教会横の大食堂。寝起きらしき見習い魔法使い達が、グロッキーなリッカを気の毒そうに横目で見ていく。
「大丈夫ですかラッキーさん。ほら、お水を飲んで」
「犬の名前かよ…。ありがとうシュウ…」
よく出来た妹がテーブルに備え付けの水を注いでくれた。心配そうにリッカの顔を伺いつつも、彼女の顔はワクワクしているようである。
「やっとごぶりんが食べられますね。まさか毒抜きにこんなに時間がかかるだなんて」
ゴブリンの血は毒性である。肉を食べられるようにするには、充分な血抜きの後、太陽の光に二週間ほど晒しておく必要があるのだ。
「ほら、とても美味しそうだぞ。ハッピーも、とりあえず食べてみろ」
どんどん幸せそうな名前になっていく少年。
ケンの差し出したプレートには、質素な白パンに加え、薄く緑がかった黒い物体が添えられている。
ゴブリンの干し肉だ。
やがて食堂は静まり返り、神父が祈りの言葉を口にすると、その横に立っていた修道女が鐘を鳴らした。
鐘の余韻が止まないうちに、人々は一斉に食事を始める。
リッカもやっと顔を上げ、久々の肉に手を伸ばした。
「上手い!とても柔らかいな!」
「美味しいです!とてもしっとりしています!」
実に抽象的な兄妹の食レポだったが、その表情は喜びに満ちている。他の村人達も、幸せそうに肉を頬張っていた。
「本当だ…すごく美味しい」
呟いたのはリッカである。
鳥とも牛とも違う、深い味わい。独特の臭みがあるが、それが逆に食欲を誘った。
食べ物の力は偉大だ。リッカはすっかり元気を取り戻し、今度は白パンを頬張った。
「デザートはスライムだそうです。とても綺麗ですね」
いつのまにかシュウが立ち上がり、全員分のデザートを持ってきてくれていた。
机に置かれたのはどんぶりのような陶器の器で、中には半透明の青い物体が入っている。
まんまスライムだ。
スライムはよく冷やして食べる。喉越しは爽やかでほんのり甘い。子供達も嬉しそうに食べているのを見ると、リッカは何だか複雑な気持ちになった。
(全然話を聞いてくれないけど、やっぱり悪い人じゃないんだよな、この兄妹)
「そういえば、あの人たち、あの、鎧とか着てらっしゃる、あの人たち」
「獅子峠さん達?」
「おそらくそうです。昨日見かけた時、何か準備していらしたのですけれど、今日どこかへ行かれるのですか?」
スライムをつつきながら、シュウが尋ねた。リッカはまずシュウが獅子峠を認識していたことに驚いた。やはり同じ世界からの来訪者。何かしら思うところがあるのかも知れない。
「ああ、あの人たちは、今日とうとう村を出るみたいだね」
「村を?」
「うん。召喚された勇者様方は、一定期間教会に滞在した後、『都』に向かうことになっているんだ」
「『都』か。この辺りをよくうろつきまわっている黒服の怪しげな男が何か言っているのを聞いたことがある」
「それ神父さまのことだよね」
「確かこの村からずっと遠くの方にある、王の城がある巨大都市だったな?」
リッカは頷いた。この世界に、人間の国家は1つしかない。その中心部となっているのが、『都』なのだ。
「魔王退治に行く旨を、まずは王様に申し出なきゃならないんだ」
「よし、俺たちもそろそろ行くか」
「ん?どこに?」
「どこって、ハピネス。人の話をちゃんと聞いてないとダメじゃないか」
無性にケンを殴りたくなったリッカだったが、絶対に当たらないので諦める。
「都に決まっているでしょう?」
シュウが後を引き継ぐ。彼女の表情は、ゴブリン肉を前にした時よりも期待にあふれていた。
リッカはしばらく考える。
確かに、彼らの実力は痛いほどに(とくに頭と内臓が)よく分かった。もうそろそろ旅に出ても良いのかもしれない。
「うん。そうだね。神父さまにお願いしてみよう」
「そうと決まれば早速準備だ!」
「いやまだ何も決まってねぇよ聞けよ」
「出発はいつですか兄上?」
「まず神父さまと話すって言ってんだろがいきなり無視しだすなよお前ら」
「もちろん!」
リッカの言葉はガン無視で、ケンが凛々しく立ち上がった。
「今日だ!」
「いやさすがに怒るぞ」
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