後日談 side啓悟
オレは走って、竹都たちのあとを追った。
梨緒の元気がなくなってから、感じる事の無かったこの身体の軽さ。
久しぶりに取り戻せた。
嬉しくて、顔がゆるむのを抑えながら走っていると、前方に梨緒と竹都の姿があった。
梨緒は竹都に背負ってもらっている。
あれじゃ、まるで兄妹だ。
竹都は、まだ兄でいる気なのか?
そんな呑気な親友に、少し意地悪をしようかと思ったが、背中に梨緒がいるんじゃ、何もできない。
「よ」
と、後ろから声をかける。
すると、竹都は振り返り、おう、と微笑んだ。
オレは梨緒の顔が早く見たくて、背中を覗き込む。
ケンカしたことなんて、頭になかった。
「おう、梨緒……って」
軽い挨拶をしようと思った。
しかし、そこにいる自分の妹は、静かに寝息をたてていたのだ。
……疲れたのかな。
「疲れてたみたいだな」
竹都がオレが思った事を口にする。
ちょっと上から目線で言われて、少しむっとした。
「分かってる! ……梨緒、一人でたくさん悩んだんだもんな」
オレは梨緒の頬を優しく撫でた。
それでも梨緒は起きない。
「でも、良かった!」
オレは笑って、立ち止ったままの竹都の横を通り過ぎ、夜空に向かって笑った。
梨緒が戻ってきてくれて、本当に良かった。
うきうきした歩調で、オレは家へと向かい始める。
そのあとを、竹都がついてくると思った。
しかし、何も、足音も、聞こえてこない。
数歩進んで、不審に思い、オレは振り返る。
するとそこには、何故かきまり悪そうな顔をしてこちらを見ている竹都がいた。
竹都はうれしくないのか?
「どうした、変な顔して」
オレは怪訝そうな顔をして尋ねた。
すると竹都は、えっと、と口ごもった。
「なんだよ、なんかあったのか?」
「その……啓悟に言わなきゃいけないことがあるんだが……」
「だからなんだよ。もう、悩み事はここで一気に片付けちまおうぜ!」
オレはそう言って笑った。
もう怖いものなんてないんだ。
梨緒が、そこにちゃんといるんだから。寝てるけど。
しかし竹都は晴れない顔のまま、口を開いた。
「……梨緒に、告白した」
オレは、かたまった。
笑顔のまま。
聞いてくれ。その時天秤が平行になって止まってしまったんだ。
オレは確かにあのとき、竹都が梨緒の彼氏になっても良い、と言った。それは今でも言っても良いと思っている。竹都は梨緒のことをよく知っているし、梨緒も竹都に懐いて信頼している。梨緒が崩れそうな時、梨緒が信頼をする相手は竹都であると分かっている。だから竹都には梨緒のそばにいてほしいと思う。でも、考えてみてくれ。この生涯溺愛してきた可愛い可愛いオレの妹が、オレの元から離れて、まあ信頼はできるが、お人好しの乙女心の分からない男の元に行くのだ。少しの不安も無いと言えば嘘になる。
その二つの事柄が、天秤を平行にしている。
どっちを、傾ける?
とりあえず、竹都には言う事がある。
オレはめいっぱい息を吸って、竹都を睨んだ。
「オレの可愛い妹をとりやがって、
この、ロリコン野郎!」
叫んだ。
さっき、父さんに叫んだよりも強く。
父さんなんかどうでもいいんだ。梨緒のためにオレは叫ぼう。
妹への愛を!
考えてみろ、今までずっとずっと可愛がってきたのだ! 梨緒が生まれたときからオレは梨緒と一緒にいたんだ。お兄ちゃんお兄ちゃんと、ここまで反抗もそんなにせずに、素直にオレについてきてくれた。その可愛さと言ったら!
言ったら!
胸の中で梨緒への愛が溢れすぎて気持ち悪くなってきたところ。
「あ」
竹都が空を見上げる。
「あ?」
オレは、その不思議な行動につられて、間抜けな声を出した。
空を見上げる。
星が、まばたきをした音。
それと、白い、ふわふわした、雪が舞い降りてきた。
「……」
オレはそれを、まっさらな気持ちで見た。
すると天秤は、いともたやすく、傾いた。
くるりとオレは、進む方向へと身体を向けた。
「あ、おい」
竹都はオレが何も言わないので、呼び止めた。
それでもオレは振り向かない。
だって、すごく、嬉しいんだ。
「そっか、告白したのか……悔しいけど……すっげえ嬉しい!」
オレは笑った。
こんな顔、竹都に見られてたまるか。
梨緒にも見せられない。
嬉しすぎて、泣けてくるなんて。
白い軌跡が、街に舞い降りてくる。
やっと、降った雪。
やっと、聞けた言葉。
オレは、この三人でいれて、本当に、良かった。
これからだって三人だ。
もちろん、親友としてお兄ちゃんとして、遠慮するときもあるからな!
良い兄ちゃん。