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離婚編 07


「度々すまないのだが」

 啓悟がまた電話をかけてきた。

 前回と同じく、早朝に。

「おう、なんだ?」

「梨緒の帰りが遅かったわけだが」

 ……お前は父親か。

 いや、確かに父親の代わりを務めようとしているかもしれないが。

「訳が分からないのだが」

「実さんとどこか行ってたんじゃないか?」

 梨緒だって全うな女の子なわけだし。女子は買い物が好きな生き物なのだし。

「それだ!!」

 画期的なアイデアのような反応をしているが実は安直な考えである。しかし、啓悟はまたうーん、と唸ってしまう。ころころと忙しいやつだ。

「実と一緒だったら言ってくれるはずだ。でも、どこに行ってたか、って聞いても黙ったままで……」

「それは、おかしいな……」

 梨緒はそんなに秘密主義ではない。友達とどこかに行くぐらいなら家族に言うはずだ。

 やましいことがある、と言ってしまうと言葉は悪いが、これは心配した方が良いだろう。

 冬子や啓悟を避けている。これは目に見えている。そして、無理に笑っている。必ず何かあるのだろう。

「……もっと、ちゃんと、本人に聞くべきなんだと思う」

 ぽつりと呟いた。

 自信がなかったわけではない。ただ、自分がこれを言って良いのかと不安で。

 だって俺は、梨緒にとってなんでもない存在だ。

 冬子の臆病者という言葉が脳裏に浮かぶ。でも、当たり前じゃないか。たとえ臆病者じゃなくても。俺は、梨緒の心に踏み入ることはできない。

「じゃあ、放課後、必ず梨緒をつかまえて家に来てくれないか?」

「え、なんで俺に?」

 そんなことを考えていたせいだ。

 反射的に、出た言葉がそれだった。

 これには、自分でも少し吃驚した。

「なんで、って、同じ学校だろ。……それに、そういう仲裁は得意だろ? オレ、感情的になりやすいから」

 啓悟でも啓悟なりにこの問題については慎重らしい。

 弱々しい声に心配の方が強くなり、俺は分かった、と短く答えた。

 それから話を終えて電話を切る。時計を見ると、そろそろ家を出る時間だ。

 早く解決してくれれば良い。

 祈りながら、重たい鞄を持ち上げた。


 しかし、自分が願っていることと現実には大きな差異ができる。

 既に教室の窓からは夕日が差し込んでいて、教室に残る生徒の数も少ない。

 一年生の教室に上級生が来るなんて、一年生にとっては怖いことだろう。横目で一年生たちの視線を感じながら、梨緒の教室へと行く。昼休みに待っていろ、とメールは入れておいたから、待っててくれてるはずだ。

 梨緒のクラスにつき、中を覗いてみる。しかし、そこに梨緒の姿はなかった。

 このクラスも残っている生徒が少なかった。教室を見渡すと、視界に見知った顔が映る。

 その相手と目が合い、俺に気付いた彼女はすたすたとこちらに近付いてきた。

「梨緒はいませんよ」

 おかっぱ頭で、冷静な瞳をした実さんがそう告げる。

「え」

「梨緒が、『竹お兄ちゃん、メール確認しないかもだから、伝言を頼みたいの。用事があるから先に帰ります』って言っていました」

 淡々とした口調で梨緒の伝言を反芻する。

 実さんに竹お兄ちゃん、と呼ばれたことに不思議な感じになり、少し顔をしかめる。

「じゃあ、梨緒は先に帰った、と」

「そう言ってます」

 鋭く突っ込まれた。

 我ながら馬鹿な質問だとは思った。しかし、今まで梨緒がこうまでして逃げることはなかったのだ。

 信じられなくて、反射的に聞いたのだ。

「春川先輩はこれから生徒会ですか?」

「あ、あぁ」

 実さんが積極的に話しかけてくることもないため、俺は返答が曖昧になった。いつもなら、ここで会話が終わって別れるのに。

「……梨緒、変ですよね」

 ぽつりと実さんが呟く。

「……」

 俺は返答しなかった。

 何も言わなかった。

 口を閉じて、実さんを見ていた。

 暫くの沈黙は、俺には短く感じられた。けれど、その短い時間のうちに明らかに実さんは嫌な顔をして、

「では、帰ります」

 冷たく言い放ち、短い髪をなびかせて、するりと脇を通っていった。

 怒らせてしまったのだろうか。

 実さんの感情が未だにうまく感じ取れない俺は、口を結んでにして思案する。

 臆病者、という単語が、頭に浮かぶ。

 俺は実さんの帰路につく姿を見ていた。追いかけはしなかった。呼び止めることも。

 何て言えば良いのか分からないんだ。

 俺は、今の梨緒をどう扱えば良いのかが、分からなかったんだ。



 生徒会室に続く廊下を歩いていると、騒がしい声が聞こえてきた。

 首をかしげて耳を立ててみると、よく聞き慣れた声が混ざっていることに気付く。

 俺はため息を大きくつく。生徒会室に、関係者ではないものはあまり出入りしてほしくないのだ。

 かつかつと生徒会室まで近付いていき、扉を開ける。

 生徒会役員たちの中に、けらけらと笑っている男が一人。

「お、やっと来た」

「仕事の邪魔でもしにきたのか?」

 図々しくも机の上に座っている松川に悪態をつく。

「なんだ、珍しくご立腹だな」

 松川は気にした様子もなく、笑顔のままからかってきた。

「礼儀が成ってないと言ってるんだ。机に座るな」

「あぁ、すまんすまん」

 反省の色も見せずにひらりと机から降りる。

「で、なんだよ」

「なんでそんな攻撃的なんだよ……冬子ちゃんが風邪で欠席、ってただそれだけ」

「風邪?」

 昨日は委員会を休んだし……悪化したのか。

「……そうか」

 俺はぽつりと返事をする。

「……心配しないのか?」

 俺の反応に不満なのか、松川は顔を覗き込んで首をかしげる。

「心配してるさ」

「メールでもすれば? 泣いて喜ぶんじゃね」

「……お前はことごとく性格悪いな」

 ぴしゃりと戒めると、松川は目を丸くして俺を見た。

 叱られたと言うのに、そんな反応が返ってきたので、俺はむっと顔をしかめる。

 俺の表情が更に険悪になったのを見て、松川は慌てて繕うように言った。

「いやいや、まさかあんな鈍かった竹都に言われるなんて思ってなかったから」

「鈍いとは失礼な」

「実際鈍かっただろ」

「……うぐ」

 まんまと言いくるめられてうなる。

「ま、鈍いのはまだ直ってないけどな」

 ぼそりと、しかし俺の耳に届くぐらいの大きさで、松川は呟いた。

「は?」

 少し皮肉が入ったその言い方に、つい乱暴な返答をしてしまう。

「なんでもないない! じゃ、とにかく連絡は伝えたし、オレはさっさと帰りますかな!」

 半ば逃げるように、ひらひらと松川は生徒会室を出ていった。

「なんなんだよ……」

 なんでもないとか言いながら、絶対俺に対してのことだ。胸騒ぎがし、頭の中をかき回されたような感覚が残る。少し、不愉快な感じ。

 そんな感覚に囚われながらも、すぐに仕事に移る。

 そういえば、昨年の年末はこんなに忙しかった記憶はない。ふと思いつき、手を動かしながら昨年を思い出す。

 信じがたいが、あのときは生徒会長がやっていてくれたのだろうか……?

 ……いや、今は考えるときではない。

 混乱を招きそうな発見はさておき、少しでも手と頭を動かそう。

 俺は一度深呼吸をし、頭を整理してから、仕事を再開した。





約一ヶ月空いてた……今年こそ終わらせたい。

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