プロローグ
暇つぶしにでも読んでみてください。
ここがどこなのか、最初は分からなかった。
ただ、目の前には私の知らない人が私の心配をしていたり、私の指が勝手に動いてピアノの練習をしていたり。
てか、みんな口々に「お嬢様は優れた才能をお持ちですね。」とか言ってきますけど、お嬢様って誰ですか。
なんて色々と現実逃避をしながら、のらりくらりと2日間過ごして来たけれども!!
そろそろ言わせてほしい。
(なんてこった!!!!)
………
私の名前は紀坂真琴。
残業が多すぎる少し小さな企業に勤めてた26歳OLだった。
別に会社のことは嫌いではなかったし、結構なやり甲斐と言うのも感じてたから、別に残業は苦ではなかった。
それにブラック企業ではなかったから残業代もちゃんと貰えてたし、会社の中では結構優秀なOLだったんじゃないかな?
そして、結構可愛い歳の離れた妹と一緒に暮らしてたから、毎日のようにやってくる残業も、妹が作ってくれる晩御飯を食べるために速攻で終わらせて、遅くとも夜の9時半には家に帰ってた。
両親?そんなものは知らん!!
………と言うのは嘘で、5年前に父さんが浮気して出て行っちゃったから、母さんのストレスが溜まりに溜まりまくって、去年お亡くなりになってしまった。
あのクソジジイが母さんの遺産目当てで金の無心に来たこともあったけど、あんたにやる金は1円もない!って言ってやったら逆ギレして帰っていった。
他にも、相続の問題が色々あったけどそこはもうどうでもいいよね。
まあ、私も妹も小さい頃からお年玉とかお小遣いとかは貰っても使わないから即貯金してたし、親戚からも仕送りを貰ってたから、別にお金に困ってるわけじゃなかった。
それに、妹にお小遣いあげられるくらいは私も稼いでたし。
せめて、妹が大学卒業するまでは養ってあげなければ。
なんだろうな、そんな強い責任感が私の中にはあった。
彼氏を連れてくるなら連れてこいっ!お姉ちゃんがそいつ大丈夫かどうか確かめてやるから!!……的なことを残業中の同僚と気休めの会話でガチトーンで言えるくらいのシスコンだったのは自覚している。
そんな、可愛い妹が乙女ゲームと言うものに手を出したのは、高校生になってくらいだった。
なんと言うことだろうか。妹はイケメン(2次元に限る)が大好きだったのであるっ!!
お小遣いを貯めては乙女ゲームを買い、オシャレはしなくてもいいのか聞けば、そんなことより乙女ゲームがしたいと言われ、挙句の果てには私までプレイに誘う始末。
花の女子高生がオシャレをそんなことって……とか思ったけど、まあ人それぞれか、なんて思いながら休日は出掛けずに妹と家でゲームをしていたダメな大人だった。
そして、最近妹がハマってた乙女ゲーム。それが、【ローズクォーツの恋の魔法】ってゲームだった。
王子やら騎士やら魔術師やらと恋愛をし、最終的には彼らと共に世界を脅かす魔王を倒す物語だ。
なんで乙女ゲームに魔王が出てくるんだろうか、と不思議に思いながら、夜な夜な妹のレベル上げを手伝ったものである。
不健康かもしれないが、妹のお願いには勝てない。それは全国の姉や兄の殆どの共通点だろう。
別に、妹はゲームにかまけて課題や夕飯の支度を怠っていたわけではなかったのだから、文句もない。
そして、妹に進められて私も実際にゲームをやってみると、ドハマりしてしまったのである。
理由?そんなの決まっている!
悪役令嬢の1人とその兄がめちゃくちゃ好みドストライクだったからだよ!!
まず、悪役令嬢の外見ね!
青のグラデーションの銀髪に、瞳はタンザナイトみたいな多色彩のブルー!!
顔は人形みたいに整ってて、肌は雪みたいに真っ白!!
どこのモデルさん?って思うほどのけしからんスタイルにもう一目惚れしましたね、ハイ!!
しかも、性格も全然嫌なタイプじゃなくて、大好きな兄に釣り合う淑女になるために沢山の努力を重ねてきた秀才!!
ネットでは非公式ファンクラブあったからね!!
どちらかと言うと、悪役令嬢って言うより当て馬感が凄いんだけど。
次は悪役令嬢の兄!
こっちは濃紺の髪に金のメッシュで妹とは似ても似つかない髪色なんだけど、その代わり目の色が全く同じだったんだよね!!
もちろん、この人も美形でどこの俳優だよ!!って本気で思ったんだ。
しかも、兄の方も努力家で小さい頃から天才と持て囃されてきたらしいけど、それを一蹴。これくらいは出来て当然だとか言い放っちゃう、まさにThe出来る男なんだ!
もう兄妹揃って努力家で美男美女とか最強過ぎるわこの二人。
悪役令嬢の兄は攻略対象だったから、もうメインの王子を無視してひたすら兄だけを攻略したね!!
妹は兄の方に結構ガチで恋してたからめっちゃ必死になってて、すっごい可愛いくて、もう1回で2度おいしかった。
課金ゲーなところもあったから、その時は二人で相談して光熱費や電気代を最小限にしたり、妹がバイトを始めたりして、ちょくちょく課金をしていた。
幸い、ネトゲ特有のランキング制はなかったから、休日に一気に進められたし、それなりに戦闘面でも強い方になったと思う。
でも、まだ配信されてないストーリーもあって、その日はストーリー配信日だったから、急いで家に帰ろうとしたんだ。
何時も通り、駅のホームで電車を待ち、今日配信されるストーリーの中に悪役令嬢の兄のルートはあるだろうか、そう考えながら、もうすぐ電車が来ると放送が入ったので、立ち上がり黄色い線の近くに並んだ。
この時間帯は駅を使う人はそんなにいないから、万が一の事故も起こるはずがない。
そんな私の考えは、
「っは?」
誰かに背中を押され、線路に出てしまったことで払拭された。
当然、電車は目と鼻の先で、人身事故が起きてしまうのは防げなかった。
おおう、なんてこった。
知ってるか?人身事故を起こしてしまった場合、その家族が賠償金やらなんやらを払わなければいけないんだぞ!!
てか、悪いの私じゃないし!!というわけで、そこの大人しそうな女子高生!多分君見てたよね!?警察への証言よろしく!!
ああ、でも真凛はこの先1人で大丈夫かな?
死の間際って結構苦しいんだ、とか思いながら家にたった1人遺されてしまう妹の身を案じた。
ここで、紀坂真琴の人生は26年という早さで幕を閉じたのである。