離婚編 01
年の終わりが近づくにつれて、どうしても憂鬱になってしまうのは、もう仕方の無いことだと諦めていた。
でも、諦めていても朝はとても辛いし、学校だって行きたくなくなる。
それでも、みんなの顔を見ればそんな思いは消えてしまうから、頑張らなきゃって思って起き上がる。
学年が上がるごとにその憂鬱感は増していくばかりだ。
憂鬱の種は、もう年を重ねるごとに遠くなっていくはずなのに。
私はずっと、縛られている気がした。
生徒会長になった竹お兄ちゃんは、あの日からとても忙しい。
体育大会のことが終わったら、次は学校のお金の事とか、来年の事とか、学校の大掃除のこととか。たくさんやらなければいけないことがあるみたいで、生徒会が終わっても、遅くまで一人で残るようになった。
寒いし、暗くなると怖いだろうから、先に帰れ。
そういわれてしまっては、私もどう断ればいいのか思いつかないから、それに従うことにしている。
でも、どうしてこんな時に。
こんな憂鬱が溜まっていく、ひどい時に、竹お兄ちゃんがいないのだろう、と、思ってしまう。
私は、竹お兄ちゃんのことをなんと思っているのだろう?
これではまるで、世話係とか、子守とか、そういうのになっちゃうんだろうな。
そんな扱いは、酷いよね。
私も、一人で歩き出さなきゃいけないんだよね。
……竹お兄ちゃんが生徒会長になってから、どこか置いていかれたような、竹お兄ちゃんがきゅうに大人になってしまったような、そんな焦燥感が私を襲っていた。
これもきっと、憂鬱のせい。
そんな時。
ふと、目の前に誰かが現れた。
いろいろ考え事をしていたから、周りに気を配ることも出来ずにいた私の目の前に、誰かが。
その人は私よりも背が高くて、だから私は、はっとして見上げた。
とても、痩せた人だった。
元から、というにはとても不自然な痩せだった。
男の人で、痩せてほっそりしていて、それなりに背も高い人。三十代……後半くらいかな。
着ているそのスーツが、あまり似合わない人だった。
私は、少しその人と見詰め合っていた。
誰だろう。私に何か用があるのかな。
私はその人を知らないはずだった。
でも、どこか見覚えのあるその人から、目が離せなかった。
「久しぶり、梨緒。大きくなったね」
その男の人は口を開いて、優しく言った。
白い息を吐いて、優しく微笑んだ。
寒空の下で、私は、その人を見つめて動けなくなった。
「竹都、そろそろ帰ったほうがいいんじゃないの?早く閉めないと、また先生に叱られるわよ」
冬子にお咎めを喰らった。
気がつけばもう外は真っ暗で、雪が降りそうな気配がする。
けれど生徒会室には暖房がついているので、ここはまだ暖かい。
「ああ……そうだな」
先生たちに迷惑をかけることは駄目だから、俺は素直に頷いて、散らばる書類をまとめた。
「っていうか、そういうこまごまとした仕事は、下級生とか、他の子に頼めば?明らかに、抱え込みすぎ」
冬子はびしっと書類を指差して言った。
俺は正論に、言い返せず気まずい顔をする。
「確かに……」
「生徒会長の肩書きは重いだろうけど、前の生徒会長みたいに……とは言わないけど、もっと肩の力を抜いていいと思う」
冬子はお姉さんのような雰囲気で、俺にそうアドバイスした。
「……」
俺はどう返そうか考えていると、
「梨緒ちゃんだって、一人で帰ってるし……きっと寂しいわよ」
「……なんか冬子、最近梨緒の心配ばかりするよな」
「……」
「ここ、二週間くらい」
「……だって」
冬子は、眉を寄せて少し俯いた。
ああ、俺も分かっている。大体は、梨緒の今の状態くらい分かっている。
冬子はあまり梨緒の『家族』のことは知らないが、梨緒の今の様子を見ていれば、そう……心配しないはずは無い。
最近の梨緒は元気が無い。
話しかければ微笑むし、嬉しい時には笑っている。でも、すぐにどこか悲しそうな顔をするのだ。
原因は、分かっているけれど。
「だって、梨緒ちゃん、元気ないよ……」
呟いた。
それは誰だって分かっている。
でも。
「だからって、どうしてかって聞くなよ」
「なんでそんな意地悪な念を押すの」
「……どうしてもだ。まあ、梨緒ははぐらかすと思うけどな」
「……」
冬子はむっとした表情で黙り、鞄を片手でぞんざいに拾い上げる。
「あたし、先帰るね」
機嫌を損ねてしまったようだ。
まあ、仕方のないことだと、俺は自分に言い聞かせる。
「……なんで梨緒ちゃんはあんたなのよ……」
「え?」
何か言われたような気がして、俺は聞き返した。
そうしたら、冬子はなんでもない!と明らかに怒った口調で言って、
「鍵、ちゃんと閉めてね!暖房も消すのよ!」
と早口で言い、生徒会室を出て行った。
俺は冬子がぴしゃりとしめたドアに肩を揺らして、驚き、書類をファイルに閉じる。
そして、ため息。
窓の外を見ると、やっぱり雪は降りそうだ。
早く、帰らないと。
あれっ……出だしから重い……?