離婚編 06
「派手にふられたみたいな顔して。さっきの冬子ちゃんは、ニュアンスが『実家に帰らせていただきます』だったよな」
自分で言って自分で笑っていた。
生徒会室にのこのこ入ってきた松川は、俺によ、と手をあげて挨拶をした。
「松川? なんでここに……」
「あぁ、ちょっとした伝言があってな」
松川は言って、一枚のメモ帳ぐらいの小さな紙を取り出した。
「……伝言?」
俺は、首を傾げた。
松川からの伝言と言うと、遠野さんからだろうか。
「ほらよ」
松川は俺にその紙を手渡してきた。受け取って見てみると、どうやら電話番号らしかった。
しかし、この電話番号は……
「国外じゃないか?」「あぁ。元生徒会長様の電話番号だ」
「え、会長!?」
別れて以来何も連絡がなかったから、少しほっとする。
けれど……
弟は、どうなったのだろうか。
「今夜会長から電話がかかってくるかもしれないからな」
「あぁ、そうか……」
「国際電話だからうんたらかんたらとか会長は言ってた」
なるほど……思ったよりも律儀な人だ。
「……あのさ」
俺は、とりあえずこれだけは聞くことにした。
「会長は、元気なのか?」
全てを知っている松川は、これだけで表情を曇らせた。
しばらく黙っていて、
「ま、梨緒ちゃんよりは元気なんじゃねーの?」
と意地の悪いことを言われて、松川はさっさと帰ってしまった。
残された紙を見ながら、俺はため息をついた。
雪の気配が、着々と近づいていた。
また梨緒はいない。
ほんの数日梨緒と帰っていないだけなのに、それが俺にとっては何週間にも感じられた。
梨緒がいない電車の中は、ただひたすら間延びした道のように見えた。
「ただいま」
夜の八時。非常に忙しい生徒会を終えて帰ってきた家は、他の意味で騒がしい。
「お帰り、竹ちゃん!今日も生徒会お疲れさま! おかず、今温めてるからねっ」
もう四十も終わり頃なのに、相変わらずはつらつとした声で迎え入れる母。
春川家では母が一番若々しく、騒がしいのだ。
「生徒会のお仕事、まだ一段落しないの? 竹ちゃんが構ってくれないと、お母さん寂しくて死んじゃうわ」
と、母はお茶目に言う。しかし本人は大真面目なのだろう。
「冬休みに入れば終わるから」
宥めるように答え、リビングの自分の席に座る。
「えー冬休みぃ?」
夕食の準備をする母から、非常に不満げな声が返ってくる。
そんな、あと一週間もないというのに。
嘆息しながら、俺は松川からもらった一枚のメモ用紙を取り出す。
会長は元気だろうか。今電話をかけてくる、ということは、弟が見つかったのだろうか。
様々なことを思案しながら、夕食と、電話を待つ。
「はい、お待たせ」
母がにっこりと、ご飯とシチューとサラダを並べる。
「ありがとう」
俺も微笑み返して、メモ用紙を横に置いて箸をとる。
すると母がメモ用紙を覗き込み、
「あら、もしかして、彼女の電話番号!?」
と女子高生並みのテンションで食いついてくる。
俺はいつものことだったから、違うよ、と普通に返す。
そんな真面目に返さなくてもいいじゃない、とつまらなそうに口を尖らせる母。 いつもこんな調子の母親を持っていれば、子供は意地でもこうなるだろ……などと心の中でぶつぶつ言いながら夕御飯を食べ進める。
冬に優しいシチューがおいしい。
と至福を感じていると、
「あら」
何をするでもなく、席についていた母が音に反応する。電話の音だ。
「俺が出る」
シチューを静かに置き、傍らのメモを持って受話器へと近づく。受話器の液晶画面の数字は、メモ用紙に書かれたものと同じだ。
「もしもし」
緊張が走る顔で、受話器を耳に当てて応対する。
すると、
『もっしもし! 知ってる? もしもしって、申す申すから来てるんだってさ!』
「…………そうですか」
相変わらず、としか言いようがないテンションマックスな出だしを聞いて、俺は精一杯にため息をこらえた。
少しは落ち着くと思っていたのに。なんて親みたいな気持ちを巡らせながらも、話を進めることにする。
「それで、一体何が用件ですか? 国際電話なんかかけてきて」
ちょっと棘を含んで聞いてみた。
生徒会長……いや、京先輩のことだから、たいしたことはないと思う。
ただ、弟は……
『うーん、何から話せば良いのかよく分かんないんだけどね』
あっけらかんとした様子で、京先輩は言った。
でも、これはきっと、弟さんみたいに隠しているんだろう。
本当の自分や、不安を。
今、京先輩はどんな顔をしているのだろう。
『とりあえず元気だよ』
「あ、はい……それは何よりです」
普通の暫く会ってない人同士の話題を出されてちょっと拍子抜けをした。
「って、それを聞くために電話してきたわけではないでしょう」
思わず突っ込んでしまう。
『うん、まあそうだね』
ちょっと声のトーンが下がる。
言いにくいのかもしれない。迷惑、とか考えているのかもしれない。
一瞬、自嘲気味に笑う京先輩の顔が思い浮かんだ。
「弟さんは、どうですか?」
電話の隣においてある、何も書かれていないメモ帳を眺めながら、聞いた。
ちょっと戸惑ったような、返答に詰まったような間が一瞬入り、
『探してるよ』
とだけ答えてくれた。
『生徒会長ちゃんは……ううん、元生徒会長ちゃんは、弟がまだどこかにいるって信じてる』
「はい」
『だからそれを信じて、元生徒会長ちゃんは頑張ってるよ』
「はい」
『みんなからもらった手紙ね、まだ読みきれてないんだ』
京先輩はあはは、と弱く笑う。
『すごいよね、こんな駄目生徒会長のために、手紙書いてくれたんだから』
ほんとすごい、と呟いて、沈黙した。
俺は、何も言わずにいた。確かに突拍子もない人だった。
だけど、だからこそ慕われていた。
『……傍にいたものが急にいなくなっちゃうのって、寂しいよ』
ふいに京先輩は言った。
「……え?」
俺はその時、なぜかどきりとして思わず聞き返してしまった。
傍にいたもの。
「それでも明日はやって来て、自分がぼーっとしている間に、全部なくなっちゃってるんだよ……だから、手を離さないでね」
生徒会長は言い、
俺は、俯いていた。
ただ、何も言い返せずに、真っ白なメモ帳を見ていた。
三ヶ月ぶりの更新……あわわわすみません不定期ですみません……!