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会長編 13

荷物を整理しているときに、ふと、弟の机が気になった。

ついに明日。明日、弟がいる場所にいける。

私は何か弟が遺していないだろうかと、残していないだろうかと、机の中を開けてみた。

ないことは、知っていた。だって、弟が失踪した次の日に、母があさっていたから。まあ、その作業をしたのが母だった、ということは、そんなに真剣に探していないだろう、とは、思ったけど。

一番最初の引き出しに手をかけたとき、下から何か、紙が落ちる音がした。

私は椅子をどかして、机の下を覗き込んだ。

そこには、封筒、が、あった。

封筒を見た瞬間、どきりとした。

まさか、まさかそんなことがあるなんて。

手に取って、中身を見る。

一枚の、手紙。

たった一枚の手紙がそこにあった。

習字の先生みたいに綺麗な字がさらさらとそこにはあって、それは確かに弟の字だった。

今、ここで見つけるなんて。

どうして今、この今に見つけるのだろう。

私はまた罪悪感や後悔が渦巻き始めて、その手紙を読むのが怖くなった。でも、読まなくちゃ。怖がってなんていられない。

弟が、そこにいるんだから。

私はゆっくりと、その手紙を読んだ。かみしめるように、思い出すように読んだ。

そこには、とても強かな弟がいた。

手紙というよりは、日記、のようなものだった。

弟が今まで考えていたこと、それが、このたった一枚に記されていたんだ。

天才のこととか、お母さんの目とか。たくさんの、懺悔が書かれていた。

でも、どうしてぼくはここに生まれてきたのだろうとか、そんなことは書いていなかった。


ぼくはみんなから切り離されて生きているけど、いつか繋がる日が来ることをぼくは信じている。

おねえちゃんが手を繋いで、ぼくに笑いかけてくれるみたいに。

ぼくは、おねえちゃんと手を繋いでいれば、それが信じ続けられるんだ。


そう、書いてあった。

なんて強い弟だろう。なんて弱い姉だろう。

私はその机の下で、ひたひたと泣いた。

この罪を、重しを、ひしひしと感じながら、私は声を殺して泣いた。


泣くしか、できなかった。





放課後は体育館にばらばらと搬入した花を生徒会が移動させ、同時に各委員会と部活のリハーサルもした。

リハーサルでちょくちょく聞こえる不思議なワードに俺はいちいち興味を示しながら(吹奏楽部の演奏や演劇部が「武勇伝!」とか言っていたり……)、しかし生徒会は生徒会の仕事を着々と進めた。

いきなりの企画ではあるが、かなり濃いものになりそうだった。本当に、いろんな意味で。

ざわざわとしていた体育館も、八時になれば生徒会だけのざわめきになっていた。

生徒会は体育館の最終確認をして、もう遅いので解散することになった。

各々がお疲れさまでした、と言い合いながら、生徒会の人たちもばらばらと帰っていく。

体育館の鍵を返しに行かなければいけない俺は、最後に体育館を出ることになった。

それに付き添う、冬子と梨緒。

俺が電気を消そうとすると、梨緒が

「私やってみたい!」

と好奇心旺盛に手を挙げた。

「お、おう」

体育館の電気を消すことにロマンを見出せない俺は戸惑いながら横にどいた。

「……」

ぱちぱちと梨緒は電気を消すが、なんとまあ一番上の段が届かない。

そんな馬鹿なと思いながら、口に出さないように俺は梨緒の後ろに回って梨緒を持ち上げてやる。

「ありがとー」

梨緒はそう笑って、最後の電気を消した。

案の定真っ暗だ。

真っ暗だった。

俺が梨緒を下ろそうとすると、梨緒ががっしりと俺の手をとってきた。

「……」

「……」

「何のコント?」

冬子が耐えきれず突っ込んできた。

案の定怖くて動けないでいる梨緒を担いで、俺たちは体育館を出て鍵を閉めた。



まだまだこれからが冬というのに、外に出れば寒いとついつい言ってしまうほど寒かった。

真っ暗な体育館から抜け出して、月明かりがほどよく明るい外に出たというのに、梨緒は俺の手を離さない。

無理やりはがすことも出来ないので、とりあえずそのまま手を繋いで職員室へ向かうことになる。

「あ、冬子はもう遅いから先に帰っても良いぞ」

俺はもう帰っても良いのにつき合わせるのも悪いかと思い、冬子に言った。

あ、でも同じ電車に乗るわけだから、ここは送った方が良いのだろうか。

言った後に気付いた。

冬子はそうね、と小首を傾げて、

「あ」

「ん?」

何か思い出したように一つ、言った。

「そういえばちょっと買い物があったんだわ。寄り道していくから、ここで帰らせていただくわ」

冬子はそう言って、じゃ、と手を振ってさっさと帰って行ってしまった。

寒空の下残された俺たちは、なんだか寂しい気分になった。

会長のことや、会長の弟のこと。

どうしてもそれが、頭から離れない。でも、決して、忘れてはいけないことのような。忘れることが、だめなような気がしてしまって。

深刻な顔をして押し黙っている俺を見てさらに不安になったのか、ふいに梨緒がぎゅっと俺の手を握った。

それにはっとして、我に返る。

「……」

梨緒は不安そうにこちらを見上げていた。

「あ、ごめんごめん。早く職員室に返しに行こう」

微笑んで、今の暗い気持ちを振り払うように、鍵の音をわざと立てて梨緒の手をひいた。



「こんな遅くまで御苦労さま。やっと、明日ね」

会長の弟の話は深くまで知らないのだろう、その先生はにっこり笑って鍵を受け取った。

俺はそうですね、と苦い気持ちで同意して、それでは、と早急に職員室から出て行った。

何も知らない人と、会長の話をするのは辛かった。

きっと、会長も辛かっただろう。

辛かったの、だろう。

職員室を出ると、梨緒はすっかり落ち着いて、いつものようににこにこ笑いながら俺を迎いいれてくれた。

梨緒の笑顔を見ていると、少しでも心が休まる。

ほっと一息ついて、俺たちは並んで駅へと向かった。



駅について、もう少しで自分の家だ。

そこで梨緒が、はふう、とため息をつく。

「ついに、明日なんだね」

「あぁ……明日、か」

「なんだかどきどきしてきちゃうね」

どきどき、か。

俺は梨緒のその心情に、少し笑ってしまった。

よく分からないがその時、梨緒がいれば俺のこの不安は少しでも休まるんじゃないかと思った。

その理由は分からない。分からないし言語化はできないけれど、なんとなくで、そう思った。

なんとなくで、そう思えた。

「というか、やっと明日生徒会長になれるんだよな。ほかの二年生たちも、委員長とか……」

「会長さん、随分粘ってたよね。そんなに生徒会長の仕事楽しかったのかな……って、そっか。あれは……罪滅ぼしなんだよね」

言いかけて梨緒は、言いなおした。

自分の足元を見ながら、歩いている。

「罪滅ぼし、なんだよな」

弟を犠牲にして合格した高校。

弟のことを忘れるために、忘れないために、会長はこの高校で必死にもがいたんだろう。

罪悪感から逃れるために。

贖罪するために。

「……それでも、みんな会長さんについてきたんだよね」

歩きながら、梨緒が言う。

「受験なのに、みんな会長さんに、仕方がないって言いながら、当たり前のようについてきたんだよね」

すごいよね、と、梨緒が言う。

「ああ……人望、あるよな」

「うん」

そこは少し、遠野さんに似ているような気がする。

無茶苦茶で、でもたくさんの人に慕われているところ。

お互い、ちょうど良い重力で、思い合っているところ。

「……会長さん、頑張ってね」

ふいに、梨緒がこちらを見てにっこりと笑った。

太陽みたいに優しげな笑顔。

俺は急に会長なんて呼ばれたから、驚いて目を丸めた。

「まだ会長じゃないだろ……」

「えへへ。なんだか、早く呼びたくて」

「でも……」

「ん?」

「でも、頑張るよ」

「……」

梨緒は微笑みながら、そっと頷いた。


そう、俺は頑張れる。

会長の罪悪感を、救うことができる。

会長は知らないんだ。

もちろん、会長の弟も知らない。

俺はちゃんと知っているよ。

だから、会長に伝えなければ。


この、優しい真実と、現実を。



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