離婚編 12
終業式当日は、何故か梨緒の姿が見えなかった。
終業式では一年生は特に仕事も無く、学年ごとの列に座るので、梨緒はそこにいるのだろう。しかし、朝も見かける事は無かった。
不安になって、体育館に早めに来ていた実さんに声をかけてしまった。
「別に、普通に学校に来ていますよ」
普段と変わらず、落ち着いた声で実さんは返答してきた。
実さんは、梨緒の一件を多少なりとも知っているが、それでもこの状態を保っていられることに、感心する。
俺への怒りは、ひしひしと感じるけれど。
「……竹先輩は良いんですか、梨緒のこと」
「まあ、なんとかしなきゃいけないとは、思うけど」
「……梨緒のことは竹先輩が一番わかっていらっしゃると思ってます」
実さんはそれ以上は何も言わず、自分のクラスが並ぶ列へと戻っていった。
梨緒のことは、俺が一番わかってる。
いつも厳しいことを言う子だと思う。
だけどそれだけ、梨緒を大切にしているんだ。
今のままではいけない。
啓悟が、俺に託してくれた思いのため。
何より、俺の……自分の、気持ちのため。
拳に力を入れ、息を呑むと、終業式が始まると司会が告げた。
終業式のあとは、特にやることもなく、昼前に学校が終了した。
梨緒もこのあとに何か用事があるとは言っていなかったので、俺は梨緒と一緒に替えるために一年生の教室付近へ行く。
するとそこには、久しぶりな光景を見た。
実さんと、梨緒が一緒にいたのだ。
実さんは、いつもより穏やかな顔をしている。
梨緒は俺を見つけると、元気に手を振ってきてくれた。
俺も降り返しながら、梨緒に近付く。
梨緒のこんな姿、久しぶりに見た。
まるで、夏休みに帰省してきた孫を迎えた祖父のような気分だ。
……いや、老成し過ぎである。
梨緒は実さんの手を引きながら、俺に駆け寄った。
「今からね、みーちゃんと遊びに行くの!」
「最近梨緒、付き合い悪かったので」
俺はそれに微笑んだ。
最近は、ずっと父親と一緒に居たのだ。それが悪い事とは言わないが、やはり、こちらのほうが、オレとしては良い。
梨緒は、本当に父親とはもう会わないのだろう。
そう信じても、良いのだろう。
梨緒は、あのとき頑張るから、と言っていた。
あの言葉が、まだ心に引っかかっているのだが……
「じゃ、俺は先に帰るよ。と言っても、家にお邪魔するんだけど」
「いいよ。それじゃあね、竹お兄ちゃん」
実さんの手を強引に引っ張りながら、梨緒は廊下を歩いて行ってしまった。
啓悟に、今日は遅くなる、って伝言してくれ、と頼まれると思っていた。いつもの梨緒だったなら、そういうはずだろう。
やっぱり、喧嘩しているんだろうな。
俺は肩をすくめる。
今回の喧嘩は、そんなにすぐに解決する事じゃない。
……それにまだ、梨緒の問題も、解決したわけじゃない。
でも、必ず終わらせよう。
毎年毎年、梨緒は父親を思って辛い気持ちになっていた。
それも、これで終わりにする。
そして終わったら、俺は、梨緒に大切な事を伝えよう。
啓悟の家にやってきて、俺は読書をさせてもらっていた。いや、だってやることないし。
啓悟は何かを考えていた。そして、沈黙を破るように、いきなり啓悟が机に頭をたたき落とした。
「そうなんだよなあ。オレ、梨緒と喧嘩しちまったんだよなああああ」
やはり、梨緒のことを考えていたらしい。
しかし、昨日のあの酷い言葉は言ったいどの口から出てきたのか。
すっかり意気消沈しているようである。
「確かに、難しい問題だし、啓悟がああいうのは、仕方ないとは思う。言い過ぎだったけど」
「そうなんだよ、オレ言い過ぎたんだよ! 酷いよ、可愛い可愛い梨緒にそんな事言ってしまうなんて、人生最大の不覚! オレにはもう生きる価値なんてない……」
「話が飛躍しすぎだぞ」
本をぱたりと閉じて、啓悟の悩みに参加する。
「今梨緒は実さんと一緒にいるっていうけど、実際は、どう考えているんだろうな」
「梨緒は物事の整理がうまいからなあ。切り替えが早いというか」
梨緒のことに関しては本当によく分かっている。犯罪臭がするのは俺だけではないはず。
「本当にもう父親と会わなくて、元の生活に戻ってきてくれてる、だったら、良いんだけど……」
今の梨緒の様子だけを見れば、そう解釈しても良いだろう。
けれど、心の突っかかり。
頑張る。
何を?
梨緒は、何を頑張ろうとしている?
啓悟は机に突っ伏したままため息をついた。
「梨緒本人が居ないところで考えても、なんにもなんねえよ……」
「ま、お前の前じゃ、梨緒は本当の事言わなそうだけどな」
ちょっとしたブラックジョークを挟んでみた。
皮肉っぽい友達と言うのも、居て助かるものだ。
しかし啓悟は、
「そのためにお前がいるんじゃんかよ」
さらりとかわした。
何か悟りを開いている。
実は啓悟、こういう性格も隠していたんじゃないか?
など思いながら、参ったよ、と苦笑した。
お久しぶりです。この夏休みで終わらせたい(夏休みあと二日)。