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会長編 15

体育館には、生徒たちの話声がごたごたと混ぜ合わさって、雑音になっていた。

生徒会の司会役が、それをマイクを通して静める。

さて、ここからが本番だ。

俺は手に進行の紙を持ち、深呼吸をした。

隣にいる、会長を少し見やる。

会長は、虚勢を張っているのか、いつものようににこにこと笑いながら体育館全体を見ていた。

この飾りについてはノーコメント。

きっと、話したくはないのだろう……

『少し遅れましたが、今から委員会、委員長の受け渡しの会を始めます』

体育館に、司会の声が響き渡る。

司会はそこで一度切り、

『……と、その前に、今日でこの日本を旅立ってしまうとある人の、お別れ会をしたいと思います』

これには多少生徒たちもがやがやとしたが、それでもみんな知っていることなので、そこまでうるさくはならなかった。

ただ、会長は。

会長は、急に表情がこわばっていた。

確かに怖いのは分かる。

押しつけがましいのは分かる。

でも、それでも、これだけは、

これくらいのことだけはさせてほしい。

「……どういうこと」

会長は、小さく俺に言った。

あの時の、弟の話をしたときの会長と同じ。

責めるような、声音。

『では、まずは吹奏楽部がオープニングとして演奏をしてくださるそうです』

司会は冬子に替わり、静かに、吹奏楽部の演奏がスタートする。

会長は、拳を強く握り、今にも逃げだしそうだった。

でもそんな常識破りなことはできない。

だって会長は、周りの目を気にする人だから。

吹奏楽部の曲はとてもゆるやかな曲だった。

落ち着いた、今の会長を宥めるような。

「会長、壇上に上がってください」

俺はそっと会長に催促をする。

会長は俺を睨みつけた。

それに一瞬、怯む。

けれど、ここで引き下がるわけにはいかない。

「会長、……お願いします」

刹那、泣きそうな顔をした会長は、俺に背を向けて壇上に上がっていった。

マイクのある中央まで、物静かに歩いていく。

会長がマイクの前に立った時、ちょうど吹奏楽部の曲も終わった。

『今から今までお世話になった会長のために用意した贈り物をします』

冬子が言うと、体育館の二階にある幕が外され、美術部の絵が飾られる。

それから、演劇部が出てきたり、野球部が出てきたりと、壇上の下は騒がしくなる。

それぞれが出し物をすると、去る時に、ありがとうございましたと、みんなが会長に頭を下げる。

会長は、そこに毅然として立っていた。

いや、茫然、なのかも知れない……

俺は袖で会長をじっと見つめる。

『では、盛り上がってきたところで、このままの勢いで委員会の受け渡しをします』

会長の後ろに、三年生と、二年生が出てくる。

今までの委員長と、これからの委員長だ。

そして、俺も一緒に出てくる。

会長を、目の前にして、止まる。

それぞれが委員会の象徴のものを二年生に渡し、各々励ましの声をかける。

会長は、俺に握手を求めてきた。

「……」

小さなその手を、握る。

力を込めず、そのままするりと解かれてしまう。

「……会長」

声をかけようとしたその時、

『さてさて、では次は、っと……えー、なんと、花束の贈呈よ』

マイクを通して聞きなれた高飛車な声が聞こえて、俺は冬子の方を見た。

体育館の隅には、セーラー服の女子高生がいた。

……何してるんですか、遠野さん!!

俺は心の中で叫び、手を振ってくる遠野さんの傍若無人ぶりにため息をつく。

冬子は戸惑いつつ、次の自分の仕事……俺のもとに、花束を持ってきた。

俺は冬子から花束を受け取る。

遠野さんが自ら選んだ花束は、ずっしりと重い。

それは俺たち……会長に関わった人たちみんなの気持ちで、

きっと会長にとっては、罪そのものに感じるのだろう。

俺はそれを知っていながら、会長に花束を差し出す。

「……」

会長は、張り付けたような笑顔でそれを受け取った。

「……」

「……」

言葉は交わさず、視線がぶつかる。

会長の瞳の奥には、恐怖や恨みのようなものが、渦巻いていた。

『じゃ、メインに喋らせないのもなんだから、最後の生雄会長の仕事として、何か一言だけでももらいましょうか』

何気ない司会の進行の声。しかし遠野さんを見れば、挑戦的な目。

会長を試そうとしているようだ。

「……」

会長は一度抱えた花束をぎゅっと抱き締め、傍らにあるマイクに向かう。

マイクのスイッチを入れると、にっこりと笑った。

「いきなり何か一言ーとか言われても、会長ちゃんは困っちゃうんだよね。だって、原稿なんて作ってないし……って、いつもお前原稿持って無いじゃーん!っていう話なんだけどね、あはは」

会長は、全校生徒の前ではいつもの、俺がつい最近までしか知らなかった会長になっていた。

虚勢や道化、贖罪の姿。

「というわけで最初から最後まで、いきあたりばったりで話したいと思います」

会長はよいしょ、と花束を頭の高さまで抱え上げる。

「こーんな大きな花束に、こーんな盛大な飾りつけ、あとあと、こーんなにたくさんの気持ちをもらえて、なんと会長ちゃんは嬉しくて嬉しくて泣きそうです。

会長ちゃん、生徒会長になってから色んな傍若無人ぶりを見せていて、本当にこれでいいのかな?とか考えずにただひたすらに走ってきたわけだけど、そのことがこんなにも感謝されていると知って、安心して留学できそうです」

花束を大切そうに抱える仕草。

俺は、会長の話す姿をじっと見つめる。

逃げ出したいほどの罪悪感。でも。逃しはしない全校生徒の目。

本当に俺は、これで良かったのだろうか?

「辛気臭い話は終わりってことで、最後に、これからこの学校をよりよいものにしてくれる人たちに、信頼と祝福の拍手をしてくださいな」

会長が言うと、一斉に拍手が起こった。

……本当に、この人はすごいな。

どんなに弱くても、どんなに迷っていても、この人にはこんなにもたくさんの人たちがついているんだ。

そう。

会長は、繋がっているんだ。

「ではでは、これにてこの会はおしまい。じゃ、もう時間だから、あでゅー!!」

元気に締めくくりの言葉を言って、俺の脇を通り過ぎる会長。表情は見えない。

自然と起こる拍手の中で、会長はすたすたと体育館を出て行った……



『じゃ、そういうことでこの会はこれにておしまい。気をつけて帰りなさいよ!』

遠野さんは言うと、マイクを冬子に預けて走って体育館を出て行った。

会長は追いかけたい。けれど、今は遠野さんに任せよう。

自分に言い聞かせて、俺は降壇し、生徒会が集まる隅へと寄る。

「じゃあ、今から体育館の片づけをするから、それぞれの分担のところについてください」

そう指示をし、俺も持ち場に行こうとすると、

「ちょっと待って」

マイクを持っていないもう一方の手で、冬子は俺の腕を掴んだ。

「ねえ、これで終わりなの?」

冬子は問いかける。

「……」

「会長、明らかにおかしかったよ。みんなの前ではあんなに笑っていたのに、見えないところではすごく怯えていた……!」

掴む手に力を込める冬子。

「ねえ、まだ終わってないんでしょう? これは、会長を助けるために企画したんでしょう!? あたしは会長のこと詳しくは知らないけど、今のままじゃ絶対に駄目だってことは分かる! ねえ、会長を追いかけてよ、今すぐ!」

「でも、俺は生徒会長として……」

そう。会長を追いかけられない理由はここにあるんだ。

「あたしが生徒会長代理をするから!会長を追いかけるのは、竹都じゃなきゃだめなんだよ!」

冬子は俺を見つめ、俺は冬子を見つめる。

「行こう、竹お兄ちゃん!」

そこで、梨緒が駆け寄ってきた。

「……梨緒」

「ふーちゃんの言うとおり、竹お兄ちゃんが行かなくちゃ!」

言葉に例えることができない、その梨緒の、背中を押してくれるような笑顔。

「……会長さんに、まだ、ちゃんと伝えてないことがあるでしょ?」

俺はそれを聞いて、

「ああ、そうだ」

と、呟き。


そして、体育館を飛び出した。



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