離婚編 15
電車内で俺たち二人は、静かに、外で流れる光を眺めていた。
その間も、俺たちは手を繋ぎ合っていた。
俺は、もうこの手を離さない。
生徒会長に言われた言葉、遠野さんに言われた言葉を思い出しながら、俺は窓から外を見る。
梨緒も、優しい眼差しで外を見ている。
このあとは、啓悟に会って、みんなに連絡するだけだ。
それと、俺は梨緒に、大切なことを伝えるんだ。
オレは遠野さんから連絡をもらい、商店街へと走る。
梨緒はあいつを置いて駅へと向かったと言っていた。竹都が駅に行くと連絡をくれたので、梨緒は竹都に任せよう。
オレは、梨緒に顔向けする前に、片付けたい事がある。
寒い夜空の下。商店街に、疲れた様子の中年の男がいる。
オレは、そいつの横で止まった。
そいつは、情けない顔でオレを見た。
「啓悟……わたしは」
「あんたみたいなオッサンの話を聞いていられるほど、オレはお人好しじゃない」
「……」
その一言で、目の前にいる男は黙った。
久しぶりに面と向かった。
あの時は、オレたちじゃどうすることもできなかった。現実を受け入れるので精いっぱいだった。
でも、今は違う。あの頃の弱い立場のオレたちじゃない。
ちゃんと、自分で道を選べるほどの力を、持ってる。
オレは、あのときから少し、大人になったんだ。
「妹が心配だから、お前の身の上話は聞けない。だが、オレは長男としてお前に言いたい事がある」
もう、怯えたりしない。
とられることを、いなくなることを、なくなることを考えたりしない。
オレは、頭が悪いんだ。
だから、あいつをしっかり見ている事。それだけで、いい。
「梨緒にも母さんにも、近付くな」
「そんな……!」
男が身を乗り出してくる。
梨緒をそそのかした挙句振られた癖に、まだ執着があるっていうのかよ!
オレは、その未練ある姿につい、頭にきてしまう。
「最初に捨てたのはアンタだろ!?」
そう感情に任せて怒鳴ってしまった。
けれど、すぐにそれに気付き、深呼吸をした。
違う。こんな状態で、感情に任せてわめきちらすんじゃない。
だってこれが、最後だから。
「お願いだから、もう、関わらないでくれ」
「……」
「みんなきっと寂しいし、辛いんだ」
「啓悟……」
オレは、そう言い残して踵を返した。
これで十分だ。これ以上、何も言う事も無い。
オレはもう、二度とこいつを見ない。
そう、誓ったのに。
「啓悟、すまなかった」
情けない声が聞こえてきた。
つい一瞬前の自分の決意もむなしく、すぐに振り返ってしまった。
そこには、自分に頭を下げた、男の姿があった。
オレはその姿を見て目を丸くして、拳を強く握り締めた。
あぁ、これが、怒りか。
「……父親が、子供に頭を下げるんじゃねえよ」
そう、唸るように言った。
これが、最後だ。本当に最後だ。もうオレには、父親なんていない。
これからは、三人で暮らしていくんだ。
そいつは頭を上げて、優しげに微笑んだ。
「啓悟、髪、金は駄目だと思うぞ」
「うるせ、調子に乗るな」
オレは言って、背中を向ける。
自分が思うよりも、足は早く動いて行く。
べつに、照れてるとか、そういうんじゃない。
梨緒が心配で心配で仕方ないだけだ。
駅を出て、自分たちの家へと向かう。
二人で歩く足音は、一つが早くて、一つがゆっくり。
梨緒の歩幅は、小学校あたりから変わらない。
俺は、それに合わせて一緒に歩いてきた。
妹のように思っていた。
妹のようにと思い込んできた。
でも、違う。
小さい頃から違うだろう?
あの時三人でいたいと思った。本当に強く想った。
でも、俺が梨緒のこと好きでも、啓悟はそれを許してくれて、また三人で一緒にいてくれる。
確信した時、啓悟に許された時、嬉しかったんだ。
だから伝えよう。
「梨緒、迎えに行ったら、告白するって言っただろ?」
立ち止り、横で手をつなぐ梨緒を見おろす。
梨緒の手が、その瞬間体温を増した。
ちなみに、顔も赤くなっている。
けれど梨緒は、俺を正面に見据えてくれた。
周りの家から聞こえる生活の音が、ひっそりと息をひそめる。
空には静かに、星のはじける音。
俺は、確かな音で鳴る鼓動を感じる。
そしてそっと、梨緒へと顔を近づけた。
「好きだよ、梨緒」
そう言って、俺は梨緒の頬に唇を落とした。
唇にしないのがロリコン紳士の嗜みです。