線香花火
受話器を戻し寝室に行く。
「誰からの電話でしたの?」
「美代からで、帰って来られないそうだ」
「雪のせいですか?」
「向こうでも大雪で、飛行機が全て欠航になっているらしい」
「そうですか…………」
「でも丁度良かったじゃないか。
正月は寂しいかも知れんが、美代が帰って来るころ千代が孫達や旦那さんを連れて里帰りしてくるだろうからね」
「そうですね…………」
千代は高校生のとき海外留学に行き、その留学先で生涯の伴侶を見つけて学校を中退して嫁いで行った。
美代は北海道の大学で勉学に励んでいる。
2人の娘は私達が50を過ぎてから漸く授かった双子の子供達。
私達はもう70を越えている、20代30代で子供を授かった親達と違い、子供達と過ごせる年月はそれほど多く残っていない。
それだけに妻が今寂しく思っている心の内が分かる。
ただその事で今月半ばに罹患し完治が長引いている風邪が悪化するのも困る。
そう思った私の頭に先程物置で見つけた花火が浮かんだ。
今年の夏、千代が孫達を連れて帰省すると思い買っておいた物。
「そうそう、さっき物置で花火を見つけたのだ。
冬の花火も乙な物、花火をやろうじゃないか」
「雪の降り積もっている今ですか?」
「それも面白いじゃないか」
寒くないようにヒーターと加湿器を最強にして暖かい服を着せ、縁側に分厚い座布団を置いてその上に座らせた。
「どの花火をやる?」
「じゃ、線香花火を」
「分かった、はい」
線香花火を渡しその先端に火を点ける。
妻の頭上に傘を差し伸べた。
雪降る夜の花火も雪明かりに灯され、これはこれで風情がある。
妻は線香花火の火種が雪の上に落ちる度に次の線香花火をねだった。
「2人が小さかった頃を思い出しますね」
「そうだね…………」
無心に線香花火に没頭していた妻がふと顔を上げ、脇で線香花火を同じように無心に見つめていた私を見上げる。
そしてプッと吹き出した。
「お父さん!
私に傘を差し掛けてくださるのは嬉しいですけど、あなたが雪だるまになっていますよ」
「え!?あ、本当だ」
身体に降り積もった雪を払い落とす。
「後ろを向いてくださいな」
立ち上がった妻が背中に積もった雪を払い落としてくれた。
「あー楽しかった」
「もう良いのかい?」
「ええ。
残っている花火は、子供達が帰って来てからみんなで楽しみましょう」
「そうするか」
花火を楽しんでいる間に温めておいた布団に妻を寝かせる。
「あー温かい」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
電気を消し私は部屋を後にした。